67-神殿観光
神殿の案内道に則って仮面の者を案内していく。
書斎に向かい、新しい司書に変わっていることに驚き、次は開けた場所に着いた。
三人を薄暗い月光が包み込む。
「で、ここが中庭です」
「おおぉ〜……中庭っ! 王城のところと似てるんですね」
「神殿のほうが先にありましたから。王城が真似たんですよ」
「たしかにこっちのほうが……なんか、こう」
「手を抜かずに作られているってトコロが! この庭木も、噴水も! 水は出てませんが」
「そう! 丁寧って感じがしますね! さっきの書斎もホコリ一つなかったですし」
ふふん、となぜか誇らしげな妹殿。
オレは列柱にもたれかかりながら、中庭を歩き回っている二人の姿にかつての記憶を重ねる。
長い赤髪が揺れ、短めの白髪が精霊の石像の上に器用に立ち、桃髪が剪定された庭木のうらに隠れ、焦茶髪をその場所に手招きをしている。
自身を含めての五人の兄妹が遊んでいる光景だ。
よく神官に怒られていた。
手伝いもせずに何遊んでいるんですか、と。
勇者に選ばれるための修練を怠るなんて何事ですか、と。
その度にサリーや他の兄妹が手を差し出して、手をつないで逃げたり、隠れたりをした。
(エレ! 今のうちだよ! 逃げよう! サリーの父さんが鬼になってる)
桃髪の姉の面影が空中に溶ける。握ろうとした手は──今や、傷だらけとなっている。
「……」
手を握り、ゆっくりと緩めた。
感情がぐちゃぐちゃになるのは、ここがそういう場所だからだろう。
辛くて苦しい思い出に蓋をしても、楽しい思い出を思い出すと絡みつくそれらの感情が一緒に出てくる。
──泣きながら絶望しているかつての自分の姿を目で追った。
「安心しろよ。オレは、成長してるから」
過去の自分に誇れるように、英雄の道を着々と進んでるよ。
だから、大丈夫だ。
「仮面さんは、一人でこの街にやってきたんですか?」
「付き添いがいますよ。どうも散歩好きで。今頃は外をのんびりと歩いてるんじゃないかなぁ……」
「これも散歩みたいなものですけどね」
ですね、と返し仮面はオレの方を振り返り、口元に笑みを湛えた。
「案内人さん、さっきからぼーってしてますけど、大丈夫ですか? ちゃんと寝ないとですよ?」
ちょんっと自身の仮面の眼窩の部分を突き、首をかしげてきた。
「後ろ向きに歩くと転けるぞ」
「睡眠と食事。基本です。お体大事に」
「寝てるさ。アンタこそ寝てないんじゃないか?」
「私はちゃーんと寝ていますから。毎日、8時間」
指を立てると歩く速度を緩め、オレの横に並んだ。
中庭を抜けた後は外の田園を眺めることができる外の通路に差し掛かり、顔の横に月光が刺さった。
このまま通路を抜ければ別棟に行くことができるが、オーレは通路の途中で横へ抜けた。
田園の方へ舵を取るようだ。
(まぁ、別棟は神官たちの宿舎のようなものだしな)
「……身体、ボロボロですね」
仮面は段差を降りる前に、こちらを見上げた。
「会った時から思っていましたが、冒険者さんですか? 外套に隠れてる装備。気配を上手く隠してる。かなりお強い方だとお見えします」
「気配を消してるのはお互い様だ」
「それもそっか。気が合いますね」
ニコリと微笑む仮面に、先に降りて手を差し出した。その手に手を重ねると、跳ねるように段差を飛び降りた。
「最初は神殿を守ってる騎士様かと思ってたんですが、どうも外で生きてるニオイがしたので」
「鋭いな」
「そういう世界に身を置いています」
「ならば、エスコートはせずともいいな」
パッと離した手を空中で捕まえ、自身の方に寄せた。
「エスコートされて嫌な人はいませんよ? してください?」
引き剥がそうとしても、強めの力で握られて離れない。
「……ただの旅客じゃあないとは思っていたが。顔を隠す必要があるのか?」
「いえ。これは仕方がなく、です。心配せずとも、あなたと同じただの只人ですよ」クスと笑うと、耳元に口を近づけた。「気になりますか?」
「どうでもいい」
カエルが二足歩行をしたのを見つけた時のような顔──まぁ、仮面だから口元しか見えないが──になった。
気配を消す必要がある人間。訳ありの中でも、関わると面倒そうだ。
「一人で盛り上がっているところ悪いが、構って欲しいやつに構うほど暇じゃあない」
「あは」
無下に扱われたのがよほど嬉しかったのか、それとも何かしらのツボに入ったのか。
上がってばかりの口角が更に上がるのが見えた。
「逆に私はあなたのことを知りたくなったよ! 見るだけにしようと思っていたのに……ワガママになっちゃうかも」
「気持ち悪いことをいうな。ほら、行くぞ。あの魔法使いが一人で田園を抜ける」
歩こうとしたオレの手をグイと引っ張る。
「気にならないなら、気にさせます。私、知ってますよ? あなたの身体のこと」
「オレの身体?」
「見たので、知っています。でも、もっと知るためには深く入る必要がある」
「占いでもやってるのか?」
「違う違う! じゃあ、なにか……私がこの目で見れて、あなたが興味がありそうなのあるかな……」
仮面の者はオレの身体を外套の上からなぞるように、つ、と胸元から腹部、そして鼠径部の上で手を止めた。
「うん、これかな」
その手をゆらと上げ、見上げるようにしてつぶやいた。
「あなた、もうすぐ死にます!」
──パチンッ。
「あぇっ!? いったぁ〜……?」
額を指で弾いた。なんだコイツ。まるで詐欺師だな。
「もうすぐの尺度次第だろう」
「うぅ〜……二年以内に!」
「二年も生きられるなら安心だ」
「戦いの中で死ねたら良いんですけどね……はは」
「……なに?」
いや、これは人心掌握の手段の一つだ。
冒険者の中には命短い者が大勢いる。適当にいって不安を煽るだけなら誰でもできる。
「気になります? 特別な体の秘密。気になりますよね!」
「…………オレ、お前のこと嫌いかも」
「私は好きですけどね。腹の底に何を抱えているのか分からない。身体は朽ちているというのに、その瞳からは凄まじい力を感じる」
ズイと近づき、かぶりの下から顔を近づけてかぶりの中に入ってきた。
「近くにいるだけで、意思の弱いヒトはあなたに傾倒する。人を魅了する……まるで、悪魔みたい」
「言葉巧みだな──ただ、一つ教えてやるよ」
首を傾げるその仮面を片手で掴んだ。
「ヌァ!? イタ、タタタダッ!? 何するんですか!?」
「ズケズケとオレの領域に踏み込んでくるな。そういう奴は間に合ってる」
「悪かった、悪かったって! ほんの! お遊びさ! お気に召さなかったなら謝るっ!」
「旅客に丁重におもてなしするのは神官どもの仕事だ。オレとお前に仲良しこよしする謂われはない」
少し灸を据えるだけ。
魔法系ならば、そこまで対人の能力はないはずと。
「……い、謂われだって?」
しかし、腕に絡みつく違和感を感じた。
「──謂われならあるさ!」
反射的に手を離すと、
「まったく、乱暴だね。いや、冒険者は皆そうか。ね、ディエス・エレちゃん!」
名前を呼ばれ、腑に落ちた。警戒度が高まる。
「お前……分かってて神殿に来たな?」
華奢な身体に秘める力の底が知れない。魔法系ではなく、戦士系だったのだろうか。
「なんのことだろう。ただ、目星はつけていたのはそうさ。そしたらいた。巡り合わせだとも」
睨むと、本当だ、と臆せず頷く。
「はぁ……」
この街に来てから、碌な奴と出会わない。
「ねぇ〜! 全然、ついてきてないじゃん!! 独り言を言いながら田園を歩き回ってたよ! 寒いのに!!」
遠くでオーレの呼ぶ声が聞こえた。
そちらに声を返すと、仮面の者はオレの袖を捲り、そこにある包帯を強引に引っ剥がす。
「!? 触るな!!」
「おっと。私は仲間だ。危害を加えないよ?」
「……口でならなんとでも言える」
「確かにそうか」
そうして包帯を巻き直していると──手が止まる。
「……?」
傷口が、妙に、痛くない。
空気に触れたらいつもは鈍痛がするというのに──
「ならば、行動で見せるとするか。この後、一つ、面倒事を請け負おう」
気のせい? コイツがなにかしたのか?
いや、そんな雰囲気はない。……となると、なんだ?
「……めんどうごとだって?」
「そう。……お、ちょうどいい。冒険者や警備の者に喧嘩を売ったかな? 強い気配が神殿に来ているよ。たくさんいる」
「強い気配……? あ……あー、あ。多分、知ってるやつだ」
「思い当たることがあるんだね」
クスクスと笑う仮面。
「今の君と遜色ない力を持ってるね。いや、君よりも強いかな? 力比べなら負けそうだね」
「……その面倒事を片付けてくれるって?」
「いいとも。案内をしてくれたお礼も兼ねて丁重に相手をしておく。それで、認めてほしい。──適当なことを言って流そうとしても良いよ。それでも良い。私の目的は君との接触だったからね。それに、今回で信頼を勝ち取れなくてもいいんだ」
「随分な自信だな」
にや、と笑う仮面はオレの手をグイと自身の方に引っ張った。
「明後日。太陽が真上に登る時頃。この秩序の神殿の前で待ってるよ。君の身体のことを知りたいなら、ね」
「断る」
「君の体の秘密を探る手助けをするんだぞ? 乗らない理由がない。エレちゃんも気がついてるんだろう? 体の異変に」
「……」
「それに、警備かなにかのお仕事があるらしいじゃないか。断る口実づくりに来ると良い」
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