77-騒然とする円卓



 護衛の正体が大罪人だとわかった瞬間、衣の擦れる音が円卓の上を滑った。


 風よりも早く、冷たく光る剣先──


 灼火の堅閻の赤獅子。

 広海大賢の賢者。

 商業組合の護衛。

 その三人がオレの喉元に武器を突き立てた。


「物騒だな、しまえよ」


「涼しい顔しやがって……オレらの攻撃に反応できなかったんじゃねぇのか?」


「反応? する必要があるか?」


 ドダンは目下に輝きを見た。オレの剣が抜身となり、背筋の凍るような輝きを寒空の下で放っている。


 ──殺るなら、殺るぞ。


「……っ!」


 ほか二人の喉元には向けられないが、三人全員にせずとも良い。手出しすれば一人が死ぬかもしれない。人質を取られたと同義だ。


「穏便に行こう。そんな怖がる必要はないじゃないか」剣の持っていない手を上げ、その剣先を上から抑えた。「下ろせよ、はやく」


「クズが……」


「ディエス・エレ。本物だな」


「本物って言い方は少しあれだが、まぁそういう名前はしてるな」


 警備の皆の頬に汗が伝う。

 自分たちの力でこの大罪人に何か出来ることはあるのか? 視線を向けられただけで、武器を握る手が震えるというのに──


「組合長っ、危険です! ここは……」


 商業組合のもう一人の付き人がマリアベルを庇うが、その手を優しく押しのけてこちらへ駆け寄ってくる。


「組合長!?」


「マリアベル……なにを!?」


 皆の制止を避けて顔を覗き見ると、喜びの声を上げた。


「わああ! エレ、久しぶり! ホンモノだあ……何年ぶりかな! 四年くらい?」


「それくらいかな? って、近いな」


「いいじゃないの、ちょっと触らせなさいよ!」


 付き人が悲鳴をあげるのを他所にマリアベルはオレの体を触りながら色んな方向から見上げた。


「ふんふんふんっ、いや、珍しいなぁ。エレと話したいのに他の人らが前に出てきて話はできないし、顔もよく見えないし。あの時は黒布で目を隠してたもんね」


「警戒中はな。視界から得られない情報のが有益だ」


「そんな理由で付けてたんだ。あ、そうだ。この後暇かな? あの時のお礼も兼ねてさ、一緒に──」


「この街に何の用だよ、犯罪者……ッ!」


 再度、空気を締め直すように首元に大剣を突きつけてくるドダン。


「ちょ、団長さんさ。そんな怒らなくても」


「黙ってろ!!」


「キャッ──」


 マリアベルの首根っこを持ち上げ、護衛の二人に投げて渡した。その語気から必死さが伝わってくる。


「やぁ、ヲジョウさん。オレの後をしつこく追いかけてきやがって。重たいオンナは嫌われるぞ?」


「ドダンだ!」


「それはラストネームだろ、ヲジョウさん」


 周りの反応に顔を真っ赤にするドダン──ドダン・ヲジョウ。

 もちろん、悪気があっていじっている訳ではない。もちろんそうだ。

 親しいのだからファーストネームで呼ぶのは当たり前のことだ。


「昔からお前のそういう態度が気に食わないんだ!」


「そうかい。オレはおまえのこと好きだったんだけどなぁ。すっかり生意気になって」


 ドダンがただの村人であった時代から冒険者の金等級で燻っていた時代まで知っている。

 コイツはまぁ、ヴァンドと同じ村の出身だからな。腕っぷしだけは強いんだ。


「……昔は偉かったかも知らねぇが、今のお前はただの犯罪者だ。答えろ。何が目的で、この街に、この大陸会議フィラデルに来やがった!!」


「俺が何の用でこの街に来たかって? いい質問だ。この期に再度公言しよう。オレは、英雄を超えて大英雄になるんだ」


「…………だいえいゆう……?」


「あぁ、そうさ」


「人を殺すとか、円卓を壊しに来たとか、神殿を襲いに来たとか」


「するわけない。オレは大英雄になりにきた。この街はそのついで」


 つい、と視線を他の者達に向ける。

 突然の告白に、期待の眼差しを向ける者、訝しむ者、嫌悪感を向けてくる者、目の色を変えた者。そして……何より驚いたのが、


「大英雄なんて聞いたことがねぇ! お前なんかに──」


「はははははははっ!」


 ふざけた冗談だ、そう切捨てそうな人物が、呵呵と笑っていた。

 聖都の代表代理の一人── 今まで一言も発していなかった屈強な男だ。

 

「英雄を超えると? 小僧が?」


「あぁ。それに今は絶賛仲間を募集中だ。どうも、悪名ばかりが伝わってしまっていてね。どうだろうか、悪い提案ではない。この場にいる者達には審査をする必要も無い」


「貴様の仲間とやらになり、得られるのは何ぞや」


「見たことの無い世界と栄光を」


「高みとする場所は」


「抑圧されず、抑圧せず、この世界で自由に生きることだ」


「なぜ大英雄に焦がれる?」


「不幸な人をこれ以上、増やさないために。目の前で誰かが理不尽に殺されることがないように。──オレが、そうありたい、と望むから」


「ハハハハハハッ!! これは、これは……」


 積み上げた積み木を蹴散らすように。

 武器をふりかざす矮小な只人を見下す竜種のように。

 子どもが語る夢物語を蹴り散らかすように大仰に笑った。


「耳障りの良い言葉ばかり! 貴様のその体で何が出来るんだ小僧。歴代最高と呼ばれた三英雄ですら”英雄”ぞ。──で、小僧は何になるって?」


「大英雄になるっつってんだよ、ジジイ」


「吐いた言葉は飲み込むなよ、小僧」


 メルゴールの後ろにいたと思えば、気がつけば円卓の上に──オレの目の前に──しゃがみ、そのボロボロで大きな手でオレの顎を下から掴んだ。


「よもや、大層暇な時間を過ごすと腹を括っていたが」


 武器を扱う者の手。愛するものの手よりも剣を握っていた時間が長い男の手だ。

 その渋い声から幾許かの嬉色が見え隠れしている。


「三英雄を超えると吐かす阿呆がまだこの世にいるとはな。名は」


「ディエス・エレ」


「エレか。覚えたぞ。オレの名前はヴェレヴ──」


「こんのっ、阿呆はオマエやァァァァッ!!」


 男の後ろからメルゴールが小さな杖を片手にし、男の体をふわ、と持ち上げた。口端からシュゥゥと猛る感情を押し殺し、


「机は座るもんちゃうぞ! 子供ガキでも知っとる!」


「物は壊していない」


「そゆ問題ちがう! 分かるか!? オォン!? 獲物見つけにきたんちゃうぞ! 話し合い。はなしあいー!──言うとる間に威嚇すな!」


 小さな杖をおろし、男の体を席の後に立たせると、メルゴールはオレをキッと睨みつけた。


「あんたも! ディエス・エレ!──あっとるか!? エレでええか!?」


「あぁ。俺は質問に答えただけだ」


「アンタも阿呆、アホ、あーほーや! そゆ話チガウ! あーーーもーー! ディエスっちゅーもんは話もなんも出来ん奴しかおらんのか!」


 ぷんすかと腕を組むメルゴールに対し、


「なんだって……?」


 オレは耳を疑った。


「お、なんや。やるんか。やらんけどな。ベロベロバー」


「……オレ以外にディエスを知ってるのか?」


「知っとるも何も。アチシら五賢将の一席におるわ。生意気なんがな。いや、大生意気じゃ」


 どくん、と心臓が大きく動いた気がした。

 五賢将。聖都にいる教皇の直轄部隊。そこに、オレやオーレ以外のディエスがいる。

 妹は魔導学院を出て、塔の魔法使いに至った。

 あとは二人の姉と……


「……下の名ファーストネームは」


 アイツしかいない。


「なんや、気になるか。教えたるからもう暴れんな。分かったか?」


 暴れた覚えはないが、無言のまま待った。

 それを同意したとみなし、メルゴールは腰に手を当てたまま投げ捨てるように答えた。


「そいつン名前はディエス・イレ。白髪で、黄金と紅色の瞳のオトコ」


 あぁ、やっぱり、そうだ。

 彼だ。五人兄妹の長男坊。


「…………オレの、兄だ」


 エレの唯一の男兄弟。

 負けず嫌いで、頑固で


「頑固でなんも言うことを聞かん」


 喧嘩っ早くて、剣のような生き方をする奴。


「すぐに喧嘩するし、止めるコッチの身にもなって欲しいワ、ほんま──ぬぇっ!? はっ!? 兄!? アンタの兄ちゃんか!」


 名前を聞かないと思っていたら、教皇直轄の精鋭部隊に所属していたとは。

 どこかの一匹狼で流浪をしているかと思いきや、予想外だ。


「アイツの──」男の目が大きく見開かれた。「弟だと?」


「オレの兄が世話になってるか?」


「あぁ。あぁ! そうだとも! 世話だな。世話だ!! かかってこい!!」


 ガチンッと両拳を合わせ、火花を散らす男。


「バカバカバカバカー!!? 落ち着けブロ爺! ちょ、あんたらも助けぇ!」


 その首根っこをグイと引っ張るメルゴール。

 円卓は騒然となり、しばらくはメルゴールの悲鳴が響き渡っていた。

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