第14話 仮初の彼女と女性の親友(京都駅前・マクドナルド)[2023/1/6 Fri]

 宮下彼方と南伊織。そして僕。

 この組み合わせで集まれば、どんな空気になるのか?

 あんまり考えたことはなかった。

 そして伊織を予備校につれてくるということが、この組み合わせを作り得るのだという可能性に考えがいたっていなかった。

 そして僕ら三人はマクドナルドにいる。

 昼食の休憩時間だから、自習をさぼっているわけではない。


「――誠大は何? それ?」

「サムライマック、セット。クーポンあったし」

「期間限定?」

「そそそ。ただでさえ少ない冬休みの思い出を、マクドの期間限定商品で水増ししようという涙ぐましい努力ね」

「え~、僕を置いて、初詣に行ったのに? 声かけてほしかったなぁ」

「それは申し訳ない」


 でも、ダブルデートに呼べないじゃん?

 いくら彼方が、親友って言ってもさ。


「なんかサイズ大きくない? ドリンクも」

「LLセットだからな」

「おー、男子だ」

「男子だしな。てか彼方は少ないな。それで足りるん?」

「んー、まぁ、――女子だし?」


 そう言うと、彼方は肩を竦めておどけてみせた。

 トレイを持って隣に立つ友達。その距離がいつもより少しだけ近い気がした。


「――何? 二人は付き合ってんの?」


 四人掛けのテーブルから、伊織が胡乱な視線を上げる。


「はぁ、何言ってんだよ、伊織」

「――南さんからは、どう見える?」


 椅子を引いて腰を下ろしながら、彼方はサラリとそう言った。

 会話の流れに乗っているようで、どこか緊張感を孕んだ声だった。


「――別に」


 伊織はなぜだか視線を逸らした。

 八方美人で明朗快活――そんな南伊織には珍しい仕草だった。


 宮下彼方と南伊織。そして僕。

 あらためて言う。僕はこの組み合わせに慣れていない。


 そもそも彼方と仲良くなった中学時代後半。

 僕は基本的にはかなり面倒くさい子になっていて原則ボッチだった。


 橘遥輝と南伊織の二人は同じ中学おなちゅうだけど、グループは違った。

 なお同じ小学校おなしょうなのは伊織だけである。


 高校に入って心機一転。それぞれがそれぞれの形で高校デビューを果たした。

 もちろん一番大きな変化があったのは性別を変えた彼方だけれど。

 橘と伊織にしても、中学の時からは少しだけギアを切り替えた感じがする。


 高校一年生の時、僕と伊織、橘が同じクラスになり、彼方は別のクラスになった。

 それは「男の子だった中学時代を知っている生徒とできるだけ違うクラスにする」という学校側の配慮だったと、いつか彼方が言っていた。

 それでも噂は広まるもので、彼方はそれなりに厳しい時間を過ごしたようだ。

 だけどクラスの中で新しい女子の友達もできて、辛い時期を乗り越えたらしい。

 いろいろあったみたいだけれど。


 一方で僕は、高校生になって、落ち着きを取り戻して、社交性を回復した。

 若干荒れていた中学時代の気持ちにも、折り合いをつけて。

 同じクラスでちょくちょく声をかけてくる伊織と話す内に、橘とも仲良くなった。

 こっちとしては中学時代の小さなしこりめいたものもあるので「仲良くなった」というより「仲直りした」というくらいの気持ちなのだが。

 向こうにとってはそんなものはどちらでもいいのだろう。

 リア充と非リアの関係はいつも非対称である。


 二年生になっても、伊織と彼方は別のクラスのままだ。

 だから二人の関係性は中学時代のまま止まっているのかもしれない。


「――ねぇ、誠大は、僕と誠大の関係って何だと思う?」

「なんだよ急に。関係って、お前、あらたまって」


 伊織の言葉を、何故か彼方が広げる。

 ――関係かぁ。

 隣に座る彼方の姿をあらためて見る。


 今日も落ちついた女子高生らしいファッションだ。

 何なら伊織より女の子らしい。

 いや、まぁ、そうだな。軍配。勝者、宮下彼方。


「――何よ? 誠大。私と宮下くんのこと見比べるのやめてくれる? 品定めみたいで気持ち悪いんだけど」

「それは、失礼しました。――あ、あと宮下『さん』な?」

「うん、宮下『さん』ね。……分かってはいるんだけど、どうにも言いなれなくて、――つい。ごめんね?」

「あ、いや、いいよ。僕は。僕も自分のことを、ほら、『僕』って言っちゃっているし。――特に一年生の時は過渡期で、先生方もみんなもめちゃくちゃ気を使ってくれていたんだけどね。もう落ち着いているし。うん。だから南さんの呼びやすい方で」

「そう? じゃあ、お言葉に甘えて。ちょっと気をつけるけど、ポロッと『くん』呼びが出たらごめんね」

「うん、気にしないで」


 胸の前で小さく両手を振る彼方。

 伊織は小さく首を竦めた。ストローを弄りながら。

 なんだか少しだけ空気が和んだ気がした。

 気のせいかもしれないけれど。


「それで? 私も聞きたいな〜。誠大と宮下さんの『関係』」


 明らかに僕が困るのを楽しんでいる。

 援護射撃に意外そうな表情を浮かべる彼方。


「――まぁ『親友』じゃね? 普通に」

「――だよね。うん」

「えー、普通じゃん」


 彼方はホッとしたように頷いて、伊織はつまらなそうにストローを唇から離した。


「お前は何を期待していたんだよ?」

「特に、何も〜」


 伊織は思わせぶりに視線を動かした。

 こういう時は十中八九、ただの愉快犯だ。

 本当は何かを含んでいるのかもしれないけれど。問いただしても仕方ない。


「でも私、実は高校生になってから誠大と宮下くんが一緒にいるところ見てなかったんだよね。だから二人に関係がどうなっているのか、よくわかってなくて」

「――あ、そういうことか」


 納得する彼方。

 いや、そういうことだけじゃないと思うぞ。


 きっと初めの質問には何かもう少し含意があった気がする。

 まぁ、僕もそれ以上のことを掘り返そうとは思わないけれど。

 伊織が「そういうこと」にしたんだから。


「でも、宮下くん、本当に『女の子』になったよね? 初め、わからなかったよ。私服姿、見るの初めてだし」


 伊織はなぜ今日、こんなにも彼方の繊細な話題に突っ込んでいくのだろう。

 でもこれは褒め言葉だからいいのかな?


「ありがとう。個人的には随分と馴染んできたと思うけど、……でも、やっぱり自分だとだなぁ、って思っちゃうかなぁ」

「えー、そんなことないよ。正直、ファッションとかお化粧とか、私より詳しそう。また今度、そういうことも教えて欲しいな」

「いいよ、もちろん。ハイスペ女子な南さんと女子トークなんて畏れ多いけどね~」

「ないない。私なんて実際にはガサツな女子代表選手だから」


 うむ。最後の発言だけは強く同意する。


「そこ、激しく同意しない」

「え? 僕、声出てました」

「首が方向に激しく揺れていたよ?」


 なるほど。教えてくれてありがとう。わが親友よ。


「ところで今更かもしれないけれど、南さんって、この予備校通ってないよね?」


 痛いところを突かれて、僕と伊織は顔を見合わせた。


「それな。伊織がどうしても来るっていうからさ。ちょっとくらいならバレないかな~って。ごめんだけど黙っててくれる?」


 僕が両手を合わせると、伊織も面目なさそうに首を竦めた。


「それは構わないけれど……。フロンティアホールの部外者利用って、見つかったら結構厳しく怒られるらしいから、気をつけてね」

「――え、そうなの?」

「うん、僕は直接見たことないけれど、友達――他校の子が見たって言ってた」


 伊織と顔を見合わせた。

 思っていたよりも「やらかしていた」感じなのかもしれない。

 

 目が合うと、幼馴染はクイクイと黒縁メガネを上下させて、ハイネックのセーターで口元を隠して「私の変装は完璧よ」みたいなジェスチャーをしてきた。

 いや、そういうことじゃないからな。

 ルパン三世ばりに本気で騙すなら生徒証の偽造でもしてくれ。

 ――犯罪だけど。……犯罪、ダメね、絶対。


「――昼からどうする?」

「私はこのままマクドかタリーズコーヒーで自習でもいいんだけど?」

「南さんと違って、誠大は別にフロンティアホールで続けられるんじゃない?」

「そうだけど。さすがに一緒に来た手前、伊織だけを帰らせるっていうのもなぁ」

「そうだよね。うん。わかるよ。まぁ、僕は引き続きフロンティアホールだから。続けるなら、遠慮なく合流してね」

「――おう」


 視線を動かすと、伊織は「任せるわよ」と言わんばかりに肩を竦めた。


「でもまぁ、いっそのこと今日は勉強をやめて水族館でも行ってきたら?」


 突然、言い出した言葉。意図が分からずに僕らは驚いて彼方の方へ振り向いた。

 

「――なんで?」

「だって、今日は、デートなんでしょ? 自習室デート。――二人は恋人同士になったんだもんね? 期間限定だけど」


 何を今更? とでも言いたげな無垢イノセントな視線を、彼方は僕らに向ける。

 伊織の視線が僕に向かう。「勝手に喋ったな」と責め立てるみたいに。 


 そして彼方は、僕ら二人に問いかけた。


「本当に――恋人交換スワップなんて、やってて楽しい?」


 少女の無邪気な笑顔。

 でも瞳の奥の深淵に、僕の知らない彼方がいる気がした。


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