第16話 僕の恋人とカップル座りする友人(京都・烏丸御池)[2023/1/7 Sat]
日の暮れた後の烏丸御池。
地下鉄の駅から地上に出るとオフィス街の照明が照らす。
仕事終わりの会社員の匂いはしなかった。
土曜日だし、新年ということもあるのかもしれない。
よく知られたように京都の街はいくつもの大通りが東西南北に通る。
碁盤の目。その中心は「田の字地区」と呼ばれる。
烏丸御池はそんな京都の中心の中心にある場所。
繁華街の四条河原町界隈の方が最も栄えているイメージがある。
でもマンション居住やビジネスの意味では烏丸御池駅周辺が人気だ。
利便性もあるし、四条界隈に比べると落ち着いたイメージもある。
海外から観光客にも地元の子供達にも人気なマンガミュージアムなんかもある。
地下鉄の駅から階段を上がって地上に出ると、いつも東西南北がわからなくなる。南北に走る烏丸通りと、東西に走る御池通り。こんな夜だとなおさらだ。
変な方向に歩いてしまうと、また戻るのも面倒だ。
左右のビルの看板を確認して、Googleマップの建物の名称と照合すると、僕は「西」らしい方向へと歩きだした。
少し歩いて小道を左折したところで目的のお店を見つけた。
店の前にはお洒落なウッドデッキには大きなテーブルが出ている。
スーツ姿の中年男性二人が若い女性を囲んでビールジョッキを傾けていた。
新年会か何かだろうか。なんだかその若い女性の愛想笑いが気になるけれど。
入り口のガラス扉を開くと、順番を待つ大人のグループ。
その間を抜けて、連れ先に入っていることを告げると、奥へと案内された。
「――うっす。お待たせ」
「あ、川原。ほぼほぼ時間ピッタリじゃん。さすが」
「まぁ、すぐに家を出たから。だいたい計算通りだよ」
四人掛けのテーブル。壁側がソファー席で通路側は普通の椅子が二脚。
僕はコートを脱いで、隣の椅子の背に掛ける。
橘が「こっちで預かろうか?」とベンチ側から手を差し出したけど、隣に座る咲良の姿を見て「いいよ」と断った。
向かって右が川原。斜向かいが咲良。
僕が到着したとき、二人はもうベンチ側に並んで座っていた。
まるでカップルみたいに。それを僕に見せつけるみたいに。
「――咲良も……三日ぶり?」
「えーと。うん、そうだね。ガストに行った日以来だし、そうなるのかな?」
三日ぶり。これまでの日常でもいくらでもあったことなのに。
なんだかその時間は、僕らの距離を随分と遠ざけた気がした。
「川原。とりあえず、何か頼んだら?」
「橘と咲良はもう頼んだの?」
「うん。頼んだよ。飲み物待ち中。ご飯は大皿をわけるんじゃなくて、とりあえず一人ひとりバラバラに頼もうかって、橘くんが。そのコロナのこともあるしね」
「まぁ、そうだよな。餃子くらいはシェアしてもいいかもだけど」
「むしろ餃子は一人前食べたいからなぁ。王将に来たからには。シェアするなら唐揚揚げ? 激辛のやつとかあるらしいけど」
橘は僕が見ていたメニューを勝手にめくって、「これな」と「激辛」の文字とともに真っ赤に色づけられた唐揚げの写真を指さした。「そうかもな」と流して、僕は自分のオーダーを考える。
店員さんが二人のドリンクを持ってきたので、そのタイミングでとりあえず注文。
ジンジャエールと、五目あんかけラーメンと餃子を注文。
南家がラーメンに行っているのを聞いてから、無性にラーメンが食べたかった。
もちろん向こうが食べているラーメンの方が本場で、美味しいのだろうけれど。
王将はやっぱり、ロープライスな中華料理のチェーン店で、王将は王将。
とはいえ、そのジャンクさが、やめられない感じがするのだけれど。
「ていうか、ここ本当に王将か?」
「ガチで違うよな。客層まで違うの
コカ・コーラに口をつけていた橘がおかしそうに肩を揺すった。
僕らの隣は買い物帰りみたいな女性二人組だった。
普通の王将ならまず見ない雰囲気の客層だ。
彼が「なぁ」と隣の咲良に振ると、彼女も笑顔で「そうだね」と首を少し前に出した。咲良もアップルジュースにささったストローを唇に挟む。
たった三日なのに、二人の間の空気は随分と解れて馴染んでいるように見えた。
隣に座っているからか距離も近く感じる。
斜向かいに座っている僕との間には四角いテーブルがあるのに。
「知らなかったよ。こんなところに、こんな王将があるなんて」
「GYOZA OHSHO 烏丸御池店。できたのはもう随分前だけどな。俺たちが小学生の時だし。来る前にホームページ見たら『ジャパニーズカジュアル』がコンセプトなんだとか。メインターゲットは大人の女性らしいぜ。まぁ、いえば、お洒落路線」
「王将って言ったら、高校生でも、量を食う男子のイメージだもんな。僕も咲良とデートで使ったりはしなかった気がするなぁ。――なぁ、咲良?」
「――う、うん」
彼女は、なんだか戸惑ったような感じで、頷いた。
一瞬、自分が何か変なことを言っただろうかと気になった。
咲良の視線がちらりと左に動くのを見て、少し彼女の心がわかる気がした。
今、彼女はあくまでも橘の彼女。
だから僕とのデート話を持ち出されると、どう反応して良いのか迷ったのだろう。
「へー、じゃあ、咲良、王将にデートで来るのは俺が初めてなんだ。やったね。咲良の初めてゲットだぜ」
橘がニカリと笑うと咲良は「そうだね」と笑顔を浮かべた。少し戸惑いながら。
その発話はただの事実の陳列で、深い意味は無いのかもしれない。
でも言葉は自動的に胸の奥を抉るのだ。
「デートで来る」、「咲良の初めてをゲット」。
それが恋人
「――あれ? 橘って前から咲良のこと呼び捨てにしてたっけ? 『咲良ちゃん』呼びじゃなかったっけ?」
僕がそう尋ねると、橘はコカ・コーラを飲んでいた口元を緩めると、隣を向いた。
咲良も少し首を傾げて、その視線を受け止める。目で会話するみたいに。
「あー、うん。もともとそうだったんだけどさ。俺はどっちかっていうと女友達は下の名前に『ちゃん』付け派なんで。……でも、彼女でそれも不自然かなぁって思ってさ。――恋人
「初日、――会っていたんだ」
「もちろん。そりゃ会うでしょ。初日は大事よ何事も。――川原と伊織ももちろん会っていたんだろ?」
「いや。――あ、あぁ」
一瞬否定しかけたけれど、伊織が家にやってきて、「会って」はいたんだった。
「どっちだよ?」
「まぁ、会ってはいたよ。――家も近いしさ」
「ん? 家の近さとか関係なくない? ――なぁ」
橘が咲良に同意を求める。咲良は「あ、うん」と頷く。
僕の方を見る咲良の目が、少しだけ細められた気がした。
「お前らはもともと幼馴染で呼び捨てだから、変えなくていいんだろうけど、こっちはそうでもないからなぁ。なぁ、咲良」
「――え? あ、うん。そうだね」
咲良は呼び捨てにされて、こそばゆそうに身を縮めた。まだ少し慣れないのか。
「じゃあ、咲良も橘のこと、下の名前で?」
「え? あ、うん。そういうものだって。そう約束したし。えっと、遥輝くんって」
「俺は『遥輝』って呼び捨てにしてもらってもいいんだけどさ」
「――そっか」
僕も付き合い始めてから、咲良に「誠大くん」と呼ばれるようになった。
それと同じような話だろう。
――いや、同じじゃないだろ?
僕と咲良の関係は二人が(そう言うのは恥ずかしいけれど)恋に落ちて、ちゃんと付き合い出した。そこから始まった「呼び方」なんだ。
比べて橘と咲良の関係はただの恋人
それが同じなはずはない。
「――あの、誠大くんは、もう伊織ちゃんとデートとかしているの?」
「いや、……デートとかは」
「そりゃしてるだろ。恋人
橘が滑らかに口を挟む。咲良はそれでも僕の方を見ていた。
責めるような視線ではない。ただ柔らかな目で。
「まぁ、宿題とか忙しかったし。あんまりちゃんとはやっていないけどな。――昨日は予備校の自習室に一緒にいって、その後、京都駅周りで買い物?」
「――してんじゃん」
橘が頬を緩めた。むしろ安心したように。
咲良は「そっか」と頷いた。怒ったわけでもなく、安心したような。
「まぁ、デートに誘ったわけでのないんだけどな。なんとなく流れで」
「はいはい。別に遠慮することないぜ。伊織は俺の彼女だったけれど、今は、誠大の彼女なんだ」
「……いや、遠慮とか、そういうわけじゃ」
視線を咲良の方へと動かす。ちょうど彼女も僕の方を見ていて視線がぶつかった。
一瞬、見つめ合う。それが逆になんだかとても気まずかった。
そうは言っても視線を逸らすわけにもいかなかった。
それもまた意味をもってしまうから。
「そういえば――」
だから僕は思い出したみたいに橘へと話題を動かした。
「――ん?」
「二人は映画デートしていたんだろ? なんか感想言い合いたいって。咲良も感動したって。――何の映画?」
「ああ、それな。おう、見たし、良かったぜ。ていうか、誠大も見たんだろ?」
「え? どの映画?」
橘は隣の咲良に視線を送る。咲良は少し気まずそうに肩を竦めた。
「新海誠の『すずめの戸締まり』。咲良から、そう聞いたけど?」
そういえばLINEで咲良に言っていたっけ。家族で行くって。
――「既読スルー」されたけど。
「へー、咲良も行ったんだ。『すずめの戸締まり』。橘と二人で。そっか」
咲良の方を向いて「面白かったよな」と言う橘に、咲良は「うん」と返した。
咲良は新海誠、苦手じゃなかったのかよ?
――だから僕は家族で見に行ったんだけど?
なんで橘とは、一緒に見に行っているの? どういうこと?
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