第9話 恋人交換と契約条項(京都・ガスト京都常盤店)[2023/1/4 Wed]
「――それで誠大、ガスト京都常盤店っていうのは、無くない?」
「悪かったな。近所でファミレスなんてここしか思いつかなったんだよ」
1月4日。大晦日から毎日外にでかけていると疲れが溜まってくる。
その割には、自宅から徒歩十五分掛けてたどり着いたファミレス。
「花園駅からだって、徒歩十分以上、かかるじゃん。ねぇ、咲良ちゃん」
「え? あ、私は大丈夫だったよ。ありがとう、誠大くん」
出来た彼女と、出来の悪い幼馴染である。
体の疲れを見ると、昨日くらいは家で骨を休めるべきだったかなぁと思いもする。
でも昨日一日勉強しなかったら、受験生としての罪悪感にまみれていただろう。
僕らにはまだ一年の猶予があるといっても、そんなものはすぐに過ぎ去る時間。
高校3年の先輩たちは大学入学共通テスト寸前、もう待ったなしの状況だ。
昨日の自習室でも、高校の見知った顔をいくつも見かけた。空気感がやばかった。
僕たちはいつまで高校生で「青春」していられるのだろう? 残り時間は少ない
中国からやってきたコロナウィルスに僕らの青春は食いつぶされた。
中学三年の卒業旅行に、高校一年の文化祭。高校二年の今年も色々と縮小。
どこかの偉い作家さんがこの前、某所の講演で「高校生や大学生だけが青春なのではない。人生は生きている間、頑張っていればそのいつでもが青春なのだ」とか、壇上でありがたいお言葉を話されていた。
だけど、まったく刺さらなかった。
僕たちはそんな意味を変える「青春」なんて概念の話をしているんじゃない。
中学と高校生活。この時間のことを言っているんだ。
別にそれが「青」かろうが、「春」かろうが知らない。
そもそもそういう知ったようなことを言う大人に限って、コロナの前には「十代は掛け替えのない時間。決して無駄にしないように。大人になってからは取り返しがつかないからな!」なんてことを言っていたしていたように思う。
大人のみなさん。一貫性をください。
そんな大人になるための一歩が、大学進学だとするならば、僕らはただ矛盾を抱えながらシャープペンシルを握るのだ。分厚いテキストに書き込まれた文字列。文科省指導要領に束縛された箱庭。そんなものに、未来も、世界も、何も無いのに。
だから全部蹴っ飛ばしたくなる。本当に欲しいモノに手を伸ばしたくなる。
「――誠大は何にすんの? ドリンクバーつけるよな?」
四日ぶりの橘が、メニューを開けている。その隣には伊織。
いかん。なんだかボケっとしていた。
隣では咲良が机の上に広げたメニューにじっと視線を落としている。
「あ、うん。じゃあ、僕はピザにしようかな。あとドリンクバーで」
花園駅から西にしばらく歩いたガスト。自転車なしではちょっと距離があったけれど、まあ、咲良と話しながら歩いていたらあっという間だった。
伊織と橘は自転車で来たけれど、僕は咲良をピックアップして徒歩。
あまりにローカルすぎるロケーションだけれど、それなりに理由はある。
相談場所を川原家にされかけたので、徹底的に抵抗したのだ。
結果として我が家に近い店を僕が選ぶことになってしまった。
近所の伊織と、そこそこ近い橘はいいのだけれど、山科に住む咲良がわざわざ電車に乗って、こんな場所のガストに来る理由って、ほんと無いよな~。
咲良が「じゃあ、私もピザにする」と、僕の顔を覗き込んだ。
まるで「おそろいだね」とでも言うように。
付き合って九ヶ月。カップルはよく三ヶ月で別れるって言うけれど、それも乗り越えて、僕らは随分と恋人同士らしくなってきたんじゃないかな。
だからこそ、このタイミングでの恋人
でも、もうそれは決まってしまった流れみたいだった。
橘と伊織も注文を終えて、僕らはメニューを机の脇へと立てかけた。
「しかし、ここでガストのランチとは、思わぬ出費だな。誠大が意地でも家でやりたくないっていうから、――仕方なく」
「お前が言うなよ! そもそも恋人
今日は母親は出勤していていないけれど、多分、絵里奈はずっと家にいるのだ。
中学生の妹に「お兄ちゃんたち、何の話しているの?」「うん、お兄ちゃんたち、恋人を交換するんだ」「どうして?」「ここのお兄ちゃんが『マンネリ』だって言うから」なんて言えるかよ! 妹の教育にも悪い!
そもそも僕が絵里奈に虫ケラを見るような目で下げずまれる可能性だってある。
「――じゃあ、本題に入る?」
伊織はソファー椅子の背もたれに体重を預けて、腕を組んだ。
あまり気乗りしない様子。まぁ、伊織もそもそも反対だったしな。
「ああ、そうだな」
三人の視線が首謀者に集まると、イケメンは一つ咳払いをした。
「今回は三人とも、俺のわがままを聞いてくれてありがとう。まずは感謝を言わせてほしい。正直『こいつ何言ってんだ』と思ったと思う。この提案は、きっと世間一般の常識から言ったら『ちょっとおかしい』、いや『だいぶんおかしい』ことだと思う。でも、俺には俺の考えがあるし、それはそれで一本筋が通っていると思うんだ」
その言葉を聞いていて、昨日、彼方が言っていた「橘遥輝の中の正義」という言葉を思い出した。もしかしたらこれが彼方の言っていた橘の「正義」の話なのかもしれない。
「俺の提案するこの恋人
大晦日の円山公園でも、言っていた話。
正直、言っている内容自体は無茶苦茶で、それを体の良い詭弁で包んでいるようにしか読めない。
でも橘の言葉は、やっぱりどこか説得力を感じさせるものだ。だからまさに詭弁なのだけれど。だからこうやって面と向かって話すと、橘の言うことに耳を傾けてみようかという気になってくるし、その言葉に一定の説得力を覚えるようにもなるのだ。
「――恋人
「2月14日はバレンタインデー。その時までには戻っているってことね?」
伊織が口を挟んだ。橘は「そうだね」と頷いて返した
バレンタインデーは例年通りの組み合わせで行うということ。
それならきっとその時には、伊織が橘に、咲良が僕にチョコレートを渡す。
――でももしかすると、そうでなくて……。
僕は広げかけた妄想を、首を振って打ち切った。
やがてウエイトレスさんが僕らの食事を持ってきてくれた。
それぞれに受け取り、しばらくは食べることに集中する。
喋ること目的で集まったファミリーレストランとはいえ、黙食が基本だ。
最近は随分と寛容にはなってきたけれどね。
2023年のお正月シーズンは、コロナの感染者数も激増中。
一通り食べ終えると、僕らは飲み物を片手に話を続けた
「なぁ。恋人
「――ヒューヒュー、誠大、熱いねぇ」
「うるさいよ」
伊織に茶化されたのは、なんだか無性に腹がたった。
だって、ほかでもない伊織だったから。
隣を見ると、咲良は恥ずかしそうにしながらも嬉しそうだった。
だから「まぁいいか」ってなった。
なんだかんだで好きな女の子が笑顔になるのは嬉しいことだ。
「――基本的には『本当に恋人を交換』する」
断定的なその言葉に、僕らは思わず真顔になった。
それはどこか橘の「本気」が滲んだ言葉だった。
少し、友人の、真意を、はかりかねた。
「まじかよ。ていうか『本当に恋人を交換』っていうのはどういう意味だよ? 恋人はモノじゃない。性は取り替え可能なものじゃあ、ない」
反射的にそんなことを口走りながら、僕の頭の中には一つの映像が浮かんだ。
それは、宮下彼方の悲しそうな笑顔だった。
――どうしてだか。
「それは私も同じ。遥輝が時々変なこと言うのはいつものことだけど、今回は本当にエキセントリック! ――私も誠大と同じ気持ち。う~ん、やっぱり『同じ』かはわからないけれど、遥輝がなんでこんなことを、それからどんなことをしたいのか、やっぱりよくわからないの。なんで私たちが、一ヶ月の間だけでも恋人関係をやめなくちゃいけないの? それで、なんで私が、誠大なんかと付き合うのよ?」
同意してくれただけのはずの伊織の言葉。でも最後には僕の胸を大きく抉った。
――悪かったな。「誠大なんか」で。
それでも僕はなんてことのない顔をする。
これまでずっとそうだったように。
「仲良いよな、二人。さすが幼馴染」
「茶化さないで、遥輝」
「こうも息がピッタリだと、嫉妬したりしない? 伊東さん?」
「私は誠大くんを信用しているので大丈夫ですよ?」
咲良は穏やかな笑みを浮かべて首を傾げた。
そのリアクションに、今度は橘が首を竦める。
流れるような受け答え。いつも温和な咲良。
でも、時々何を考えているのかわからなくなることがある。
「オーケー。じゃあ、まぁ、恋人
そう言って、橘は、恋人
スマートフォンの画面を見ながら、一本ずつ指を立てていく。
1.一ヶ月間、南伊織は川原誠大の、伊東咲良は橘遥輝の「恋人」となる。
2.期間は1月5日から2月4日とする。
3.交換するのは「恋人」としての契約関係だけで、それぞれの気持ちはそれぞれのもの。そこで起こるさまざまな出来事に関しては、「恋人」であることに必ずしも強制されず、それぞれがそれぞれの判断で対応すること。
4.恋人
四本目までの指を立てた後に、橘は机の上に彼のスマートフォンを差し出した。
その画面には、今、橘が読み上げたルールが表示されていた。
「あとから文面はグループLINEで共有するけどな」
橘遥輝は視線を上げる。三人の顔をぐるりと見回す。
伊織は困ったように眉を寄せている。
咲良はどこか興奮したように頬を染めていた。
「――何か質問はあるかな?」
橘が投げかけた問いかけ。
それに対して手を上げたのは、
――咲良だった。
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