97-術士が人を殺す理由は


「で、なんで襲ってたんだ」


【話すからこれ解いてくださいよおー! 私、非力ですから!】


「……」


 こんな状況でよく要求ができるものだと感心する。

 話を聞くにあたって術士を自由にする必要はない。口さえ利ければいいのだ。


 あの後、無抵抗の術者を鉤縄で手を拘束して、雪の地面の上に座らせている。


 術士相手の拘束は口を塞ぐのが基本中の基本。発音のできる喉が生きていれば術士は無力化をされない。が、色々と話をするのに口を塞ぐことはできない。


【プロシオス?】


「……はぁ、分かった。じゃあ、かぶり取れ。少しでも変な口の動きさせたら首を刎ねる」


【こわ……お、ぉ、わかったよ】


 かぶりを持ち上げようと術士の頬の横に腕を伸ばそうとして。


「噛みつくなよ」


 こくりと頷かれ、フードを剥がす。想像していた顔と異なり、睨むように術師を見た。


「……お前本当に死霊術師か?」


【だぞ!】


 桜色の唇がにっと弧を描く。皮肉めいた血色の良さに、思わずため息をついた。


「…………そうか。そうだな」


 死霊術師は皮膚を切って貼ったような顔をしているものが多い。……たまに、この手の人にしか見えない魔族もいるが……この魔族はまた別だ。


【はやく、ほどいてくれー!】


「ください」


【ほどいてください。ぷろしおす様】


 年端のいかない顔は、活発な少女らしい見た目をしており、瞳はラピスラズリのような綺麗な瑠璃色をしている。

 生えている歯は獰猛な野生生物の歯に酷似していて、ギザギザだ。

 ふわりとたなびくその髪は、長らく切っていないようでかぶりに収まっていたのが不思議なほど長く、右が淡い栗色、左が黒色と左右で二色髪となっている。


「…………で。襲ってた理由は?」


 手の拘束を取ると、術士はツーンとそっぽを向いた。


「なに、それ」


【私の行いを『襲う』という汚らしい言葉で現されて、不満を持っているのだ】

 

「だからなんだ? 言っておくが、適当なことは言うなよ」


【うぐ、適当なことではないのに……】


 その言葉を聞き、オレの顔から視線を逸らして。


【……私はだれだ?】


「知らん」


【いや、え。いやっ、そういう……違う!】


「なに。記憶飛ばすな急に」


【だから、違うんだってば!! 私が誰だか分かっていれば、していることの説明がつくという話だ! ここに来た理由も、おおきく、おおーきく解釈したら繋がる】


 ほら! と影から骸骨を召喚させた。


(コイツ……殺されたいのか?)


 カツカツと上顎と下顎を噛み合わせて音を鳴らす死霊。それをものぐさそうに見て、術士に目を戻す。


「《死を司る者》《不死の神の信徒》――死霊術師、だろ」


【オ!】


「それと勇者一党の仲間になることが村を襲う理由になるのか?」


【その通り!】


 術士が勇者のことを好いているのは分かっている。けれど「村を襲う」と「仲間に入る」のは全くもって別の話だ。


「どれくらいの人を殺した」


【たぁくさん! 色んな街を襲った。色んな村も襲っ──ムグッ!?】


 術士の頬を掴み上げ、睨み上げた。


「人を殺したことを自慢するな。これ以上、オレの気分を悪くしたら殺すぞ」


【ングッ。うぇ、れも……ヒト、殺すのは私の……】


「オレらは人をお前らから護るために旅をしていた。その護る対象を殺したんだ。……これ以上、喋らないとダメか?」


 術士は頬を掴まれたまま、視線を下に落とす。

 街を襲い、崩壊させた。それも一つではない。……やはり、脅威度は高い。

 だというのに、なんの覇気もない。それが、ちぐはぐで、気味が悪い。


「……話を変えるぞ。オマエと話をしてると気が狂いそうだ」


 ズビッと鼻水をすする死霊術士から手を離すと、オレの手のぬくもりを感じるように術士は頬に手を当ててニマと笑った。


「……。そういえばお前、俺が、その……なんだっけ。プロ――なんとか、スってやつ……」


【! プロシオス!】


「そうそう、そいつって気が付いた時から戦う気なくしたよな」


【それはそう。そうでなくばおかしい。だから言ってただろう! 戦う気がないんだ!】


「なんでだ?」


【それは、それはぁ……っ! ってプロシオスは、自分で考える気が無いのかぁ!? ー! ずっとグルグル回ってるんだってば!】


「さっきからその話をしてる……」


 やはり分からないと、顎に手を当てた。


 村やこれまでの街を襲ったこと――

 勇者一党の仲間になること――

 不絶の灯火の名前を聞いて戦う気をなくしたこと――

 これら全てが同じ話である。

 

 ……適当なことを言って、時間を稼いでいるのか?


 未だにマナはあるみたいだが、戦意喪失をしているからとりあえずは大丈夫だろう、と思い探りを入れてるが……。

 

(ある程度、こいつのことを調べて引き渡さないと……『もしも』はダメだ)

 

 オレは村に広がる惨状を見た。 

 後ろには死体の海が広がり、その醜い地面を隠そうと雪で厚化粧が施されている。


(魔族は人を殺す。敵だ。……こいつのことを理解しないと、話が進まない)


 疲労と、久しぶりの長時間の戦闘で体はとっくの昔に限界を迎えている。

 それがどうした。

 疲れたからは理由にはならないのだ。 

 疲れているのは、自分が弱いからなのだ。


 オレは、一昨日の村の夢を思い出し、気を引き締めた。




【――わたしは……――なんだ】




「……なんだ?」


 術士の言葉が上手く聞き取れずに聞き返した。


【…………】


 二回も言うのは恥ずかしいのか、俯いたまま横に目を流す術士。

 次の言葉を発するのには時間がかかった。

 勇気を振り絞ったのだ。

 好きな人に、大胆な告白をするように。

 その告白をするために顔を上げた術士の顔は、真っ赤に染まっていた。


【私は――勇者一党のファンなんだっ!!】


「……ふぁん?」


 何を言い出すのかと思い、鼻で笑った。

 真剣な話をしている最中に冗談を言い出すなんて──しかし、術士は瑠璃色の瞳をこちらに真っすぐに向けていた。


【お前らのことが好きなのだ! 尊敬してるんだ! !】


 何が起こったのか、一瞬分からなかった。


「…………は?」


 恥ずかしげに言われた言葉を聞き、オレの中の時が止まった。


 いや、ただのつまらない比喩だ。

 実際、時が止めるほどの力は術士はもっていない。


 けれど、そう感じてしまうほど……意識は術士のその言葉に向いていた。


 周りの風景がぼやけ、雪や風が止んだような気がして、そのただ白い空間に佇む。


 他のことが一切合切、頭からすっぽ抜けるような感覚。

 戦闘中であることすらも、その一時だけは忘れていただろう。




「…………おまえ、なに?」



 

 感情のない吹けば消えてしまいそうな声が漏れる。

 どこか、じわりと心に広がる違和感を感じた。


「救う……って、お前、人を殺して」


 そこまで自分で口にして、


「――――」


 ようやく決して交わることのない点と点が繋がった気がした。

 

 こいつは、死霊術士。

 死を司る者。

 不死の神を崇高する信徒。


 瞳が大きく見開き、その下の口は嫌悪感に引き攣った。


 そんなオレとは対照的に――術士は眩い、まるで憧れの人達を目の前にした子どものような笑顔を浮かべた。


【――あぁ、! !】


 彼ら、不死神の信徒は――この術士は

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