85-希望には仇を



「お前が魔王を倒していたら、今日、村が襲われることはなかったッ!!」


 老爺の顔は今にも血管がはち切れそうに見えるほど、紅く染っていた。


「爺さん……おまえ」


「ワシに近づくなァ!!!」


 オレは立ったまま、忘れかけていた心の痛みが脳に染みていくのを感じた。


「――――」


 決して不快感ではない。

 ただ、じりじりと心が焦げていくような感覚だった。


 やがて、それは延焼をするように大きなものへと確実に姿を変えていく。


「お前のせいだ! 

 全部お前のせいだ!!

 村のもんは死んだ。たくさん、たくさん死んだ! 

 死んだぞ! 何が勇者の先鋒だ!? 

 何が人類の希望だ!? ふざけるな!!」


 唾を吐き散らしながら、

 つっかかり淀みながら、

 体の痛みや先ほどまで見てきた村の惨状を全部乗せ、

 言葉が放たれる。


「――――っ」


 オレは、体の内側に異物感を感じた。

 その異物が、体の中を巡り、抉り、削っていく。


 そんな音と共に、耳を塞いでしまいたくなるほどの声が、胸の中で煩く鳴り響いて止まない。


「お前がわしらを見限ったから死んだんだ! 裏切らなかったらこうはならなかった。だというのに、なんで……なんでっ――」


 新たな、矢が番えられた。

 キリキリと定められたそれは、回避不能――

 いや、逃げる権利も、遮る権利も持っていないとするが正しいか。


 胸倉を掴みかかる老爺の使い込まれた喉は、ヒュゥという荒い息と共に感情を吐き出した。


「わしらが死んで、お前なんかが生きてるんだ!?」


「…………っ」


 救おうと思われていた者からの矢は、深く、深く、他の矢の痛みを呼び起こすように刺さった。


 頭の中がどんよりとした、粘着質な真っ黒な空間に変わる。

 閉じた口の中で、心を閉ざすように歯を嚙合わせた。


 力強くも弱々しい力で体を揺さぶられ、言葉を発さずにそれを見つめる。


「大陸中の皆がお前の死を望んでるぞ! そんなお前がわしらを助けて気休めでもするつもりか!? 気持ちの悪い……!」


 大槌にでも打たれたかと錯覚するほどの眩暈が続く。


 彼らは本来、助ける対象であり、

 傷つけることなど持っての他。

 彼らの明日を護り、

 魔の手が及ばないように努める。

 それが、勇者一党の役目。


 わなわなと震える老爺も、当然、護る対象である――


 護る、対象だというのに。


 何故か、勇者一党であった時に自分に言い聞かせていた言葉が浮かんでは、暗闇に消え、また現れてを繰り返す。


「消えろ! 消えてしまえ!! お前なぞ、追放ではなく殺されたら良かったんだ!!」


 こんな言葉を聞きたくて、過酷な日々を耐えたのか?


「…………」


 カヒューカヒューと苦しそうな息と呪いの言葉を放ち続ける老爺の前――おもむろに武器を取り出した。

 細く長い剣が揺れ、ギラと冷たい太陽の輝きを宿す。


「それで殺す気か!? やはり、お前は――」


「――口を閉じろ」


 老爺の背後目掛けて走り出し、胸倉を掴んでいた老爺は勢いに振られ、雪道に体を投げられる。


「くっ……!」


 湧き上がる怒りを原動力に、老爺は俊敏な動きで――体力がない状態での限界速――顔を上げた。

 そこに見えたのは、息を潜めて追跡をしていた三体の血屍ノ狼だった。


「なっ」


「姿勢を低く、じっとしてろ」


 突然のことで言葉を失う老爺を背に、飛びかかってきた一体を貫き、地面に投げ捨てる。


 次に左右に回って老爺と少年を狙った二体に向けて短剣を振るい――両断。

 勢いよく駆けていた死体は、十数歩歩いた後に左右に倒れ込んだ。


 不死者は生者のニオイを嗅ぎ分け、襲い掛かる。

 このままでは遠く離れた場所に来た意味がなくなってしまう。


「ちっ、はやく転移を――」


【◆◆◆◆◆】


「――して……?」


 その瞬間、微かに何かが聞こえた気がして、咄嗟にグイと老爺と少年を抱き寄せた。

 藻掻く老爺を庇うように村の方向から飛んできた攻撃に背を向けると――オレ達のいた場所吹き飛んだ。


 凄まじい爆発音が響き、雪が天高く舞い上がる。


「――ッゥ!?」


 盾にした左手が消し飛び、ボトボトと血液が止めどなく溢れ出す。

 すぐさま、片方の手で拉げる程の握力で握り、強引に止血。

 老爺は何が起こったのか分からず、鮮血と恐怖が顔中に塗りたくられたまま動かない。


「じいさん……っ!」


【――◆◆◆◆◆】


 手を触れようとした瞬間――まるで耳元で巨人が咆哮したと思える爆音が響き、地面が衝撃波によって抉られ、捲れていく。


「ふっざけんなよ――っ!!」


 その石や土を巻き上げながら押し寄せる大地を見て、老爺と少年を背に武器を抜き、地面を切り伏せた。

 散り散りになった地面がまるで峡谷のような形で両頬を掠めて、後方の森林部分にまで続く障害物を作り出した。


 衝撃で雪がバラッと霧散し、霧状になったのを確認すると――片手で老爺を、口で少年を捕まえて頭上の木の枝を上まで飛び上がった。

 

 その判断は大正解だった。

 

 次の瞬間、オレの足を掠めたのは――七色に輝く光線。

 近くにあった木がジュッと熱され、火だるまになっているのを確認した。


 ――逃げれぬように左右を地面で固め、真っすぐに貫通力の高い技を放つ。


 一気に警戒度を高め、火だるまになっていた木を切り倒し、巻き上がった雪に姿をくらませた。

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