08-冒険者登録
山から下りて来た先は『海蜥蜴の尻尾』の冒険者組合。
「いるな。なら良い」
中を覗くと、アレッタを置いたまま裏口に回っていき、適当な職員を一人捕まえ、受付を開かせた。その流れるような事運びに受付嬢はぱちくりと瞬きを繰り返す。
「ありがとう。悪いね」
「あのぉ……エレさん? 今日は、知っての通り……お休みなのですが」
「うん。知ってる」
化粧も、香りづけもしていない彼女は受付から若干離れた位置でオレの対応をしてくれている。そんな彼女の前でカネが入った袋をジャラと受付台に置いて、目の前に一枚ずつ並べていく。
「お休みだね。ご苦労さん」
「でしたら……その……それは?」
まだ足りない? そう言わんばかりの顔に、受付嬢の顔が引きつるのが見えた。
「昨日、登録し忘れた子がいるみたいでさ。また半年後ってなったら気の毒だから、それだけ頼んでもいいかな? これ、迷惑料」
リアルな『じゃり』と黄金色に輝く貨幣が受付台に置かれた。
「迷惑だなんて、そんな……。エレさんの迷惑なら大歓迎です! 冒険者組合はエレさんを応援してますから!」
頬を赤らめながら話す受付嬢。
「応援されるような人間じゃないよ。冒険者組合には、たくさん迷惑をかけたし」
「でも、私は迷惑をかけられたことがありませんよ!」
なぜ、得意げに胸を張るのだろうか。
「君にはこれから迷惑をかけるんだよ」
「だから――」
「いーから、受け取って。気持ちさ」
「ダメです。ダメ。絶対ダメ! エレさんは斥候の
「……久々に聞いたよ、それ」
オレは五人しかいない蒼銀等級の冒険者であり「斥候」という職業の一旗を担っている。
戦士──
神官──
魔法使い──
斥候──
重装騎士──
としても、個人個人を指す呼称のため今では廃れた呼称だ。
実際に、一旗の面々の消息は、オレとヴァンドを除いて絶たれているのだから。
今なら冒険者らが結託したクランの最上位を指す『
三等級──【
二等級──【
一等級──【
そのうち、蒼銀等級の冒険者がクランマスターを務めているのはヴァンドが建てた【
蒼銀等級がいなくとも、彼らが今を生きる冒険者の最上位であることには変わりないし、誰もそれを疑わない。
まぁ、冒険者から長らく離れていたオレにとっては関係があっても、興味関心がない話だ。
「まぁ、休日に仕事をさせる訳にはいかないし。俺と言うよりかはあの子が迷惑かけると思うから」
入り口の人影が見えるように体を傾けた。
「それにコレはオレのためでもあるから、聞いてね?」
ニコリと笑うと受付嬢はそちらを渋々と受け取った。その瞬間、組合の木製の硝子扉がドンと叩かれた。
受付嬢の顔が一瞬にして凍り付く。
受付嬢の視線の先を見つめると、アレッタが入口の所に顔を覗かせていた。
普通の顔だ。目が合っただけで花が咲くような笑顔にもなった。
「どした? お腹でも痛い?」
「い、いえっ。なんでも……その、いえ……ほんとうになんでも、ナイデス」
上擦った声で応えると、受付嬢は汲々と作業に取り掛かり出した。
◆◇◆
今日が休日に指定されているのは冒険者を名簿に登録する仕上げをするためなのだろう。
登録自体は早く済むから、昨日の今日なら手間も少ない。同伴をしておく理由もない。
(毎日毎日、イヤに上手い鳥の物真似を聞かされるだけは遠慮しておきたいしな)
そんなこんなで、アレッタを冒険者登録をするために手続きを踏ませ、オレは離れたソファでうたた寝をしていた。その向こうで、アレッタと受付嬢は登録の真っ最中である。
「えぇっと……お名前は?」
「……アレッタ」
「アレッタちゃん、ね。わかりました。何ができます? どのような
「傷を治せル。清めることもできル」
「そ、そうだよねーー。あはは、神官さんだもんねぇ。じゃあ、奇跡は全部使えるってことで……いいかな?」
「……」
気まずい。何を言っても目が合わない。
もしや、冒険者登録自体に興味がないのではないか。
「エレは……何が使えル?」
「え、エレさん? エレさんは……」
この食いつきよう。もしや、この子は……。ふむ。
「色んな事ができる人よ。冒険者の中でも飛び切り凄いんですもの。噂じゃあ、全部の職業の術が使えるとかなんとかって!」
「……ソウ」
「エレさんは凄いヒトなの。って、私は実際にそれを見たことはないんだけどね……。この組合の受付嬢になったのもつい二年前くらいだし」
段々と、恐かった顔が柔和な顔になっていった。この子は、思ったとおり、エレさんの情報に興味があるようだ。
よし、じゃあ、このまま話を持って行こう……。
「アレッタちゃん? は、なんで冒険者になろうと思ったのかな?」
「……答える必要がアル?」
「いや、別に必要という訳では……」
「じゃあ、イイ」
そういうと、アレッタはエレの方を振り向いて、襟巻きに顔を埋めた。
受付嬢は理解した。この子は九分九厘、冒険者登録に興味がない。
そして、何か訳ありな気配。受付嬢の勘がそう告げている。
(この子はエレさんにとって特別なのでしょうか。どう見てもただの少女ではないとは思うんですが……)
さっきの窓辺で見た少女の瞳を思い出して、肩を震わせた。獲物を横取りする獣を睨みつける……怪物のような。
あれは、少女がしていい瞳ではなかった。
(そもそもエレさんとはそこまで親しい仲ではないわね。だって、エレさんのことを聞いてきたんですもの。きっとそうだわ……エレさんが仲間を連れてくることは天地がひっくり返ってもないことですもんね。……それも、
エレほどの神官嫌いもそうそういない。
噂では勇者一党に神官がいないのは『エレが拒んだからだ』とかなんとかって聞いたこともあるくらいだ。
そう思うと、目の前の少女が可哀想に思えてきた。
(……どれだけ思いを寄せても、実らない『思い』というのは辛いですね)
受付嬢は同情をするような目でアレッタと、その頭の向こう側にいるエレを見つめる。
冒険者への登録が終わったのは、その後すぐのことだった。
◆◇◆
「はい。これで手続きは完了です。お疲れさまでした」
「終わっタ?」
「はい」
それを片手にオレの元まで駆けてきた。
閉じていた瞳をスゥと開いてアレッタのニコニコとした顔を見上げる。
「……」
その後ろではどこか憂いのある瞳でこちらを見ている受付嬢。一応は滞りなく手続きが済んだようだ。
「終わった?」
「うん! これでエレと仲間ダ!」
「え?」
「エ?」
「あー……?」
お淑やかな受付嬢の眉がピクリと動いた。同時、オレも受付嬢に視線を送る。
「……受付嬢さん、階級差についての説明は」
「……ぇぇう。その、あの……」
説明不備が発覚した。再度説明を頼もうと思ったが、普段の調子に戻った受付嬢は胸前に手の平を合わせて謝っている。
(これ以上、無理をいうのも可哀想か)
受付嬢から視線外して、説明をすることにした。
ウキウキとした様子に水を差すのは、気が重いが……。
「俺とアレッタはまだ組めないよ。階級が離れすぎてる」
「かいきゅウ……?」
「うん」
「ワタシ、エレと仲間なれないノ……?」
「そーだね」
「――――…………」
案の定、この世の終わりのような顔をして直立不動になってしまった。
「まぁ、座って。少し説明するから――」
背もたれのない椅子をポンポンと叩いて着席を促すと、アレッタは表情を変えぬまま崩れるように座ってくれた。
「まず、冒険者には計6つの階級が存在をしている……は説明をされてないね。分かった」
まぁ、説明をしても分からないかもしれないから簡単に行こう。
「
アレッタが手に持っている認識票を人差し指で突いて。
「
「…………わかんなイ。つまりはどういうコト……?」
何がわからなかったのだろうか。特例という言葉が難しかったか。
「アレッタのは一番下。俺のは一番上。階級に差が三つ以上離れている。組むためには金等級にならないといけない。今のままだと組もうとしても組めない。分かった?」
「じゃあ、なんで登録させたノ?」
この子は冒険者になれば、仲間になれると思っていたのだろうか。
いや、これもオレの説明不足か? いや、理解力不足か。どちらともかもしれない。が、反省はあとだ。
「俺の仲間になるならその道が最速だからだ。悪いが、冒険者じゃあない神官と一緒にいた場合、色々言われるのは俺なんだ。
オレは自分がどんな奴かは客観的にも分かってるつもりだった。
その仲間となれば、ある程度の実力がなければ無理。「可哀想だから」という理由で動けば、もっと可哀想なことになる。
だから冒険者になって実力をつけ、仲間にしても良いと自分に思わせなければ、オレの隣を歩くことは許されない。
非情に聞こえるだろうが……構わない。実力差のある仲間は双方にとっても良いことはない。
「……どうやったら仲間になれまスカ?」
「まずは実績を積む。依頼をこなす。それからだ」
子どもに言い聞かすように言い、グズグズと泣きながら頷いたアレッタの首に認識票をかけた。
「ま、とりあえずは金等級だな」
「……それは、どれくらい大変?」
「たくさん大変だ。嫌な仕事もしなきゃいけねぇし、そう易々と上がる訳もない。だから仲間を見つけて、ゆっくりとやりなさいな。その時に、まだ俺と組みたいなら話しかけてくれたらいい」
その言葉にはアレッタは頷くことはせず、オレの服をギュッと掴んだ。
◇◇◇
「エレさん。あの神官ちゃんとはどういったご関係で?」
「拾っただけだ。俺とは何の関わりもない」
「またまたぁ」
オレは勇者一党の斥候だった。
だが、一党の中で、一番目立たない。
若人たちが憧れるような戦闘力を持っている訳でもなければ、目が奪われるような煌びやかな装備を付けている訳でもない。
一番地味で、一番仕事量が多く、一番泥臭いのが斥候という職業だ。
視覚を封じる黒布を巻いていたらそれは一応、勇者一党の
付けてなかったら、その何かと目立つ『黒髪』と『黒瞳』だけが目印なんだが。まぁ、それもそんなに目立ったことは今まで無い。
「本当のところはどうなんです? あんなに必死に仲間になろうとしてるんですよ?」
「んー、まぁ、嬉しいよ。素直に」
「お! じゃあ、あの子は行く行くはエレさんと肩を並べて、勇者一党に入る……とか!?」
「それは、あの子が幸せにはならない」
どこかで助けた少女。
いくら記憶を辿れど、あのような只人の神官に知り合いはいなかった。
だが、久しぶりだ、と飛びついてきた少女のことを思わない程、情に疎い訳でもない。
悪い気はしない。むしろ、自分の体をボロボロにしてまで同行した勇者一党の旅は無駄ではなかったのだと感じれる。
特に、手柄が全部奪われた今、オレの旅路を証明してくれるのは彼女くらいだ。
そんな少女を思い出せないなんて、なんて非情なのだろうか。
(でも、居心地が良くても……それが最善であるとは思わない)
思い出せない間に離れた方がいい。
自分なんかについてくるよりも、若い冒険者たちで冒険譚を綴った方が何倍も楽しいし、なによりも彼女自身の幸せだろうから。
彼女と仲間になるのは……合理的ではないのだ。
「それに俺、もうここから出ていくし」
「? それって……勇者一党が、ですか?」
「いいや、まぁ、なんていえばいいのかな。でも、いい話じゃないよ」
去り際に言われた言葉に受付嬢は焦ったように説明を求めようとしたので、立ち止まりはせずに。
「多分、有名人になってるだろうからさ」
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