04-少女神官との出会い




「もぉぉぉぉぉっ!! まっじで、ふざけんなよ。あの腐れ金髪防具立てと髭ジジィがよぉ!! 赤髪ババアも仲間だ仲間!!」


 食事が終わる頃にはヴァンドは20杯目に到達していたし、受付に並んでいた若人の列も消え、人は疎らになっていた。

 昼を過ぎ、各々が仕事に出かける時間。そんな閑散とした空間だからこそ、ヴァンドの声が良く響く。


「エレの働きを自分らの手柄にして!! ホントに糞だ! ウンコだ! ウンコ! ウーンーコ!!」


「汚ぇなぁ……」


「あの後の祝の席も気に食わねぇ! ちょび髭のおっさんも、オマエにわざとこぼしてたろ!!」


「年齢だからな。足腰が弱くなってるんだろ」


「モスカだってそうだ。アイツ、散々オマエにお世話になってたのに……!! 相応しくないってなんだよ……っ!」


「実際、追放されたんだ。国王の慈悲で出席させてもらわなきゃ、参加しなかったが」


「ケッ!! 笑いもんにするために呼んだんだろうが! なにが慈悲だよ。ジジイのジヒで、ジヒイってか? ジヒいだよナァ!? エレ!!」


 ヴァンドがこう愚痴っている暇があるのは、勇者一党はオレが抜けたところの後釜探し中だからだ。


 だから、ついてきたとしても咎めることができない。時間の過ごし方は各々の自由だ。

 しかし、別宅でゆっくりとしようとしていたのに、愚痴を呼ぶためだけに呼ばれたとしたらこちらとしても困る。

 それと、嫌な思い出を一々思い出させるのはなんなんだ?


「あぁ、イヤだなぁ~……。休みが終われば、お前のいない一党で、旅にでないといけないんだろぉ?」


「仕方ないだろ。俺は要らないとの御意向なんだから」


「いるに決まってんだろ。ただでさえ四人っつーアホみたいに少ない人数で挑んでんだ。目覚めたてノービスの魔族に冒険者が何人で挑むが知ってるか? 最低人数が四人だ! 推奨人数は十人! なのに魔王退治に? 四人? はぁぁあぁっ!? 馬鹿にしてんのか!? オイ、エレ! 馬鹿にしてんのか!?」


「なんでオレにキレてんだよ……あの王サマに言えよ」


「言えるかよ! すーぐ資産取り押さえて、お先の将来真っ黒だ。アイツはそこまでするぜ? あの顎髭ジーさんにたてつくだなんて誰ができんだよ!」


「……その顎髭ジーさんに『そうあれ』と命じられたんだ。平民の俺は従うしかないだろ。それにモスカにも言われたろ」


 エレは自分の両手の平を見た。


「俺、弱くなってんだ。このままお前らについて行っても足を引っ張るだけだよ。だから、妥当だ」


 旅が後半に行くにつれ、オレの実力は弱くなっていっていた。

 足は遅くなり、膂力は落ちて、思考の処理速落ちてきた。それは自分が一番分かっている事だった。


 その原因は分からないが……見当くらいはつく。


「…………戻るにしても、それを治してからだろうさ」


 ──すみませン! あノ! えぇっト!

 

 その時、組合の受付に誰かが並んだらしい声が聞こえた。

 

「まっ、俺は正しいことをしたさ。おっ死にそうだった勇者様を抱えて帰って来たんだからな」


「それだけで王女様とお見合いをして、あの王様のことをパパって呼ぶ権利くらいもらえそうだけどな」


「今の親族に飽きたら、そうさせてもらうかな」


 想像するだけで身の毛がよだつ。エレは話題を変えた。


「でも、新生勇者の一党かぁ。気になるな。どうするよ、女が入ってきたら」


「なんだよぉ、もう部外者気取りか?」


「そらそう、立派な部外者様だ。たまに村にいる勇者一党にやたら詳しいおじいちゃんみたいなもんさ」


 ヴァンドが笑った。思い当たるヒトがいたのだろう。


「その部外者様の言葉だが、しっかりと護ってやれよ? 割れ物を扱う如く、慎重に慎重を期して」


「魔法を使わねぇと火のつけ方も知らねぇ馬鹿二人にしちゃあ、好待遇すぎる気がするが?」


「それでも頑張るんだよ。チリ紙だって人の尻を拭けんだから、人様が己の役目を果たせれない訳がない。護るのは得意だろう?」


「ケッ。どうせなら可愛げのあるモンを護りてぇよ!」


「違いないな」

 

 ――包帯だらけの男の人デ! 名前は、えっと、そノ……。


「……?」

 

 受付の方から聞こえた声にまた視線が向く。こんな時間にやってくるということは寝坊助の一人だろうか。



      ◆◇◆



 そこにいたのは、質素でも神に仕える者として最低限の装飾が施されている錫杖を片手に持っている、神官衣を黒く染めている神官。


(黒い神官服……目に留まるな。辺境の教会から来たのか? ここらでは見ない恰好だ)


 神官衣を黒く染めること自体「混沌の神を信仰しているのかー!!」とお怒りの言葉を言われそうなものだが。

 

(まぁ、神官衣なんてどれも同じようなもんだ。個々人の要望で黒に染めようが、神さんはなんも言わんだろ)


 大きな教会になればなるほど規律を重んじる傾向があるが、ここは最西の『旅立ちの街』だ。


 ここにやってくる神官が、そうである可能性は限りなく低い。


(目立つ服を着て、仲間探し中って感じかな)


 ここの常連の冒険者に押しのけられ、ムスッとしている少女から視線を切り、暇そうに突っ立っていた給仕係にハタと手を上げた。


 あせあせと駆け寄ってきた女給に「勘定」と伝え、お金を払っておく。


「あ、オイ。何勝手に」


「オレからの『続投祝』だ。受け取れ」

 

「なんだそら……まぁ受け取っておくがよぉ……。お前はこれからどうすんだ?」


「これからって?」


「あの長ぇ旅の手柄を全部、あの金髪の防具立てが持って行っちまったから……言っちまえば、そっくりそのまま十年前に戻ったような感じだろう?」


 オレやヴァンドの功績は全てがモスカの手柄となっている。

 そのため、勇者の一党にいた十年間は空白の期間となっているのだ。


 今のオレの肩書は──勇者一党に所属をしていたらしいが、何も実績のない蒼銀等級の冒険者。


「十年前より酷い肩書な気がするがな」


「俺もそんな気がしてきた……。まぁ、全部が気に食わねぇが、それでも一党から解放されたから自由時間だ。何するんだ? オレと出会った時に言ってた英雄になるって夢を叶えるのはどうだ?」


「無理だな」


「無理だぁ? なれるだろ、お前なら。適当なこと言ってんなよ」


「自分のことは自分が一番良く分かってるからな。まっ、ぼちぼちやるさ。……この十年間は、オレにとって長すぎたよ。子どもが大人になるには十分すぎる時間だった」


 この時に笑ったエレの顔は、ヴァンドは一生忘れることはないだろう。


「じゃあな、ヴァンド。頑張れよー」


「頑張る、が……」


 立ち去ろうとするオレの手をグイと引っ張った。


「お前は一人で抱え込む癖があるからオマエが大尊敬をするヴァンド様からの忠告だ。──仲間だ。とりあえず、すぐに仲間をつくれ。目標なんて一旦どうでもいいから。愚痴を話せれるような仲間を作りやがれ。そうしないとぶっ殺す」


「はぁ? 何だよ、急に」


「いーから! なんかしろ! 何者かになれ! んだよ! オレが昔に憧れたオマエがあんな仕打ちを受けて良い訳がねぇ! こんな所で終わろうとすんなよ!?」


「……」


 何者かになれ、か。

 ビシッと指をさしてきたヴァンドを鼻で笑うと、手を振りほどいた。


「応援の言葉をどーも。大尊敬をさせていただいている英雄サマ」


 そうしていると、今度は鮮明に声が聞こえてきた。


「――エレっていう、男の人を知りませんカ!」

 

「え? オレ?」


 思わず声を出してしまい、アッ、と口を塞ぐ。

 けれど、その声はしっかりと少女の少しばかり尖った耳に届いていたようで、バッと視線が合う。


「――――――」


 エレさんならあの卓で食事を取っていますが――その受付の言葉が聞こえるよりも早く駆けだした少女はヴァンドの背中を踏み、卓の上にまで登って、胸元に飛び込んできた。


「――う、ぁ」


 踏まれたヴァンドはプギャッと吐く一歩手前のような声を上げるが、両手を口に抑えて胃酸の逆流をなんとか防いだ。


「――っ~!!!?」


「エレ! エレ〜ッ! 久しぶリ! ウ、ウア〜! 何年ぶりダロ!? いっぱいぶりダ〜!!」


 必死に吐き気を抑え込んでいる中、ヴァンドは自分を踏んだ人物に対して声を荒げようとしてその異様な光景にどぎまぎした。

 色白の美少女神官が、かつての仲間を押し倒しているのだ。


 それも、何日も留守にしていた家の玄関を開けた時に襲い掛かってくる愛犬のような様子で。


 荒い鼻息。

 もがこうとする足に足を絡ませて……いかがわしい!!!


「おまっ、エレ! 人には彼女がどうとか、こうとか言ってた癖に!! そんなべっぴんな少女を誑かしてたんだなッ!? 許さねぇぞお前、許されねぇぞテメェ!」


 なんか興奮しているヴァンドの声に、オレは反応することが出来なかった。

 いや、いま、それどころじゃないだろ。なに羨ましがってんだ。


 だって、こんな人形のような少女に面識はないのだ。


 若くして白色がほとんどを占める頭髪には綺麗な金盞花色が入っている。手首にはぐるりと包帯が巻かれており、蜜柑色の瞳は潤んで輝いている。


 目立つ所と言ったらそれくらいで、ただ垢ぬけない少女だ。


 少女側は知っているような素ぶりをしている。

 以前助けたのだろうか。

 勇者一党として活動をしていたのだから、助けてきた村人や冒険者は星の数ほどいる。


 その中の一人だろうか?

 

「エレ、ワタシのこと覚えてなイ……?」


 村をその日限りの宿にしていた時に話をした少女か。

 教会がある村は少なかったとはいえ、その分一箇所一箇所にいた神官はそれなりの数に上る。


 白髪の神官。

 五年ぶりと言っていたから、いつの時くらいを指すのだろうか。

 混乱した頭の中、綺麗な顔を目の前にして導き出した結果は――



「うん。すまん、誰だ?」



 ――なんとも、失礼な返答だった。

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