68-アレッタの先輩たち


 仮面に神殿の正面から向かわせ、アレッタの祈りの時間を待って裏口から外へ出た。

 オーレは案内をして疲れたといって、もう一度、母親のところへ行くらしい。


仮面アイツを信頼していいものか)


 腕の傷のことも気になる。アイツがなにかしたのか? それとも……


「ながかったァ……エレ、おんぶ……」


「長かったなぁ。歩け歩け」


「おんぶ?」


「ない。オジさんも疲れてんだ」


「……日課のエレの奇跡も祈れてないシ。一日、最低三回しないといけないのに……」


 へとへとのアレッタに出店の牛肉を油で揚げた食べ物を与え、街中を歩いていた。


「……この時間帯はさすがに寒いな」


 太陽はすっかりと山の影に消え、雪が暗く染められている。

 街に人が溢れ、仕事終わりの活気がそこにはあった。


「オイ聞いたかよ……東にある村がモンスターに襲撃されて、壊滅したらしいぞ」


「はぁ? 嘘だろ。この前俺らがいたとこ――」


「馬鹿、そんなでけぇ街じゃねぇよ。ほとんど村みたいなところさ」


「いや、それよりもどうやら勇者一党が新しい仲間を募集するって話だぞ」


「勇者一党といえば、あの国王を殺そうとしたディエス……エレだっけ? アイツ、いまどこにいるんだろうな」


「王都で姿を暗ましてから一月は経つ。東に登るならこの街には着いていてもおかしくねぇ」


「ここから西の街で目撃されたらしいぞ?」


「マジかよ……」


「エ――おやぶんはどこでも人気ダ」


「おやぶん……? あ、俺の事か」


 アレッタは未だにオレの渾名が定まっていないらしい。そのうち、呼びやすいのがあれば決まるだろう。


「……そいえば、マルコは?」


「オレの荷物を家まで運んでくれた。鍵を渡してたからな。そのうち、また会えるさ」


 マルコにも危ない橋を渡らせてしまった。危なくなれば線引をしてもらっても良いと伝えてはいるが。


「……んじゃ、さぁて、とだ」


「オ?」


「神殿に挨拶も済んだことだし、俺らも次の目的地に行くことにするか」


「オー!」


 高々と手を上げていたアレッタが手を下ろして「どこに?」という顔をしたのを見て簡潔に。





      ◇◆◇




 エレはアレッタを連れたまま《麗水ノ海港》の冒険者組合本部を訪ねた。

 内装は《海蜥蜴の尻尾》の組合を少し上品にしたような感覚。

 荒くれ者が多い冒険者にはなんとも馴染みにくい雰囲気を放っているが……。


「さぁてと、どこにいるのやら」


 深くかぶりをつけて、食事処に目を通す。 

 この街はやはり貴族かぶれのような顔立ちの者が多いように思える。

 雰囲気としては、《海蜥蜴の尻尾》が鉱人で《麗水の海港》が森人といったところか……。

 

「おっ、こっちこっち~。


「……おいおい」


 その言葉に皆の視線が集まるが、すぐに興味が無くなったのか食事や談笑に戻った。


「はぁ、まったく……また囲まれるかと思ったぞ」


 もちろん「有名人」呼びは皮肉だろうが、呼び出していたのはオレの方だから寛容な態度で返事を返した。


「どうも、有名なへっぴり腰です」


 その言葉に集まっていた全員が朗笑をした。アレッタだけは面白くなさそうに顔をムッとさせる。

 冒険者組合の卓に座ってオレ達を待っていたのは、戦士一人と、騎士一人、魔法使い一人、斥候が一人の合計四人。


「で、今日はどうしたんだ? 兄貴。急に話があるって言ってきて」


 集まっていた四人の内、黒髪を短く刈り揃えている屈強な女戦士が座っていた椅子の背もたれの上に腕を組んで聞いてきた。


「あ、エレ殿、しばし待て。当ててみせよう!」


「まちませ~ん。な、要件を聞かせてくれ――」


「当てると言っているだろう、愚か者ォッ!」


 そう言って女戦士の口に机の上にあったパンをねじ込んだのは女騎士だ。


 どこぞの王国の姫と言われても納得してしまいそうなその見た目とは裏腹に、口調は先の通り荒々しい。

 切れ長の目にかかるような長い飴色の頭髪をしており、その頭部に被っているであろうヘルムを卓の上にドカッと置いている。


「――おっぱい、デカイ」


 その聖騎士の胸部を見て、アレッタは自分の胸をペタペタと触り出した。


「エレ、大きい方がイイ? オーレもデカイし」


(答えにくい質問をするな)


 聞こえていないふりをしたが、確かに見ない間に、胸部が急成長をしていたらしい。

 

「まぁ、どうせエレさんのことですし、また変なことですよ。きっと」


「いいや、当てると言えば当てるのだ。一度決めたことは折らない、それが騎士道なのだからなッ!」


「うへぇ、めんどくさ」


 騎士に対して茶化すような言葉を向けているのは、獅子を模した国金色の耳飾りをしている黒い装束の女魔法使い。 


 白髪を大きく隠すハットは他の魔導士が着けているものよりも大きく、ハットの先端は重力に抵抗をしたためにだらんと力なく倒れ込んでいる。


 そのブリムは魔法使いの童顔を隠すほど大きい。


「まぁいいや。――エレさん、先輩は元気にしてた?」


「今は、研究室で本と暮らしてるんじゃない?」


「っぽいなぁ。ハハハ、勇者の冒険譚とかじゃ、多分嵩マシの話ばっかなんだろうし、今度ゆっくり聞かせてほしいよ。大先輩の武勲ってのを!」


 先輩とは、ルートスのことだ。


「それはそうとして、面倒くさいとはどういうことだ!」


「そう言うところが面倒臭いって言ってるのよ」


「なにおぅ……」


「まっ、いいじゃんさ。騎士は折れないのが魅力だもんね」


「さすが、分かってくれるな!」


「そんなそんな! 分からないから、こっちが折れただけだよ~」


 手をパタパタとさせて、はんなりとした様子で毒を吐いた女性は茶髪の女斥候。


 エレと同じ職業のため装備と言ってもそんなに変わりはない。皮鎧と頸巻きがあるかないかの違いだろうか。


「それにしても、お久しぶりです。エレさん」


 一瞬だけアレッタの方を見て、すぐにこちらに視線を戻した。

 

「あぁ、元気そうで何よりだ」


「それはこっちもですよぉ~。無事で戻ってきてくれて、ほんま助かりました」


「それで、エレ殿は此度はどのような私達で我々を集めたのだ? 私としては、ただただ会いたくなったから来たものだと考えているが、どうだ?」


 腕を組んだ中で、人差し指だけを器用に立たせる女騎士。


「そんなわけねーだろ、あのエレの兄貴だぞ? 仕事以外で呼びつけるわけねー」


「エレさんは、まぁ、そういう人ですもんね。仕事人間というか、なんというか」


「あはは。みんな失礼やねぇ。エレさんはうちらよりも二つも階級が上の冒険者なのに」

  

 勝手に盛り上がり、勝手に諫め合う。女三人寄れば姦しいとはよく言うが、四人集まればなおのこと。

 一通りの騒ぎを起こすと、女斥候と女魔導士が我に返り、女騎士がピタリと涼やかな顔を取り戻し、女戦士がハッとした顔で椅子に着席をした。

 

「オッホン! じゃあ、本日の要件を聞かせてくれよ、兄貴」


「あぁ。もういいのか? もう少し続けていても構わないぞ」


「いや。さすがに兄貴を目の前にして……なぁ?」


 女戦士が他三人に同意を求め、しれっと無視をされて「おいっ!」と涙目で噛みつく。


「……頼みます」


「じゃあ話をするね」


 強引にアレッタのかぶりを引っぺがした。

 白くて蜜柑色の少女神官が出てきたことで、四人はワァ! と珍しくも可愛らしい物を見たように声を上げた。


 アレッタは一気に入って来た情報量にどぎまぎし、かぶりをかぶり直そうとして――


「単刀直入に。この子の名前はアレッタ。こいつを面倒をみてほしいんだ」


 突然の申出に、四人は目を丸くして驚いた。

 アレッタはぶんぶんと首を横に振ってオレの服を掴んだ。

 

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