09-たった2日




『勇者一党に所属をしていた冒険者エレ(蒼銀等級)が、魔王側に加担か!?』


 その見出しで書かれた新聞紙は世間を騒がした。


 曰く、冒険者エレが魔王に対して情けをかけた。

 曰く、冒険者エレが勇者一党に偽りの情報を知らせた。


 魔王との決着がつかなかった理由は、エレにある――と。


 その時だけは、勇者一党の中で一番注目を集めたのはエレだったに違いない。その証拠に、紙面が取り上げられたことにより、エレの自宅へと半狂乱の国民が押し寄せたのだから。


 ドアノッカーでノックするまでもなく、扉を蹴り破り、強引に中へと押し入った。


「――――……」


 そんな彼らが目にしたのは、もぬけの殻となった家だった。


 玄関の壁の一角は色褪せており、そこには何かが飾られていたよう。靴も、寝室の衣装棚にあったであろう衣類も。寝台や大型の家具はそのまま残っていたが、普段身に着けているようなものはもう、その家には残ってはいなかった。


 ただ一つ。


 浴槽に半分ほどまで入れられた、すっかり冷めた湯だけを除いて。




      ◆◇◆




 時は遡り、早朝。

 事前に話をしていた行商人の積み荷の傍に、自身の私物を簡単にまとめた箱をぶん投げているエレの姿があった。


「あとちょっとだ。荷物は少ないが、小道具系が多くてな」


「エレさんの頼みですから。それに荷卸も少ないですし」


「助かる」


 あの偏屈な王様が、追放だけで終わらせるわけがない。


 だからこそ、何か起こる前に住居を移すのが賢明。

 それに、あの王様だ。殺せるなら殺したいだろう。あの場で殺されなかったことを奇跡だと思うべき。


(どのみち、長居するつもりはない。王サマの目の届かない場所にまでいけば、多少なりとも住心地は良いだろうし)


 そうしていると荷積みが終了をした。


「んっー……っと、腰いてぇ。最近、すぐ体痛くなるんだよな。まぁ、よし、こんなもんか。一応、これで俺の荷物は全部だ」


「はい。承りました。箱の色が似てますから間違わないようにしないとですねぇ」


「俺の荷物を商人に卸したら大変だぞ」


「その筋のコレクターになら、高値で売れそうですが」


「やめてくれ」


 にこにこ笑う彼は行商人のマルコ。


 パッと見、仕事が出来なさそうで、信用に足らない人物に見える。覇気も感じず、叩けば風と共にどこかに飛んで行ってしまいそうなほどか細い。


 だが、彼は勇者の一党の時代から何かと良くしてくれる数少ない行商人の一人だ。


 元より、この街にずっと滞在するつもりはなかった。この街に訪れることはもうないだろうし、拠点移動も兼ねても文句はないと確認はとっている。


「それで、もう出発をしてもいいんですか?」


「あぁ。いいぞ」


「ちなみに、拠点移動については何か意図でも……?」


「あー……」


 素直に話しをしてもいいが、彼が諸々の情報を聞いて手を貸してくれる根拠はない。後々バレるだろうが、その時はその時だ。


「オレの体のことでな。王都や麗水の海港パトリアで寄りたいところがあるんだ」


「そうなんですね……。体、良くなるといいですね」


「そうだな。ありがとう」


 一応、これは嘘ではない。マルコはオレの体のことを知っているからな。


「では行きましょうか。何か、忘れていることとかは……」


「そんなもの無い気がするが」


「誰かに挨拶し忘れたとか。もう立ち寄ることはないかもしれませんので」


「ねぇー……あー……」


 アレッタが家に来なくなってから、二日が経っていた。

 

 小鳥の囀りは聞こえないし、ドアノッカーをコンコンッとされることもない。久々の休日、久々の寝台での睡眠。


 彼女はいま、頑張っているのだろうか。仲間は見つけれただろうか。彼女なりの幸せは見つかったのだろうか。


 ……まぁ、オレには関係ない話か。


「――エレさん」


 マルコの声が聞こえて、意識を戻した。


「あぁ、すまん。大丈夫だ、出立をしよう」


「いや、そうではなく」


 頬がこけている行商人に目を向け、袖引っ張られる感覚を覚え、そちらに目を向けた。



「……早う、今日も枯れ葉の天気模様かな」



「うん! びっくりしちゃっタ!」



 そこには、あの日と同じ姿かたちで枯れ葉を頭や肩に乗せているアレッタが立っていた。

 

 馬車に積み荷を載せているのを不思議そうに眺め、オレの顔を見上げる。


「エレ、どこか行くノ? お出かケ?」


 ここ二日は来てなかったから、もう来ることはないと思っていたのに。そこまで考えて、オレは目を見開いた。



「……お前、それ」



 あの日と違う箇所が一つ。

 大きな変化だった。

 エレの視線が胸元に止まったことに気が付いたのか、


「ア! 気づいてくれタ! そうなのでス!」


 上手く隠せていなかった『金色の認識票』を胸元から自慢をするように出した。



「ワタシ、金等級になったヨ! これで、エレと仲間ダ!」



 金色に輝く認識票よりも、輝かしい笑顔でアレッタは笑った。オレ認識票を手に収め、本物かどうかを鑑定するようなまなざしで見やる。


 受付嬢が認識票に美しい筆致で刻んだ名前はしっかりと『アレッタ』となっている。


「…………っ?」


 色も、何かを取ってつけた訳でもない。

 アレッタの職業も「神官」と書かれて――その横に「武闘家モンク」と追記されていた。


 普通なら金等級までは数年単位でかかる。これは冒険者組合員から聞いた話だ。

 銅等級から銀等級までは早ければ数週間。銀等級から金等級は最初の関門で、平均として2,3年はかかる。そこから先は更に時間がかかるのだが……。


 それを、二日で……?

 

「やったー! これでエレと一緒に過ごせル! やたー!」


「おい。何をした――」


 と言って、汗と泥と土をごった煮して乾燥させたようなニオイが鼻に届いて、


「っ!? おまっ――ちょっと来い!」


 バタンと玄関扉の中に入っていき、ややあって玄関扉から顔を覗かせた。


「すまん。ちょっと、待っててくれ。こいつ、湯舟に浸らせる!」


 再度、バタンと勢いよく閉められた。


「……おぉ、エレさんはそんな顔もするんですねぇ……」


 いつも気怠そうというか、何かを諦めてそうな瞳に宿っていたのは――怒り、それには幾分かの優しさも混じっていた。

 そんな珍しいエレの表情を見て、マルコは胸内で笑い、扉を開いた。

 

「肩まで浸からせるのですよ」

 

「わぁってる!」


 その言葉が聞こえてきたのだから、もう、堪らなかった。

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