84-何を勘違いしている
エレが転移の装置から消えた後、円卓は一つの区切りが終わったように安堵の息を着いた。
倒れ込んでいた護衛も支えられて立ち、マリアベルに紅茶を出されていた。
ターフェルもふぅと息を着く。その顔に影をかけたのは巨大な赤い鎧。
「……いいのかよ、爺さん。あんなヤツの肩を持って」
「何がじゃ? ほうら、団長殿も紅茶を──」
紅茶を飲もうとする老爺の胸倉をグイと持ち上げた。
体格が三倍は違う獅子の膂力を肌身で感じ、後ろに白髪が揺れ動く。
「あんな腰抜けに今更、何を期待してる……!? 大英雄になる!? それに、あんな腰抜けが不死者の群れに勝てる訳ねぇだろ!!」
赤い鬣の獅子の瞳孔が開き、溢れ出た殺意が空間を歪める。
周りの者たちが止めようとしたが、溜まりに溜まった苛立ちが獅子の剣を抜かせた。
「あんな奴を信頼すんのは馬鹿がすることだ!!」
怒りの炎を絶やさないまま、後ろで止めようと動いていた者へ牙をむく。
「近寄んじゃねぇ!! お前らもそうだ! 何故アイツをそこまで信頼するんだ!? 魔王を殺せる機会を逃した張本人だぞ!?」
ずっとドダンが不機嫌だったのは、昔のこともあるのだろうが、一番はエレが魔王の元から敗走をしたのが理由だった。
ドダンはエレの実績をよく理解をしているし、冒険者の一人として尊敬すらしている。
それほどまでに勇者一党の先鋒を務めていたというのは華々しい功績だ。
「一番、気に入らねぇんだよ……強い奴が――なんでもできるような奴が、真面目にしないのが!!」
だが、機会があったのに、掴み切れなかった。挙句、尻尾を巻いて帰ってきた。
「俺なら殺してた! 俺ならやれたさ! 体が弱ってろうが、必ず殺した!」
失望をした。
魔王さえ殺せば、魔族たちの力は弱まるというのに。同じ冒険者として、みっともない行いだと。
「俺は反対だぞ! あんな奴を信頼するなんて……! また、敵を目の前にして逃げるに決まってんだ!! 次はたくさんの人が死ぬぞ! 俺らだ! 俺らの街が壊されるんだ!」
喉元に伸びた獅子の牙。
獣のように荒くなった鼻息。
後ろの者たちが息を飲む音が聞こえた。
「――――何を勘違いをしとる?」
火傷してしまいそうな熱を持つ赤髪獅子が持ち上げる先では、ゆらりと白い炎が冷たく燃えた。
だが、視野が狭まっているドダンがそれに気が付くわけもなく。
「お前が言ったんだろ! アイツを信頼してって――」
「誰もそんなことは言っとらんじゃろう」
その鋭い剣のような声に、獅子の表情が一気に青ざめた。
先ほどまでのニコリとしていた顔は何処にか消えていたことに気づく。
好々爺とした顔が、不快そうに歪む。
それは、決して、名誉学長が浮かべてはならない表情だ。
「ワシは『ディエス・エレ』という個人を信頼しとんじゃなく、彼の仕事ぶりを評価しとるんじゃよ」
獅子が話すことが全くの検討違いだとするその表情を見て、本能から思わず掴んでいた手を離した。
「聞くが……団長殿は、魔王の元から負傷をした三人を抱え、孤立無援の状況で、魔王や魔族からの攻撃を体に浴びながら、一人も被害を出さずに、王国まで帰還できるかのぉ?」
皺が寄った外套をはたきながら、隻眼賢者は再度問いかける。
「――できるんか、と聞いた」
瞳に揺らめく赤い炎に貫かれ、ドダンは縫い付けられたように口を閉ざした。
「団長の言い分も分かるが、斥候の仕事を全うしたと評価すべきじゃろう。勇者を生かして帰ってきて、それでかつ神代からの言い伝えも守ったんじゃから。それに、今回の件は特に彼が適任なんじゃと、団長も分かっとるじゃろう?」
ドダンの肩をポンポンッとたたき、ターフェルは元の笑顔を浮かべた。
「まっ、ディエス・エレという人物は未だに不安定な部分もある。年齢もここに居る者らよりも一番若く、成長過程じゃ」
メルゴールが「え」と声を漏らした。彼女自身も年齢が若いのだが、それよりもエレが若いと聞いて驚いたのだろう。
「アイツが失敗したら、どうするんだ」
「
戦力としては十分すぎるほどに存在しているのだ。たとえ、エレが失敗をしたとしても大丈夫なようには手を回してはいる。
手札というのは多ければ多いほど良いのだ。ターフェルはそのことをよく知っている。ドダンもそのことは納得した様子。
「それでも……アイツをこの街に置くことになる。それは色々と不味いだろう」
「心配はせんでも良い。コトは上手く回る。のぉ、仮面どの」
「まっ、私はこの円卓の一員じゃあないからなんともいえないけど。……でも、そうだなエレちゃんのことに関しては詳しいからね〜」
視線を受け取った仮面は突いていた頬杖を辞めて話に加わった。
「団長さんはさ、エレちゃんの要求をこちらが全部のんで、都合が良い方に動かされてると思ってるみたいだけど、それは大きな勘違いなんだよ」
「勘違い……?」
「この街に住むことによって、彼は不利益を被る可能性が高い」
「……?」
指をなぞらせ、隣の空席にドダンを座らせるとティーカップが空を愉快げに歩いてきて中身を注ぎ始めた。
「なに、彼の敵は魔族や王国だけじゃあないのさ」
「王都で勇者や国王を退けたと聞いたが、それだけで足に絡みつく鎖が取り除けた訳じゃあないからのぉ」
「そうそう」
話の流れに追いきれていないドダンは眉を潜める。
魔王を殺さなかったという
過去が変えられないからこそ、過去の事実こそ人物を推し量る材料となるのだ。
だから、今回のこの依頼や
紅茶の匂いを堪能し、ちび、と飲んで仮面は口元を緩めた。
「エレちゃんに立ちはだかる壁は……余裕のない人々ってね」
未来を語るには、エレの過去が大きすぎるのだ。
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