54-悪ガキどもとの迷宮探索



「コムギ。もう少し、後に下がれ」


「こむっ!? オレはシエトって名前が」


「覚えられない──」手で制しながら、曲がり角から出てきた骸骨の眼窩に短剣を差し込み、そのまま真下に振り下げた。「右を見る。コムギは左を」


 左は分かるか? お椀に添える方だぞ。そういうと、少年は顔を真赤にさせた。


「もおおおお、分かったよ!」体に不釣り合いな武器を構え、ジリとすり足で近づいていく。「あと、オレは左利きだ!!」


「おぉ、そりゃあ器用なこって」


 エレはカラコロと地面に転がる骨を拾い上げ、壁を滑るように走ってきた蜘蛛のような骸骨めがけて投げつける。


「──!?」


「お前も器用だが、そこは足場じゃあないぞ。壁だ」

 

 骸骨に目眩などは無い。が、よろめきはする。

 その瞬間を弓士の二本目の矢が貫いた。


「おりゃああぁぁっ!!」


 反対では体勢を崩しながらの大ぶりの振り下ろしは骸骨の頭蓋骨に当たり──その反動で少年はよろめき、転げた。


「イテッ……あ、やば──」


 その鼻先を倒れそうな骸骨の横ぶりが捉え、


「──ひっ」


「良い一撃だった」


 骸骨の横ぶりは手の中に収まり、蹴りあげで頭部が飛んで行った。洞窟の上部に壊れた下顎が見えるという絶妙な装飾が出来上がる。うん、気持ち悪い。

 

「一層目はこんな感じか。まぁ、準備運動だな」


 骸骨の使っている武器を腰帯に収め、魔石などの回収をしておく。

 魔石は迷宮に出てくるモンスターや魔族や異形の心臓だ。マナの結晶と言えばいいか。これが売れるというのだから、最近の魔法技術は進んでいる。 


「おい、モヤシ。こっちに」


「モヤッ──は、はいっ? ぼく、のこと、ですよね?」


 弓士に来るように手を招き、背中の鞄に魔石と拾っておいた矢も矢筒の中にいれておく。


「狙いがいいな。誰に教わった?」


「う、あ、っと……父親に」


「いい父親だ。矢の回収はオレがする」


「いえっ、それくらいは」


「慣れてるだろうが、矢の回収時に生き残ってた奴に襲われる奴もいる。道中は任せてくれるんだろう?」


「は、はいっ……! お願いします」


 声が裏返り、こくこくと頷く弓士。


「それで、モヤシっていうのは」


「名前を覚えるのが下手でな。それにすぐ忘れるんだ」


「名前。カタルーニャといいます!」


「ニャ……あー……モヤシで」


「…………」


「タマゴと頭目に魔法や奇跡の判断は任せているが、このまま先に進んでもいいか? 体力とかは」


「タマ──あ、あぁ」「問題ない」


 後衛三人は問題なし。ならば、先に進もう。


 迷宮に挑んでから少しの時間が経った。彼らの目標は五階層にいると言われる階層主ということが分かった。

 ならば、そこまでは存分に斥候の能力を発揮させてもらおう、ということでこんな感じだ。


「あの大人……何者なんだ? 冒険者じゃあないんだろ?」


「昔に見た大人よりずっと早いぞ。それに、こっちの心配までしやがる」


「……うん。ちょっと、びっくり、した。名前覚えてくれないけど」


「言ったろ? オレが見込んだ大人だって」


「…………まだ一階層目だ。これからが本番だ」


「そう。その通りだ」少女頭目に同意をした。


 迷宮と言っても、ここはマナが溜まってるだけの洞窟の類だ。上層はそこまで警戒することはない。

 不浄なマナが溜まり、それらが放置されると『異形』や『魔物』が生み出される。そしてそれが更に放置されると『魔族』が生まれる。

 マナ溜まりは最下層にある。上層はマナの濃度がそこまで高くないため、攻略自体は難しくない。


 ──それにしても、だがな。


 この違和感はなんだろうか。


「にーちゃん強いな! さすがオレが見込んだだけあるぜ!!」


「コムギもな。今のは相手がでかかったからアンラッキーだ」


「コムギ……で、いいや。ま、いい連携だったぜ!」


 挙げられた手に手を合わせ、パチンっと音が鳴る。


「コムギも疲れたら直ぐに言うんだぞ」


「疲れちゃいねぇ! 行こう!」


 ずんずん歩くコムギの隣を歩く。真ん中に助祭と魔法使いで最後尾が弓士。隊列としてはメジャーな組み方だ。


「そういえば、なんでこの迷宮を選んだんだ?」


「? この迷宮はオレらぐらいの奴らの中じゃ、有名だぞ? にーちゃんはなんも知らねぇんだな〜」


 子どもに人気の詩でもあるのか?


「ボクらと同じくらいの子がここの最下層を攻略したんです」


「最下層を? そりゃあすごいな」


「その子が今は勇者の仲間に選ばれそうだとかなんとか。その前にここを攻略したのが”黒花の英雄”って呼ばれてる人で」


「最近人気になってきたんだぜ。昔からいたらしいけど」


「勇者の仲間、影の英雄? そんな奴らがいるんだな」


「ほんとになんも知らねぇんだな……」


 つまりは英雄の登竜門ということか。

 なんだか昔を思い出す。……正直、楽しくなってきた。


「なれるといいな。英雄」


「! あぁ、なるさ! あそこで一生給仕してるなんて真っ平ゴメンだからな!」


「盆持ってくる姿はサマになってたけどな」


「うっせ〜っ!」


 殴ってきたコムギを、ひら、と交わして悪い笑顔を浮かべる。


「…………」


「……お前は、笑わないんだな」


 銀髪の少女が呟き、魔法使いも注視するように見上げてきた。


「……? 笑う所があったか? 英雄の話か?」


「……そうだ」


 重々しい表情で少女は頷く。

 ……これは、色々と大人に言われている口だな。


「なりたいのになればいい。なりたく無くなったらやめりゃあいい。それだけだろ」


「そんな簡単に……」


「それじゃあ覚悟が足りない」


「なんの覚悟だよ。英雄になるのに覚悟がいるのか?」


「だって、そう言われた、から」


「そいつは英雄なのか?」


 上から降ってきた骸骨をそのまま蹴り飛ばし、待ち伏せをしていた肉食屍を骸骨の武器で切り結ぶ。

 コムギはぽかんとした顔のまま、顔についた血を拭っていた。


「人が無理だと思うことをやりきる奴が英雄になれるんだ。そもそも覚悟なんていくつあっても死ぬ時は死ぬ。なら、必要なのは? はい、コムギ」


「……頑張るぞ、って気持ち?」


「そ。ガキに覚悟だ、なんだって言う奴は無難な道を歩いて欲しいだけの保護者だ。オレはそんないい大人じゃないからな。お前らはやりたいんだろ? なりたいんだろ?」


「……あぁ。もちろんだ」


「なら、やれ」


 ──子どもたちの瞳に映るエレの姿が大きくなっていく。


 ったく、本当に大人ってのはろくな生き物じゃあないな。

 冒険したことのない大人は、子どもを冒険させたがらない。それしか生き方をしらないからだ。

 だから、ほとんどの奴らは口を揃えて言うんだ──オマエじゃ無理だ、諦めろ、って。

 

「……自分の可能性を自分で否定するってのは、最後まで努力をしてからでいいんだよ」

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