1-3権力と剥奪

25-路地裏での再会





「招待状がなくなったが、地図だけは無事だったのは幸いだな」


 オレは渡されていた地図を読んで進んでいた。

 少しだけ休んだ後に服屋で適当に購入。いつもとは少し違う雰囲気だが、正装に近い服を選んだつもり。


(王城に行ったときよりは、しっかりした服だな)


 そうして何度かの曲がり角を曲がると半壊した看板が見え、足を止めた。


『――倉庫』


 倉庫の前に書かれていたであろう名称の部分が壊れ、倉庫という文字の上からもスプレーで潰されて視認性が悪い。


「王都は治安でも悪いのか? それにしても」


 懐中時計に記されている時間を見つめる。


「少し遅れた」


 ようやく訪れた場所は冒険者組合から少し坂を登って行き、路地裏を縫って行ったところにあった。


「なにもこんな場所に倉庫なんて作らなくても――」


 冒険者組合が以前、倉庫として使っていたその場所は冒険者組合の職員の寮の裏の地下にある。

 街の中でも比較的安全な場所にあるソレは階段を降った先にある……はずなんだが、


「はっ……? ないぞ?」


 看板を見上げ、周囲を見渡し、地図を見つめ、頭を掻いた。地図には記されている階段がいくら探しても見当たらないのだ。


「適当なことを書いて寄越したわけではないだろうし……《ことば》で隠してるのか?」


 広げていた役立たずの地図を畳み、衣嚢に突っ込んだ。


「魔法の解読を御所望? 冗談だろ」


 階段があると記されているはずのところは煉瓦の壁となっている。そこに手を触れた。それが、スイッチとなったらしい。


 どこからか現れた朝霧のような靄が溶岩口から噴き上がる蒸気のように勢いよく吹き出し、壁を這い、辿ってきた道を塞ぐまで広がり、体をなぞった。


「うぉっ」


 蛇のように細長くなった靄が絡みつき、煉瓦の壁の上に白霧の文字を現わした。


「『どうやったら、階段は現れるでしょうか?』って?」


 オレへの挑戦状のようだ。


「性格悪ィなぁ」


 煉瓦と接合面の繋ぎ目は自然なザラザラとした触り心地で、本物だと紛う出来具合だ。


「……」


 地図の差出人が全く知らない人物だったら、唾でも吐き捨てて帰っていただろう。


「ンー……」


 難題を前にして尖筆をこめかみに押し当てる気分だ。

 魔法を初めて勉強する時に感じた、何がどこに繋がって、何が答えとなるのか、言語体系もわからず、持ってる知識のどれもが役に立たないと感じるあの感覚。


『分からないことを楽しまないとね。答えは一つだけだとしても、そこに辿り着く道は一つだけじゃないんだから』


 昔に聞いたルートスの言葉を思い出すと、その道すらも見えない現状に笑えてきた。


「傍から見たら壁を撫で回す変人だな」


 久々に痛感する。これが《ことば》に熟達した者とそうでない者の差だ。

 オレもある程度は魔法をかじっているつもりだが、それでもこれは本当に……。


(分からないってことは、この魔法をかけたのは――)


 エレは三英雄の賢者に教えてもらいながらも、その都度ルートスから教えてもらったり、魔導書を読み漁っていたこともある。

 それ以外の知識をもち得ているのは、


「……塔の魔法使いがいる?」


 一概に魔法使いと言っても所属する場所によって、その呼称は異なる。


 魔導学院――魔法を学ぶ学校。

 ここに籍を置くものは「魔導学生」や「下級魔法使い」と呼ばれている。

 学院という名前で呼ばれている通り、ここは育成機関である。野良魔法使いも居るが、魔法使いの多くはこういった学院を卒業をしている者が多い。


 塔――各分野の魔法に特化した研究所。

 そこの研究者は「上級魔法使い」と呼ばれ、まとめあげている管理者は「賢者」や、それぞれの異名で呼ばれている。

 学院で成績優秀者な人物が引き抜かれたり、自薦する形で塔に至るのだが、基本的に塔に一度入ったら、それ相応の理由がない限り外出はしないはず。

 外で塔の魔法使いに出会うことなんて滅多にないんだが。


『私の異名? へんっ、聞いたら腰抜かすわよ!? いい心して聞きなさい! 私の字名は、時と狭間を辨識する者カーノス。カッコイイでしょ! すごいって言っても――』


 ルートスは例外だ。歴史を刻み、未来を創るお仕事を任された塔の管理者の一人。勇者との旅も仕事の延長線上に過ぎない。

 余計なことを思い出したが、倉庫に《ことば》をかけたのが塔の者ならエレにできることはない。


「完全にお手上げだな。だったら、解読をさせるのが目的じゃあないのか」


 違う分野で物事の解決を求められている。この魔法をかけた人物は、意地がとことん悪いらしい。


「……扉を開けるのは、なにも鍵を開けるだけじゃないよな。ノック。試してみるか?」


 手を出して振りかぶって、振り下ろすと――周囲に打撃音が響いた。


「――っ?」


 オレの手は壁の手前で止められた。その情報を理解するのに、コンマ数秒の時間を要した。

 打撃を止めたのは……壁から出てきた手だったのだ。


「今、殴ろうとしましたか?」


 異様な光景にエレは顔を顰めるが、状況を素早く飲み込むと、もう片方の手を伸ばして壁から出てきた手首を掴んだ。


「あぁ、そりゃあそうさ。オレが困ってる様子を、壁の内側からニヤニヤして見ていたんだろうからな――出て来いよ、顔、拝ませろ」


 引っ張り上げると目線が高い男性が出てきて、目を大きく見開いた。


「おまえ──」


「やぁ、また会いましたね」


 それは先程、手合わせをした小麦肌の組合の職員だったのだ。 

 

「はっ、オマエが魔法をかけたのか!?」


「いえいえ、平気で嘘を吐けますよ。生粋の剣士ですとも」


 カチャと腰帯の刀を揺らし、硬直してるオレの頭をぽんぽんと叩いてきた。


「ふふ、感動のあまりに言葉もでませんか。ともあれ、お待ちしておりましたよ。お会いできて光栄です、ディエス様」


「……オレはあんまり嬉しかないが」


 笑顔の仮面を貼り付けたような男を見上げる。


「なんでこうも何重に鍵をかけてるのか教えてくださりますかな?」


「おっと、それはそれは。答える必要もないようにも思います。本当はわかっているのではありませんか?」


 切れ長の黒瞳を薄める。その挑戦的な態度に呆れ返った。


「そうですねぇ。ディエス様は大変人気者ですので、場所が何らかの形で漏れていたら大変なことになっていたかもしれません。この場所は、今回の件の他にもそれなりに利用されている場所のようですので」


 噂はかねがね、というやつですよ、と。

 《ことば》の重ねがけされていた理由は、自分の身の振り方のせいだと理解すると、どうも腹の底の居心地が悪い。


「まっ、お気遣いアリガト。あと、あんまり顔を見せないでほしいんだ」


「それはそれは。一目惚れですかね。いくらディエス様がおなごのような可愛らしい顔をしているとしても、私は既に婚姻関係を結んでいる人物がいますので」


「父親に似てるんだ。頭がおかしくなる」


 男は吹き出すように笑い、肩を震わせた。


「そうですか〜……それは、頑張って自重しましょう──では参りましょうか。奥でマスターがお待ちです」


 ス、と表情を本来のものに戻す男性。

 黙っていれば、大人の男たる雰囲気が出る姿をしている。どこかの貴族の出といわれも不思議には思わないだろう。

 笑ってる顔よりも、こっちのほうが父親に似てるんだが、まぁ、諦めよう。


「はいはい。で、手は握ったままなの?」


「えぇ、そうしなければ入れませんので」


 含まれる意味を理解すると、この謎かけの意味がようやく分かった。


「そりゃあすごい! 中へ入れる人間を指定して、それ以外を弾くわけか!」


 力技でも、上等な《姿現し》でもない。

 この『どうやったら階段が現れるでしょうか』の答えは「中にいる人が出てくるのを待つ」だったらしい。

 なんて肩透かしな問題なのだろうか。一人では解決できない問題を用意する辺り、この仕掛けを作った魔法使いは性格に難があるらしい。


「ハッハッハ! 趣味わりぃな、魔法使いはやっぱり」


「この仕組みをお願いしたのは私たちですよ? 魔法使い殿は関係ありません」


「あっそ。なおのこと、趣味悪いなぁって思ったよ」


 男の手を握ったまま、オレは壁の中へと消えて行った。





 階段を降りて行った先にあったのは小さな部屋。小汚く、木製の扉が出迎えてくれた。


「さ。こちらです」


「はいはい。で、いつまで握ってんだよ」


 パッと手を払って、乾かすように手を振る。

 失礼にも見える動きだが、案内人の男はニコニコと心から笑っている。


「まるでいもうと──あ、いや弟を案内してる気分でした」


「おーおー、良く口が回るな。あのジーさんに好かれる理由も分かる分かる。アイツはこの奥に?」


「えぇ。ディエス様をお連れしました。組合長統括グランドマスター


 案内人の男がドアノッカーを3度鳴らし、扉を開けた。


 差し込んできた明かりに、オレは疑問を抱く。


「――何分の遅刻だ? ディエス」


 奥から声が聞こえてきた。声の方に目を向けると、白髪の男性が長卓の向こうに座って何やら資料を読んでいる。


「時計なら後ろにでっかいのがついてるぞ。贋作レプリカでも飾ってるのか? 内装はこだわった方がいいぞ、ジーさん」


 扉の先に広がった空間は、地下だというのに明るく、貴族の部屋のように煌びやかで。


 王城の一室のような内装の後ろには、大きな時計が飾られていた。

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