第3章14話 忘れない

 女は、カルドラの町に鳴り響く鐘の音で目を覚ました。


 窓の外から西日が差し込んでいる。その茜色あかねいろに、白で統一された壁とカーテンが染まっていた。


 ベッドサイドには一輪挿しの花瓶があって、可憐なリンドウの花が揺れている。病室のようだった。


 どこかで聞いたような若い声のふたりが部屋の片隅で話していた。



「メルさんとアスター殿、もう少しゆっくりしていったらよかったのに。まだ怪我も治りきってないのに……」


「はいはい、もうちょっと一緒に遊びたかったわよね、レタ」


「遊びじゃなくてですね! 先輩として魂送りについてのレクチャーをもう少し……って、エイニャ、聞いてます?」


「ふふふ、はいはい。素直に、ふたりがリビドの町に向かっちゃってさみしいって言ったらいいのに。……あら? お目覚めかしらー?」



 ベッドで寝ている女の方に、足音が向かってきた。巫女の聖性服を着たふたり。どこかで見たような……。


 ──娘の魂を葬送った謡い手。


 そこまで思い出して、女の意識が一気に覚醒した。



「墓泥棒が! あいつが娘の死体をもっていったの! 私のことも斬り付けて……!」


「落ち着いてください。あなたは私たちが見つけて、施療院に運び込んだんです。ここはもう大丈夫……」


「…………っ。娘の死体は? どうなったの?」


「えっとぉ……守備隊のみなさんも探してくれたんですけど……」



 見舞いにきていた若い謡い手たち──そうだ、確かそうだった──は気の毒そうに顔を見合わせた。



「墓地で倒れていたのは覚えていますか? あれからもう三日経ったんですよ」


「……三日……」


「そうよぉ。なかなか目を覚まさなくて。気が付いてよかったわー。私、お医者様に知らせてくるわね」


「ええ。頼みます、エイニャ」



 謡い手の片割れがパタパタと病室を出ていくのを、女は半ば茫然ぼうぜんと見送った。


 部屋に残った謡い手の少女が、水差しの水を飲ませてくれる……頭がだんだん、はっきりしてくるとともに、袈裟斬りにされた傷がじくじくとうずいて息をついた。



「……男女の二人組だったわ。不思議な術を使って、娘の死体が宙に浮いて……。男の方は剣を…………その剣で私を……私を……!」


「落ち着いて。大丈夫。もう安全ですから」



 回想にさまよいだした思考を、少女の落ち着き払った声がなだめていく。

 女は、勝手にぶるぶると震え出した身体を抑えた。話さずにいたら気が狂いそうだった。



「…………リビド」


「え?」


「……そうよ。確かリビドに向かうって言ってたわ……」



 途端、少女の顔つきが真剣味を帯びた。



「他に手がかりはありますか? ふたりの顔は?」


「く、暗かったから、よく…………あ。でも、」



 ──やれやれ……思わぬ邪魔が入ったな。


 ──ですが、「──」……!


 ──口答えするのかい?



「…………名前…………。そうよ。片方は、男の名前を呼んでたわ。……確か……──」



 ガチャリと、病室の扉が開いて、謡い手の片割れが入ってきた。



「お医者様、すぐに来てくれるって。……レタ?」



 青くなった少女の顔を見て、病室に入ってきた方の謡い手が戸惑ったように立ちすくんだ。

 話した女自身も、遠慮がちに訊いた。



「な、なに。あなた、知ってるの? 犯人……」


「いえ……私自身は何も……。でも──」


 ──その名前のひとを、



「ま、間違いないのですか? その男の名前は──」



 レタに問われて、女はうなずいた。

 水を飲んでなお、舌が口の中に貼り付くようだった。

 でも、娘の死体を連れ去った男の名前は忘れない……。



「──………………『クロード』」



(三章・了)

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