第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》

1-1追放と出会い

01-勇者一党の帰還



「あの話ってほんとなのっ!?」


「あぁ、嘘じゃない。確かに聞いた。見たって言うやつもいたさ!」


 その日、辺境の街で若者で溢れかえっている場所があった。

 

 その場所は『冒険者組合』。数ある組合の中でも若者人気がずば抜けて高い組合として知られている。


 組合が人気の理由? そんなの決まっているじゃないか。


「なぁ、聞いたかよ!」


 少年のひそひそ声が、『冒険者登録』に並ぶ待機列の奥で聞こえた。

 

「なぁに?」


「噂だぞ? 噂だけどな」


「もったいぶらないでよ! なに? 早く言ってよ!」


 周りの奴らに声が聞こえていないかを見渡して心配し、口を尖らせている少女の頭をぐいと自分の方に寄せた。


「勇者の一党が、王国に帰ってきてるらしい……!」


「ええっ!?」


「ば、ばかっ! 声が大きい!!」


「えっ、だって。どこ、どこからの情報!? 嘘だったら怒るわよ!?」


「さっき、組合の人達がコソコソ話してるのを聞いたんだ! 嘘じゃないさ!」


「だ、だったらさ私らにも、そのっ、可能性があるってことよね!」


「そうだよ! もちろんさ!」


 キラキラ輝く顔を待機列からはみ立たせて、自分らの番はあとどれくらいか確認した。


「俺らにも、可能性があるんだ」


 少年の言葉に少女は嬉しさを噛みしめ、薄い胸の前でガッツポーズした。


「だったら、早く冒険者になって、実績を積まなきゃ! 勇者様に連れて行ってもらえるように!」


 二人は顔を見合わせ、期待に胸を膨らませた。




 冒険者組合が他の組合より人気な理由。

 それは、勇者一党に引き抜かれる可能性があるからだった。


 御伽噺で語られる話だ。

 

 勇者が冒険者組合から仲間を選び、魔王討伐の冒険へ向かった。


 激闘を繰り広げ、魔王を打ち倒し、勇者とその一党は王国に帰還し、望むものと、一生遊んで暮らせるだけの地位を確立し、ハッピーエンド!


 御伽噺だけの話だろうと決めつけるのはナンセンス!


 なぜなら――だって――実際に! 


 勇者『モスカ』が、冒険者から幾人か引き抜いて魔王討伐の旅に連れて行ったと言われているんだから!


 それも……半年に一回の冒険者登録の日に、そんな話が舞い込むなんて……。


 あぁ、なんて幸運なんだろうか。



      ◆◇◆



「って、言う気持ちなんだろうなぁ。あの待機列は」


 オレの目の前の赤髪の男は眩しいものを見るように若人達を見ていた。


「装備も全くつけていない。おい見ろ、あいつは神官だが、どう見ても装備が軽すぎる、すぐ死ぬな。アイツは武器だな、ありゃあダメだ、重たすぎる。扱えるわけが無い。その後ろのやつは胸当て……はぁ? 武器しか持ってねぇじゃねぇかよ。軽装戦士に憧れてるのかぁ? 夢の見すぎだろぉ」


「夢くらい見てもいいだろ。あの歳の子は夢を見るのが仕事だ」


「夢じゃあ、食っていけれねぇからなぁ」


「案外、美味いモノではあるんだがな」


 これで、受付嬢に向かって「魔物退治がしたいんです」と声高々に叫ぶのだから笑いものだ。いや、もはやお決まりのイベントのようなものだから、微笑ましいと捉えるべきか。


 意気揚々と受付嬢に頼んでも、最初に渡される依頼は「溝掃除」や「薬草採集」で。その現実を知った若人たちは不満そうに依頼紙を握りしめて、列の最前から抜けて組合の扉を押し出ていく。世知辛いったらありゃしない。

 

「ふはははっ! 見れば見るだけ懐かしい! なぁ! 俺らにもあんな時代があったってもんよな!」


 給仕係が持ってきた黄金色の麻痺毒エールをグビと呷って、口に着いた泡を袖で豪快に拭った。


 ぷはぁ! と、一杯目の至福の極みだと言わんばかりに酒精を口からまき散らす。


「何杯目だ、ヴァンド」


「わっかんねぇなぁ。空の容器のんだあかしがありゃあ数えれたんだが、今は記憶を辿るのも面倒くせぇ」


「あんまり煩くすんなよ、組合に迷惑がかかる」


「知んねぇよ。金は払ってんだからよォ! 騒がしくたって誰も文句言えねぇよ! そうだよなぁ、お姉さぁん!」


 慌ただしく食事処内を走っていた給仕係は苦笑いを浮かべる。ヴァンドは「ちぇっ」と悪態をついて、今ある麻痺毒をグビと飲み干した。

 

「だいたいっ――」


 込み上げてくる炭酸に我慢が出来ず、おくびをかまして。


「お前が、そんなんだからいけないんだろぉ? エレェ!」


「俺は俺だろ。出会った時から変わってないと思うが」


「変わらねぇからだろーが! 何言ってんだてめぇー!」


 面倒臭いが、愚痴を言ったとて飲んだくれに伝わる訳もない。


「落ち着けって、今日は一段と喧しいな。突然呼び出したかと思ったら、彼女にでもフラれたのか? 慰めなんぞ期待するなよ」


「俺に彼女なんかいねぇよぉ……ひっぐっ! うぇぇ~……。あんな旅続けてちゃぁ、抱けても村人の娘くらい〜……でも、オレは年上が好きなんだよォッ!!」


「まぁまぁ、旅から帰ってきたばかりだろ? あんま焦んなって」


「ウグググウゥゥゥ……」


「泣き方どうなってんだよそれ……」


 赤い大剣をそのまま只人にしたような男が泣きだして、オレは背もたれに体重を乗せた。





 俺たち二人は冒険者組合の休憩所で食事をとっていた。


 そんな場所で高慢ちきに酔っぱらっていたら、色んな人の目に留まってしまう。


 


 十年前、王都から魔王を倒すべく出立した第十八代目勇者──モスカ。


 それの付き人と任命されたのが、当時、冒険者だったオレとヴァンド。そして、ここにはいない魔法使いのルートスという若作りに勤しむ女性だ。

 そんな俺たちの旅路の叙事保管はルートスがやってくれているのだが、その保管とは別に王国にも連絡をせねばならなかった。まぁ、保管用とは別に記録が欲しかった訳だ。そちら側を行っていたのが勇者であるモスカだ。


 なので、旅路で何が起こったのかはモスカの愛情をたっぷりと込めた直筆の手紙によって知らされる訳だが。


「今日は、魔族を倒した。今日はモンスターを倒した。今日は今日は今日は──」


 金髪で藍色の瞳で高身長のモスカ様の剣が光って、敵の首が飛び、勝利のファンファーレ。

 それの近くにいる。銀色の鎧の大男と、小さな男と、豊満な体で赤毛の魔法使い……。


 モスカ視点でしか語られないことによって、付き人というのはこのような扱いになる訳だ。


 なので、正直、鎧を付けていても気づかれていないと思う。

 勇者の隣で自信満々で立ってたらようやく「あの人が!」という認識に変わるだろうといったところ。


 要するに彼らは冒険譚で聞く姿しか知らない訳だ。

 鎧に隠されている素顔は想像するしかなく、赤髪の短髪や切れ長の目、処理をしていない髭は語られることは無い。


(確かに、コイツが噂の大豪傑とは思わないだろうなぁ……)


 かくいうオレも冒険譚で度々語られる『目を覆っている布』を外していることで誰にも気が付かれていない。

 そこら辺にいる、ただの小さな男、と思われているに違いない。なんとも癪だが、仕方ない。


 まぁ、気づかれないというのは悪い事ばかりじゃあない。


「エレェ! もうオマエが彼女でいい! 今から女になれ! 女みたいな顔をしてるから! なっ! いいだろ!? 料理もできるし! 気心知れた仲だからな!!」


「俺は男だし、落ち着いて話を――」


「俺はァ! 俺はなァ!! エレェ!! お前が正当に評価されていないのが、悲しくて、悲しくてェ! エレェ!! エレェ……えぇ……うぇっれっ!」


「はいはい。そう言ってくれる奴がいるだけでいいから。いい加減、酔いを醒ませって」


「酔ってねぇって! ほら。な? ほらぁ~……」


 姿勢を正し、真っすぐにオレと視線を合わせる。キッと口元を結び、赤く染まった頬のまま薄い赤色の瞳を向けてくる。


「……ぷぁ、くっあ、あははははっ!」


 それもすぐに形を止めれずに崩れ、ゲラゲラと笑って振り出しに戻った。

 かと思うと、急に神妙な雰囲気を纏い、泣きそうな顔になり、再びオレをジィと見つめる。


「忙しい奴だな、まったく」


 そんなヴァンドから視線を外し、机の上に並んでいる昼食を取ろうとして――ふと包帯で皮膚が見えなくなっている腕に視線を落とした。


「…………」


 勇者の補助として旅をしてどれだけの期間が経っただろうか。


(十年……って言ってたか。記憶も曖昧なことばかりだ)


 包帯の面積は広くなっていくばかり。

 見るだけで痛々しい。


 傷を負うのは防具を付けていないからだろう。

 立ち回りが初心者なんだ。

 そんな言葉を投げかけられて久しいが、事実だから反論の余地もない。


(だが……まぁ、それも、もう終わりだ)


「――で、だよ!」


 ゴツンと音が鳴った。


 ヴァンドが、ひたひたに麻痺毒が注がれたジョッキを思いっきり机に置いたのだ。反動でバシャリと服に液体がかかるが、お構いなしに声を張り上げた。


「お前はどう思ってるんだって聞いてんだよ、エレ!」


「……どうって。なんのことだよ──って、くさっ……」


 鼻に届いた酒精のニオイに鼻を摘まみながら(何故怒りの矛先が自分なのだろうと思い)洋杯に入ったお茶を啜ろうとして、



「――お前を、勇者の一党から外すって話だよ! マジふざけんなよ、お前!!」



 ヴァンドの大きな声によって周りがざわめきだった。


「勇者の一党だって?」「あの飲んだくれが?」「でも、あんな人いなかったけど……」「その向かい側のボロボロの人もそうなの?」「卓を挟んでいる大男 (酒樽に顔を突っ込んだクマのようだ)と」「小柄な男性 (冒険者に登録したばかりか?)がそうなのか!?」

 

「いや違うだろう」


「違うに決まってる!」


「勇者の一党はもっとカッコイイ綺麗な装備を身に着けているって噂だ!」


「そうだ。酔っ払いの言葉だ。気にするな。ったく……」


 周りの声が静まっていくのを横目に、ズズと茶を啜る。

 ほらやっぱり、こうなる。知られていないのは悪いことばかりではないな。


「ヴァンド。どーでもいいことを気にするな。消耗品の取り替えだろう」


 底に残った茶葉を見つめ、呆れたように笑った。


「それに、いいじゃないか。お前は残留だろ? 勇者一党の重装騎士タンク様?」


「そういうんじゃねぇよ……なんで、お前は、反論しなかった」


 ヴァンドが噛みつこうとしたから、オレは肩を竦めた。


「する意味のある反論ならするさ」 


 

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