第46話 花京院眞姫那と転生聖女からの啓示(学校・視聴覚室〜美術室)[2023/1/18 Wed]

 花京院眞姫那からのメッセージが届いた。

 今日の昼に話ができるかと、問うメッセージだ。


 担任が現れて朝のホームルームが始まるタイミングで。

 彼女のクラスでも担任が来てホームルームが始まる頃合いなのに。


 花京院のクラスは2年C組。彼方と同じクラスだ。

 去年は同じクラスだったけれど、今年は別々のクラス。

 彼女とは別のクラスになって、正直、清々していた。

 

 憧れの目で橘のことを見ては、彼の前では善良な少女を演じる。

 だけどその裏では、豪胆で、傲慢で、自分勝手な自己中心的存在。

 そんな彼女を見るのは、僕にとって目に毒だった。


 橘も良くない。いつもどんなアプローチも紳士みたいに受け止める。

 決して、周囲の女の子を粗雑にあしらったりしない。

 だから多くの女子生徒が可能性を感じてしまうのだ。


 花京院はその中でも、特に極端な存在だった。

 可能性を感じるからこそ、伊織のことが邪魔に感じたのだろう。

 中学時代から橘の彼女として居座る伊織に、明確な敵意の目を向けた。

 ――さすがに暴力を振るうわけではなかったけれど。


 女子グループを束ねて、ことあるごとに、伊織に対して嫌がらせをした。クラスの団体行動や委員決めなどで面倒を押し付けたりとか、その他諸々。


 彼女たちのことを花京院グループとでも呼ぼう。そこに含まれる女子に好意を持つ男子なんかもその派閥の影響下にあった。


 男子には橘をリーダー格にして群れる橘グループというべき集団がいた。橘グループはもちろん伊織のことを守るわけだけれど。橘遥輝に嫉妬を覚え、結果として橘グループに反感を覚える男子は、花京院のグループに懐柔されていた。


 僕はと言えばどちらにも属さないように、のらりくらりと躱していた。

 橘との関係は良くなかったし、伊織との関係も戻っていなかった。

 だから橘グループだと思われることも少なく、花京院グループからも手を出されなかった。そして伊織のおかげか橘グループからもちょっかいをかけられなかった。



『今日のお昼休み、少しだけお話できまして?』


 シンプルにそう聞いてきた花京院からのメッセージ。

 僕はとりあえず「イイね」のリアクションボタンで応答しておいた。

 ホームルームが始まったばかりの時間は、かなり検挙率が高い時間帯だ。

 スマホをいじって、先生に取り上げられたりしたらたまったものじゃない。


 一応、学校ではスマートフォンの使用は禁止。もちろん、みんな学校にスマートフォンを持ってきているし、休み時間や放課後には遠慮なく使っている。

 授業時間以外の使用は大目に見るけれど、授業中の使用は絶対にNG。

 それが学校の中で、現実的な暗黙の了解になっていた。

 

 一時間目が終わってから、休憩時間に何度かメッセージのやりとりをした。

 花京院眞姫那とは、昼休みに視聴覚室で落ち合うことに決まった。


 彼女には、こっちからも聞きたいことがある。

 先週の水曜日と木曜日に起きた事件以降、ちゃんと話せていなかったから。


「じゃあ、伊織、別に精神的に塞ぎ込んで休んでたわけじゃなかったんだ。――良かった」

「――だよなぁ、紛らわしい」

「ホントだよねぇ〜」


 二時間目の後の休み時間、僕の机の隣に立った篠崎澪は、ホッとしたような表情を浮かべた。木曜日に早退する伊織を送り出した彼女は、伊織の病欠の真相を心配する仲間だった。

 

「しかも、そんなタイミングでスマートフォンを学校に忘れるとか、紛らわしすぎるよな」

「ほんとだね。――今度学校に来たら、何か奢らせるくらいしないとだね」

「まぁ、高熱出していたのは本当みたいだから、病人に追い打ちはやめとくけど」

「確かに。――でも、そういうことなら私が届けたのに。スマートフォン」

「鍵のかかるロッカーに入れていたんだと。あとプライベート情報見られたくなかったみたい。ロッカーの中とか、スマホとか」

「そっか。――うん、まぁ、そういうのはなんとなくわかるかな〜」


 篠崎澪は人差し指を頬に付けると首を傾げて見せた。

 形の良い唇が、少し突き出される。

 その唇に視線が引き寄せられた。


 日曜日に味わった、そのふっくらとした感触を思い出す。

 ――あの日、彼女はどうしてあんなことをしたのだろうか?


 伊織の親友なのに。

 僕と伊織のことを応援してくれるって言ったのに。

 その言葉と行動はまるで一致していなかった。


 ――きっと篠崎澪は「転生聖女」を知っている。


 だけどそれを問いただすのは、今じゃない気がした。

 少なくとも教室で聞けるような話題じゃないから。

 

 先に花京院眞姫那を問い詰めよう。

 僕と伊織の写真が流出事件について、その背景を明らかにする。


 篠崎澪を問い詰めるのはその後でいいだろう。

 少なくとも今は、篠崎澪が「敵」だとは思えなかったから。



 *



 四時間目の授業が終わって昼休みが始まる。

 僕は自然な仕草で教室を抜け出すと、一路、視聴覚教室へと向かった。

 昼休みは人気が少ない特別教室のゾーンに入っていく。

 一応、秘密の面会だと思うから、人気が少ないに越したことはない。


 その道すがら、背後からの視線を感じた。

 誰かにつけられているのかと思って、振り返る。

 でも廊下には誰も居なかった。――気のせいだろうか。


 心配性になってしまっているのかもしれない。少し過剰に。

 最近色々あったから。神経が過敏なのだ。一つ息を吐く。


 そして視聴覚室の重いノブに、僕は手を掛けた。 


「――お待たせ」

「待ってましたわ」 


 両肘を抱えたままで防音壁にに背中を預ける一人の少女が立っていた。

 花京院眞姫那。


「――お前、何だか職員室に太いパイプでもあるのかよ」


 彼女に近づきながら、ぐるりと視聴覚室を見回す。


「――そんなものありませんでしてよ?」


 南伊織に嫌がらせを続けていたお嬢様。

 橘遥輝に一目惚れして、思い続ける女子高生。

 そして今は僕の同盟相手だ。


「――それで、用事はなんだ? 花京院眞姫那?」

「あら、つれないですわね。同盟相手がこうやって二人っきりの時間を用意してさしあげましたのに」

「――冗談はいいよ。――ていうか、僕は花京院が去年、伊織にやったこと、僕は許したわけじゃないからな」


 僕がそう言うと、花京院は少し困ったように眉を寄せた。


「あれは私と伊織さんのことでしょう? 川原くんには関係のないことですわ」

「――それは、――そうかもしれないけれど」


 確かに言われてみれば、それも正論に思えた。

 少なくとも第三者の僕に、花京院が謝る理由はないのかもしれない。


「――でも、私、そうやって誰かを一途に想う殿方は嫌いではなくってよ」

「お前なぁ……」


 どこか調子が狂う。

 花京院眞姫那は、花京院眞姫那なのだ。

 他の生徒のための物差しでは、どこか測れない気がした。

 そういう意味では、遙香さんと同じタイプかもしれない。

 規格外として考えるべき存在であるという意味で。


「――それで、――いずれにせよ、本題は?」

「もちろん情報共有ですわ。――私はあなたと伊織さんの状況を知っておきたいの。――もちろん私の提供できる情報は提供しますわ」

「本当だな? ――守秘義務は?」

「もちろん守りますわ。 花京院眞姫那の名にかけて」

「もし破った場合は?」

「私のことを好きにして構いませんわ。あと花京院の家に、何でも請求いただいて構わなくてよ?」


 彼女は毅然として僕を見つめ返した。

 少し膨らんだ胸の前で、腕を組んで。


 自意識も自尊心も強い彼女。もちろんプライドも高い。

 だけどそれゆえの気高さみたいなものを感じさせるのだ。

 それが彼女を花京院眞姫那グループのリーダー格に押し上げるんだろうな。

 そんなことを、僕はなんとなく思った。


 だから僕は、一つ溜め息みたいに息を吐いた。


「昨日の夜、伊織に告白したよ」

「――本当に!?」


 両手を合わせる花京院。目をキラキラと光らせながら。

 彼女にとっては僕が伊織を橘から引き剥がすことが重要な一歩なのだ。

 野望の達成――もとい恋の成就に向けての。


「伊織さんはなんて? もうあの子、OKって言いましたの?」

「――いや、まぁ、実際には返事待ちだよ。――その前に、ちゃんと咲良と別れなきゃなって」


 花京院の守秘誓約を信用して、それから僕は洗いざらい話した。

 彼女は「確かにそれはありますわね」と、神妙な顔で頷いた。

 僕の報告に彼女は満足したみたいだった。

 百店満点の進展ではなかったのだろうけれど。


 伊織とのことについての説明が一通り終わった頃、今度は僕が切り出した。


「――花京院。一つ、聞いていいか?」

「私に質問かしら? 良くってよ? 答えられるものなら答えてさしあげてよ?」


 栗色の髪を払う彼女。

 僕は真っ直ぐ彼女を見つめる。そして質問を投げかけた。


「――お前にあの写真を渡したのは『転生聖女』じゃないのか?」


 花京院眞姫那は、その目を大きく見開いた。

 それを肯定と受け止めて、間髪入れずに僕は畳み掛ける。


「――だとしたら『転生聖女』って誰だ? ――お前は『転生聖女』とどういう関係なんだ? ――お前は『転生聖女』を知っているのか?」


 僕の言葉は、視聴覚室の防音壁に吸い込まれ、やがて場を静寂が支配した。

 しばらくの沈黙が流れた後、僕の前に立つ令嬢はゆっくりと唇を開いた。



 *



 それから十分程、花京院と話した後、僕は視聴覚室を後にした。


 結論から言えば、「転生聖女」に関して多くの情報を得ることはできなかった。

 花京院眞姫那も、「転生聖女」について多くは知らなかったのだ。


『私はLINEで彼女から写真をもらっただけ。彼女が誰なのかは知らないわ。――やり取りは色々あったけれど、私も彼女とのやり取りはLINEだけ。――もっというなら、なのかなのかさえも知らないわ』


 その言葉の真偽を確認するために、LINEのチャット履歴を見せて欲しいと言ったが、それは頑なに拒まれた。

 プライベートな情報があるから、どうしても見せられないのだと。

 自分は全て洗いざらい話したのに、と思ったけれど、最終的にはそれはそれで仕方ないかと納得した。

 確かに同盟を組んだからって、プライベート全てを見せないといけないのは厳しすぎる。

 僕だって今後、どういう情報を求められるかはわからないのだ。

 だからそこに一線を引くことは許容すべきだろう。


 それに無理にその内容を確認しなくても、収穫は十分にあったのだ。

 花京院眞姫那を動かしてあの写真をばら撒いたのが「転生聖女」だということが明らかになった。

 だとしたら、やはり、木曜日の黒板事件にも「転生聖女」が関わっていると考えるのが、筋だろう。


 視聴覚室の前の廊下。

 誰もいない窓際でそんなことを考えていると、ふとまた視線を感じた。

 左右を見回すが、やはり誰もそこには居なかった。


 その時、ポケットの中でスマートフォンが震えた。

 何だか嫌な予感がして、液晶画面からLINEアプリを立ち上げた。

 新着メッセージが届いていた。



【転生聖女】


 〉美術室に行ってごらん。そこで君は一つ目の啓示を得るでしょう。



「――なんだこれ?」


 それは今まで以上に、宗教がかったメッセージだった。

「啓示」――それは、神または超越的な存在より、真理または通常では知りえない知識や認識が開示されること。

 転生聖女は、今、僕を見て、指示を出しているのだろうか?

 ――やっぱり転生聖女はこの学校にいるのだ。

 

 ただ、周囲を見渡しても、それらしい人影を見つけることは出来なかった。


 改めてLINEの画面を眺める。

 正直なところ、そのメッセージを、無視してやろうかと思った。

 だけど無視することで得られる情報と、美術室を確認することで得られる情報ならば後者の方が大きいだろう。

 そもそも美術室に行くことには、大した危険もなければ、時間もかからない。

 この前、咲良と二人で話した部屋だ。――勢いで、キスまでしてしまったけれど。


「――とりあえず行ってみるか」


 そう独りごちると、僕は窓際の壁から身体を起こして、歩きだした。


 階段を下りて、廊下を抜けて、美術室の前まで進む。

 昼休みの美術室の前に、生徒や教職員の姿は無かった。


 部屋の電気は点いていなかったが、摺りガラス越しに室内の薄明るさが見えた。

 室内の窓ガラスから入る陽光が、部屋の中を微かに明るく保っているのだ。


 僕は教室の扉の前に立つ。扉に左耳を添えて、そっと聞き耳を立てた。

 何やら教室の中から物音が聞こえた。

 それと微かな話し声。――誰か居るみたいだ。


 僕は左手で入り口の引き戸に手を掛ける。

 力を入れてゆっくりと引く。だけど美術室の扉は開かなかった。

 もう一度引っ張ってみるが、やっぱり動かない。

 ――鍵が掛かっているみたいだ。


 この中に転生聖女の言う「啓示」があるのだろうか?

 ――誰がいるのだろう?

 扉をノックしようかと一瞬思ったけれど、一旦止めておいた。

 中にいる人物たちに気づかれてはいけない気がした。


 その時だった。またスマートフォンが、ポケットの中で震えた。

 左手を突っ込んで、携帯を取り出す。

 ――また「転生聖女」からのメッセージだ。



【転生聖女】


 〉一番右の窓ガラスの右下。摺りガラスの一角から、あなたは真実を覗き見る。



 それはまるで暗号みたいなメッセージだった。

 だけど周囲を見回して、僕はすぐにそれが暗号でもなんでもないことを知った。


 美術室と廊下を隔てる窓ガラス。

 摺りガラスが嵌められたそれは左から右へと並ぶ。

 その右下。微かに模様が変わっているような部分が目に留まった。


 足音を立てないようにそっと、その場所まで近づく。

 窓ガラスの右下の端。しゃがんでみる。

 窓ガラスの中でその一角だけが、摺りガラスではなくなっているのに気づいた。

 普通の透明なガラスのように、中の様子が覗き込めるようになっていた。

 

 僕は生唾を飲み込む。

「転生聖女」のメッセージが真実ならば、この中に僕は「啓示」を見るのだ。


 生唾を一つ飲み込む。僕はその場所から、部屋の中の様子を覗き込んだ。


 美術室の窓際。そこには二人、制服姿の生徒が立っていた。

 一人は女子生徒。もう一人は男子生徒だ。

 少女がその背中を、その男に預けるみたいにして立っている。

 男は彼女のことを受け止めるみたいに、背後からそっと支えていた。

 窓ガラスから差し込む、冬の陽光を背に受けて。


「――咲良?」


 その少女は咲良だった。

 伊東咲良。――僕の本当の恋人。

 目を凝らす。その背後に立つ男の顔を見る。


「――橘!」


 それは橘遥輝だった。

 僕らに恋人交換スワップを提案した、イケメンリア充。

 そして、――伊織の本当の恋人。


 その二人が美術室の中にいた。

 橘の手が伸びる。

 手のひらが咲良の右頬に添えられた。

 咲良の顔が少し左へと、向きを変える。

 橘の顔が前へと傾けられる。


「……やめろ。……やめろ、橘」


 自分の声が、無意識に漏れ出る。


 咲良がそっと目を閉じた。

 やがて橘の唇が、咲良の唇を覆った。

 そして五秒ほどそのままの姿勢が維持された。


 自分の胸がうるさく脈打つのを感じる。


 離れた唇。咲良は少し怯えたみたいな瞳で橘を見上げている。

 橘は彼女の右頬に添えていた手を外すと、彼女のお腹周りに両手を回した。

 そして背後から、彼女のことをぎゅっと抱きしめた。


 強く抱きしめると、また橘は、咲良の唇に吸い付いた。

 咲良はそれを再び受け入れた。強い抵抗を示すこともなく。


「――咲良。――咲良。――咲良」


 うなされたように彼女の名前を呼ぶ。

 胸が振動を覚える。背中に怖気が走る。頭に霞が広がる。

 そして僕は股間に痛いくらいの熱の集まりを感じていた。


 その口で他の男と繋がったまま、僕の彼女は身体をくねらせる。


 背後から彼女を抱きしめていた橘の手が、ゆっくりと上がっていく。 

 彼の大きな手のひらは、やがて咲良の二つの胸の膨らみを捉えた。

 そしてゆっくりとその果実をもみしだきだす。

 ――何度も何度も。――何度も何度も。

 

 咲良は制服のスカートから覗かせる膝を、そっと内股に閉じる。

 膝を曲げながら、身を捩った。

 橘の唇を受け入れて。

 おとがいをそらしながら。












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