第Ⅰ部 BEGINNING (1/1 - 1/10)
第2話 元旦とLINE通知(川原家・誠大自室)[2023/1/1 Sun]
しつこく鳴るLINEの着信音で目を覚ました。
手を伸ばしてスマートフォンを掴む。ぶるぶると震えている。
実際には、ほぼ起きていたわけだけれど、眠くて布団を被っていた。
大晦日の夜から元日の夜明け前に掛けて初詣に行った。
正直なところ、僕は日頃そんなに夜ふかしするタイプでもない。
だからたまに調子に乗って出かける深夜外出は、脳に堪えた。
朝が来て「起きないといけないんだろうなぁ~」という様子(たぶん十時くらい)になっても、はっきりしない頭を布団の中に突っ込んでいた。
うつらうつらしている間に母親が起こしにきたのは覚えている。
元旦の朝。コロナ前の慣例に従えば、早起きして準備して、じいちゃんばあちゃんの家に家族三人で向かう。でもコロナ禍に突入した二年前から、実家での親族の集まりは無くなった。
だから、父方のじいちゃんばあちゃんの家に行く義務も無くなったわけ。寝てる。
耳を澄ましても家の中に物音はない。
母親と妹はそれでも、じいちゃんばあちゃんの家に行ったみたいだ。
新年の挨拶とか、様子伺いとか、そんな感じ。良いことだとは思う。
妹はばあちゃんと仲良いしな。
あと行けばお年玉の積み増しがあるみたいだし。
あいつ――
ちなみに父親は四年前に死んだ。
今は父親の残した遺産と生命保険と、その他もろもろで食いつないでいる。
とりあえず、今はそれが川原家2023年バージョンである。
こういう話をすると「まぁ、可愛そう」だなんて、言い出す大人もいる。
眉毛をハの字に曲げて。
だけど特別可愛そうだなんて思って欲しくない。
だって人生なんて、みんなそんなもんだろう?
やばい。正月早々、脳内でカッコつけてしまった。
まだ着信音を放っている携帯を手繰り寄せる。
頭が痛い。別に昨夜、お酒を飲んだりしたわけじゃない。
はしゃいだ夜。ただの寝不足。
そいつらが脳に乳酸を溜めているみたいだ。
十七歳だし、未成年、飲酒禁止、オーライ?
同級生には飲んでいる奴もいる。
でも僕は世間一般程度には、遵法意識が高いマンなわけであり。
ところで「誰からの着信だろうか?」と目を開けて画面を確認しようとする。
それなのに上瞼が超重力に引かれて落ちていく。
やばい。これでは一歩も前に進めない。
そうこうしている間に、着信音が止まった。電話を取りそこねてしまった。しかし
――誰だよこんな、まだ人の寝ている時間に。
そう思いながら、今度こそ目を開いた。
親指で画面をスワイプしてロック解除。
とりあえず右上に表示された時計を見る。
13時17分だった。
「……マ?」
「こんな時間に」は僕でした。ごめんなさい。
流石に正午までには起きるつもりだった。
優雅にブランチのはずだったんだけどなぁ。
母親と妹がいない静かなダイニングで。
*
昨夜は八坂神社の円山公園で新年を祝ったあと、ブラブラと四人で散策した。
それから喫茶店の「からふね屋珈琲」へと流れた。
そこでパフェを突きながら四人で駄弁っていた。
解散したのは午前3時を過ぎだった。
完徹せずに切り上げたのは僕たちの理性の賜物。
――と言いたいところだけど、実際には違う。
咲良の父親から電話がかかってきて若干の「怒られ」を頂いてしまったのだ。
それで若干、軽く反省しながらも、解散した。
そういうこともあって、僕は咲良を自宅まで送り届けてから、家へと帰った。
家に着いたのは午前4時過ぎだった。
あまりに眠すぎたので、その後のことはほとんど覚えていない。
一応、ちゃんと風呂には入って、床に着いたらしい。
現在、寝間着を着ていることから察するに。
そういう意味で午後13時まで寝ているのは妥当ではあるかもしれない。
13時
*
ようやくLINEのアイコンをタップして開いた。
【南伊織(いおりん)】
〉 おはよう。昨夜はお疲れ様〜★ 起きてる?
〉 📞不在着信
〉 📞不在着信
〉 おーい。まだ寝てるの? でろー。
〉 📞不在着信
〉 📞不在着信
〉 ねえ? 今日、空いてる? ちょっと遥輝からロクデモナイ話を聞いたので、確認っていうか、相談っていうかしたいんだけど?
〉 📞不在着信
〉 でろー
〉 デンデロデン
〉 📞不在着信
〉 📞不在着信
〉 📞不在着信
え、何この人、ストーカーか何かですか?
ちょっと怖いんですけど……?
この着信ラッシュは朝の十時頃から始まっていたみたいだ。
これに3時間気付かなかったのだから僕の昏睡度合いが分かろうというもの。
仕方なく、音声通話ボタンをタップする。
この状況でビデオ通話は無理筋すぎるので、慎重に音声通話を選択。
呼び出し音が二回くらい鳴ったあと、相手はすぐに電話口へと現れた。
僕の幼馴染が電話に出る時に出す、余所行き用の高めの声だ。
『はい、もしもし』
「あ、伊織? 僕。誠大だけど。なんか電話もらってたみたいだけど?」
『――ようやく起きたか。どうせ寝てたんでしょ?
「いや、
『そんなことないよ? 3時半に帰ってきて、4時に就寝でしょ? 5時間睡眠で、朝の9時。――ほら、計算は合ってる』
基本的な睡眠時間が違ったようです。
健康な身体を持っている人類が羨ましい。
基礎体力の差! 残念っ!
『とは言っても、悶々として、早く目が覚めちゃったっていうのはあるんだけどね』
「――悶々って? 何かあった?」
その理由に心当たりがありすぎながらも念の為に聞いてみる。
人生、自分からの発言は「墓穴を掘る」に繋がりやすい。
だからヤバい時の情報は自分から出さない。これ、マメな。
『え? 誠大は知らないの? ――知っているんだよね?』
「え? あ、……うん、まぁ」
すみません。一瞬で電話越しの「圧」に一瞬で折れてしまいました。
下手な考え休むに似たり、もしくは、生兵法は怪我のもと、ですね。
「――あれ、だよな?」
『「あれ」って? どれだと思う?』
「いや、あれだろ? 橘が言い出した、あれ――」
『誠大。「指示語」に逃げない』
「アッハイ」
わー。これ、ちょっとお怒りのやつでは?
ていうか、橘、ダメじゃん。
橘「これから話す。でも、きっとわかってくれる」(キリッ)……とか言ってなかったっけ?
何か全然、わかってもらえてなくない?
『で、――川原誠大くんは、その私のLINEの理由が何だと思っているでしょうか?』
「それは――」
なんで、僕は、正月の起き抜けから、幼馴染に「詰め」られているのだろうか?
どんな年だよ、2023年。うさぎ年。――ピョンピョン。
「――恋人
一瞬の緊張感ある空気を、Wifi経由のネット回線が伝える。
『――正解』
*
自宅から徒歩5分強。
僕は小学生時代に訪れ慣れた彼女の家の前に立っていた。
電車に乗って通学しないといけない高校生からすると小学生の行動範囲は狭い。
ヤバいくらいに。だからそんな時代からの友達の家は驚くほど近所だ。
校区で区切られた京都の町。
小学生の時は遊びに行く場所は基本的には「校区内」。
「校区外」に出かける時には随分と気を使わされたものだ。懐かしい。
南伊織の自宅は僕らの住む校区の南端にある。
南側の校区との境界になる大通りよりも少し手前。
西に細く流れる川に面したアスファルト。
そこを少し西に入った住宅地に、行き慣れた南家の自宅はあった。
どこか懐かしいインターフォンを押す。
キンコーン、といつもの音がした。
『はい〜』
「――あ、あけましておめでとうございます。川原誠大です」
『分かっているっば。私。伊織。――ちょっと待ってね。今、出るから』
インターフォンの回線はプツリと途絶えた。
いくら小中学生の頃によく来た、家だと言っても、久しぶりは緊張する。
特に低学年の頃には毎日通ったんじゃないかなぁ。
おばさん――志保さん、元気かな。最近、会ってないしな。
よく入れてもらったアップルティー、また飲みたいな。
なんとなく感傷に浸る、2023年元旦。
年が明けて一番にやってくるのが、南伊織の家になるとは思わなかった。
伊織と仲良かった小学校や中学校の時ですら、元旦は、父親の実家、つまり、じいちゃんばあちゃんの家に行っていたしな。
――本当に今年は、何かが変わる年なのかもしれない。
そんなことを考えていると、ガチャリと音を立てて、玄関扉が外開きに開いた。
「――いらっしゃい!」
落ち着いたピンク色のワンピースを着た南伊織が現れた。
ゆったりとしたハイネック。膝が隠れるくらいの裾。
僕の幼馴染は頬をほんのりと朱に染めていた。
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