73-がんばるぞぉ、おー
一方その頃。
その小さな空間は、ぎすぎすとした沈黙に包まれていた。
エレに置いて行かれた怒りから色白の頬をぷくぅとはちきれんばかりに膨らませ、食らってかかる獣のような眼光を四人に向けている。
「――…………」
時折聞こえてくるグゥゥと唸るような音は、ヤケンが威嚇する時に発していたのとまったく同じのものだった。
そんな子犬を前に、四人は同じような動作で腕を組んで唸った。
「む……ぅ」
場所と時間を指定してきたエレに合わせて冒険者組合の前に訪れた四人の前にいたのは、今の状態と変わらないアレッタの姿だった。
体全体が不機嫌を表現しているようだ。口の形なんて立派な山の形にしている。
「えっと……じゃあ、アレッタちゃん。これから、少しの間よろしくね?」
魔法使いは腰を少し曲げ、手を膝について目線を合わせた。
これから冒険に出かけようとするのだ。いつまでも、機嫌が悪い状態でいられては困る。
可愛いけれども、困るのだ。
「…………ググゥゥウウ」
「あぅ……どうしよ」
困り果て、他三人に助けを求めるような視線を送る。
ヘルプを受け取った女騎士と女戦士は演技めいた声を出しながら。
「いやはや、困った! とてもだ! これは、大困りだ! 神官の器量を見よと言われても、こうも反抗的な態度であったら何もできんぞ? なぁ?」
「そ、そうだぞ。反抗的な態度を取っていたので、腕試しは不可能でしたって報告でもしようか? しこたま怒られるぞ。怒られるのは嫌だろ? エレの兄貴のあのー……死んだ目で」
「あぁ、確かに、アレは怖い」
「怖いってもんじゃない」
「下手したら魔族よりも」
勝手に盛り上がりかけ、おっと――と二人は我を取り戻した。
「でもまぁ、本当に困るのは君だ。我々も暇じゃあないのだよ」
女騎士は金色の瞳に半ば影を差し込ませて、アレッタの方を睨みつけた。
◇◇◇
「お兄ちゃんサボりやがった……」
オーレは警備隊の中で一人、杖を握ったまま深い溜め息を吐く。
アレッタもいなければ、兄もこない。母親からの依頼だというのに。
まぁ、仕事なのだから頑張らなければなるまい。仕事は他人がやりたくないことをやるから仕事なのだ。
なにより、このお仕事でもらったおカネでやっとこさ、計画の一つが進むのだから。
「まぁ、お墨付きをもらったんだから……あとはやるだけだ!」
方向性が定まれば、後は金槌を真っ直ぐに振り下ろすだけ。
周りの人間から「してもいいよ」と言われることと「したいこと」が合致してたら、只人という生物は何よりも効果を生み出すもの。
うむ。適材適所。最も重要な人材配置の話である。
「頑張るぞぉ、おー」
兄のいないところで、妹は一人で決意を固めていた。
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