60-くそったれ
がなる金属音。
男性の舌打ち。
捉えていたはずの斧の軌道上にオレの姿はない。触れる寸前に、微細な動きで軌道から外れたのだ。そして、振り向きざまに抜刀をしているこちらの剣先は既に人影の喉元を捉えている。
「まったく、思うようにはいかないよなァ」
「くそっ……!!」
青年。角が生え、ボロボロの翼を背中に宿している白髪の──
「オニイチャンやめテ!! そのヒトは──」
少年が止めようと手を伸ばす。その手を青年は言葉で跳ね除けた。
「お前は黙ってろ!! なんでここに只人がいる!? お前が連れてきたのか!? 裏切ったのか!??」
「ち、チガウ! オレ──」
「話は後でいくらでも聞いてやる! まずはコイツを殺してからだ──っ!」
青年は、次の攻撃を、と──斧を振りかぶって何度も振り下ろした。
その全てを弾く。まったく、面倒くさいことばかりだ。
「なんなんだよ、オマエ……!! なんでっ、当たらないッ!?」
振り下ろされた斧を避けた後、地面に向かって短剣を振り下ろす──そうすると、斧が抜けなくなる。
(戦闘技術はそこまで無い。が、遠慮がない──何人か、人を殺してきたか)
手を滑り込ませるように喉元へ伸ばした。
「グッ──〜っ!!?」
「結局は、こうなるんだもんなぁ」
人がせっかくいい気分だったというのに。
成熟した個体ってのは、毎度、そうだ。
「立場の戦争、か。イヤだねぇ、毎度」
呟いて、目の前の青年を見上げた。
握る力は青年の力を持っても振り解くことはできない。
「グッ、離せ! 離せッ!!」
蹴れど、殴れど、涼しい顔をして──寂しさを口元にたたえる。
「チクショウ──オマエだけでも逃げろ!!」
「で、デモっ!」
「オレがこいつらを押さえとく!! 他のモンスターも異変に気がつくはずだ!」
場を完全に飲み込めていない少年は胸前に作った拳を片方の手で包み込んだ。
神に祈りを捧げるような仕草を作って。
「――早く行け!!」
青年の声で弾かれたように動きだした。
その選択に、ス、と瞳を閉じた。
「──……」
左手に持っていた斧で、少年の背中を引き裂いた。
「あ」
躊躇なく。
「エ」
澱みなく。
真っ直ぐに。
オレの斧は、少年を襲ったのだ。
「────」
走っていた少年の体が、崩れる。
足がもつれて、地面にぶつかった。
蓋が外されたように背中から血が溢れ出して、血液の湖を作り出す。
足元にまですぐに届いて、靴裏にペチャリと粘着質な音を鳴らせる。
「あ」
心臓の波打ちを体に写し、ゆっくりと動きが遅くなっていく。
どくん、どくん。少年の瞳から光が失っていく。
伸ばした手の先は扉の向こう――その手も、ばしゃり、と少年の体から広がっていた血液の上へ打ち付けるように落ちて行った。
「あぁ……シリルっ……?」
その光景を、青年は見届けてしまう。
「なん――」
頭が理解するまで、目に入れてしまう。
「で」
弟が死んだという情報を。
「オマエッ……アイツを──
目を背け、目の前のオレに震える瞳を向け──息を呑んだ。
「言っただろ。立場の戦争だって──オレは只人で、オマエらは
「……なんだよ、ソレ。それだけで!」
「それが全てだ」
そう、たったそれだけ。
「それだけで、お前らを何人も殺してきた」
自由になりたい。
認めてもらいたい。
何も悪いことをしていない。
そうやって口にする彼らを、何人も、数えきれないほど。
時には生まれたばかりの赤子も、青年の弟よりも幼い少女を、青年くらいの年齢の女性も、道案内をしてくれるような協力的な子も。
この手で、殺してきた。
「分かったか、青年。自分の立っている場所のことを」
立場が違う。それだけで彼の弟は背中を裂かれたのだ。
「それでいいのかよ……! お前らは、それで」
「良くない。だから、オレはオマエの弟にすぐには手を出さなかった。結果はこうなったが──」
誰が子どもたちと触れ合った後に、同年代の亜人をすぐに殺せれるか。
だが、こうなったのは、彼らが向こう側に立ってしまったから。
有無を言わさぬ圧力に体を硬直させる青年の瞳は再び、弟の死体を見つめて、唇を噛み締めた。
「オマエ達が手を振りかざすまで、オレからは手を出していない」
「綺麗事を……結局はオマエも他の只人と同じ、生きた死人なんだよ!! 弟を殺したんだからなぁ!!」
「お前がそれを言うんだな」
もう、抵抗しても無駄──そんな思いが青年の脳裏によぎる。
武器も奪われ、弟も殺された。
だったらせめて──と、口元だけを必死に吊り上げてオレの顔面に唾を吐き捨てた。
「──くそったれ」
「おれもそう思うよ」
首を握っていた力を込める。
鈍い音が立って、青年の体は生を手放した。
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