第2章2話 旅の理由

 事の発端は、今朝にさかのぼる。


 職人ギグから魂送りの短杖をもらって一夜明け、メルとアスターは隣町に行くための手段を探していた。


 亡者どもの出る荒野をふたりで──アスターひとりならともかく──旅するのは危険すぎるというのである。そこで、護衛を必要としている隊商に雇ってもらおうとしたのだが、ここでもメルは足手まといになった。


 鎖が断たれたとはいえ、足枷付きのメルを乗せたがる隊商がなかなか見つからなかったのだ。


 田舎の町ほど奴隷を連れている旅人はめずらしく、偏見や差別も根強い。中には乗せてくれるという者もいるにはいたのだが、メルを荷物扱いしようとするのに反発し、アスターが断ってしまった。


 いつまでも憮然としているアスターに、メルは言った。なぐさめるつもりで。



『しょうがないよ。私、人間じゃないもん』


『おまえは人間だ』


『……』



(モノ扱い、してくれた方がラクなのにな……)



 それが率直な感想だった。

 別に荷物だろうが家畜だろうが、メルはかまわない。


 先日の孤児院みたいに鎖でつながれる劣悪な環境での暮らしは勘弁だが、アスターがそこまでひどい待遇をしないことは、短い付き合いだがわかっている。


 それで十分。それ以上は望まない。……望む、べくもない。



(私は、アスターの役に立てれば、それでいい)



 けれど、これでは役に立つどころか、足手まといもいいところだ。どうしたものか、メルが途方に暮れていると、不意に大柄な影が差した。体格に似合わず、明るい声が降ってくる。



『それ、魂送りの杖じゃないか? お嬢ちゃん、魂送りができるのか?』


『はいっ。まだ練習中だけど……』


『うわーっ、マジかよ!? なんでそんなお偉い謡い手様がこんなとこに……って、んん?』



 男の目が、メルの足元に転じた。

 正確に言えば、彼女の両脚に巻き付けた鎖と足枷の輪に。

 そんな少女が正規の修行を受けた巫女であるわけがない。


 行き場を失ったように目が泳いだ……のもつかの間だった。

 そんな自分を恥じるように、バツが悪そうにんでから切り出した。



『そいつぁ、いいや。で、乗せてもらう隊商は見つかったのか?』


『……いや、まだだ。あんた、傭兵か?』


『そう。見たところ、兄ちゃんも相当、腕利きだろ? 身のこなしを見りゃわかる』



 アスターが肩をすくめるのをととったのか、スキンヘッドの男はニカリと笑った。



『おーい、みんな! このお嬢ちゃんを乗せたら旅がずっとラクになるぞ』



 スキンヘッドの傭兵──ガレッツォの口利きで、メルとアスターはその半刻後には隊商の馬車の荷台に収まって、次の街へと出立した。



『……口利きしてくれて助かった』


『いや、なに。お互い様だよ。見たとこ、あんたも相当、強そうだ』


『アスターは強いです。ひとりで亡者を十体も吹き飛ばしちゃうんだもん』


『おい、メル』


『はははっ、そいつぁ、すごいな』



 本気ととったのかも怪しい口調で、ガレッツォは人懐こく笑った。

 亡者をひとりで十体も吹き飛ばせる剣士なんて、王都でも滅多にお目にかかれない。こんな片田舎で、と思ったのかもしれない。



『用心棒稼業は長いのか?』


『あぁ。ここいら一帯の隊商なんかが無事に隣町に着くようにサポートしてる』



 聞いていたメルが、ぽつりとつぶやいた。



『……高給取り……』


『は?』


『……なんでもない。こっちの話だ』



 アスターがそっけなく言って、馬車の外の景色を見た。亡者の気配があったら、いつでも動けるような位置取り。

 ガレッツォは慣れているのか、鷹揚おうようにかまえている。



『それで、兄ちゃんは? なんで旅をしてるんだ?』



 肩をすくめたアスターのつぶやきは小さくて、車輪の音にまぎれるようだった。

 だから、メルの気のせいだったかもしれない。


 ──……ひとを、捜してる。

 聞こえたのは、それだけ。



  ☆☆



 結局、この日はガレッツォが一方的にアスターの無謀を怒り、夜も更けて引き上げていった。


 メルはアスターの隣で、うとうとと野営用の毛布にくるまった。


 ふと、夜中に目を覚ますと、アスターは相変わらず起きて炎を見つめていた。

 メルは寝ぼけまなこをこすった。



「──ねぇ、聞いてもいい?」


「なんだ?」


「アスターは亡者を憎んでるの? だから剣で斬るの?」



 アスターは黙り込んだ。答えないかと思った。

 でも、メルが忘れた頃に、声が降ってきた。



「──……違う」



 じゃあ、どうして……?


 夢の世界に引き込まれていったメルの質問は、アスターには届かなかったかもしれない。


 ──今度は、こたえがなかったから。

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