第6話 デートと初売り(京都・四条河原町)[2023/1/2 Mon]

 初詣で新年を迎えたら、素敵なお正月が訪れる。


 そんな淡いイメージは、結局のところ「睡眠時間」という現実に阻まれた。


 13時突破と寝坊を極めた元旦。

 LINEで呼び出された南家から帰ってきたら、ほぼほぼ一日が終了してしまった。

 親族に会うこともなく、なんだか眠い目を擦っている間に日の入りを迎えて、若干虚しさを覚える。


 やったのは餅を食って、スマホをいじっていた程度。

 一日が半分以下になってしまったような、そんな元旦だった。


 人生で初めて夜中の初詣に行ってみた。

 だけど、僕みたいに長い睡眠時間が必要な人間にとってはなかなか次の日のダメージがでかいイベントなんだな、とわかった。

 何事も経験である。


 ただ、触覚的な記憶の中に鮮やかに残っている。

 胸に抱いた伊織の、体温と柔らかさだけは。


 咲良にLINEをかけたのは、日が沈んで随分経ってからだった。


「――もしもし。僕、誠大だけど」

『うん。やっほ。あけましておめでとう』

「おめでとう。遅くなってごめんね」

『ううん、全然いいよ。ありがとう』


 電話口に出た咲良は、屈託のない明るい声で返してくれる。

 咲良は、本当に良い子だと思う。

 彼女として申し分ない。

 いつも気遣ってくれている気がする。

 僕には勿体ない相手なのだろう。


「――ちょっと出かけててさ」

『うん。お正月って、家族の用事とか、お墓参りとかあるもんね』

「まぁね」


 なんとなく伊織の部屋に言っていたとは言いにくかった。


 彼女――伊東咲良と仲良くなったのは、新入生歓迎イベントの委員会だった。

 高一の末から、高二の四月にかけて準備するボランティアの委員会。

 なんでか委員になることになった僕は、当時別のクラスだった咲良と同じ担当になった。

 同じ仕事を担当をしていると、LINEで連絡を取り合うことにもなる。

 そんなやりとりの中で、なんだか波長が合って、交際を始めることになった。


 告白はどちらがしたのかよく憶えていない。そのくらい自然な始まりだったんだと思う。


「――明日の初売りだけどさ」

『一緒に行ってくれる? 無理ならいいんだけど?』

「もちろん行くよ。僕も咲良との新年デート楽しみにしているからさ」

『え? ほんと? 嬉しい!』


 こんな風にストレートに喜びを表現されると、ついつい男は「がんばろう! やってあげよう!」って気になるものだ。

 

 しばしばマンガやドラマである「男は単純な生き物だから」という台詞は、残念ながら真実だと思う。


「でも、一緒に行っても何もできないよ? デパートとかほとんど行かないし。できて荷物持ちくらいかなぁ」

『ううん、それで全然いいの。一緒に並んでくれて、一緒に回ってくれたら。あと荷物持ってくれるのは嬉しいけれど。お兄ちゃんが、「男はショッピングに連れ回されるのは嫌がるもんだ」って言っていたから、誠大くんも微妙なのかなって思って』

「まあ、あまり自分では行かないかもだけど、せっかくの初売りだし、僕も新年一発目のデートは早くしたいし」


 僕がそう言うと、電話口で咲良が「うんうんうん」と激しく同意した。


『じゃあ、明日朝、待ちあわせは京都市役所前駅くらいでいいかな?』

「いいけど、京都市役所前駅は御池通りだし、ちょっと四条河原町まで遠くない?」

『いいの。そこまで歩くのが準備運動を兼ねたデートコースみたいなものだから』


 二人で歩くお正月の、河原町通り、もしくは寺町通り。その様子をイメージすると、咲良の言っていることの意味が分かった気がした。

 そして、それを楽しみにする咲良のことを、微笑ましく思ったりもした。


 ――最近マンネリだから、彼女、交換しないか?


「それから、デートが終わってから、ちょっと相談したいことがあるんだ」

『ん、分かった。――今、LINEじゃ話しにくいこと?』

「うーん、直接の方がいいかな? あとちょっとややこしいから、終わってからの方がいい。――橘関係のこと」

『あ、橘くん関係……。――分かった』


 そんな感じで僕らは約束をした。


 1月1日は幼馴染の伊織と過ごした。

 1月2日は彼女の咲良と過ごす。


 南伊織との時間がデートだとは思わないけれど、新年を始めるにあたり、お正月を代表するイベントの記憶を彼女との時間で上書きする必要があるように思われた。


 だから彼女の誘いに僕は飛びついたのだと思う。

 初売りデートという、如何にもな新年のイベントに。



 *


 1月2日の朝。2023年も2日目。

 僕らは京都市役所前駅で待ち合わせた。

 御池通りの地下街ZEST御池の店舗はほとんどまだ閉まっていた。


 彼女の住む山科からも地下鉄東西線で一本だし、僕の最寄り駅の太秦天神川駅からも一本だ。

 改札口から現れた咲良は、淡いクリーム色の上品な雰囲気のダウンを羽織っていた。初詣に着ていた白いコートとはまた違う服だ。

 コートの中は可愛い感じの白いワンピースに、靴は黒いブーツを履いていた。


「お待たせ、誠大くん」

「――うん。おはよう」


 伊東咲良と付き合い始めて約9か月。

 だから一緒に迎える新年は初めてだ。


 初めて迎えるお正月でのデート。

 だから彼女のどんなファッションも新鮮だ。

 僕はただ一緒に街を歩くだけで、浮かれた気持ちになった。


 そういえば昨日の伊織はピンク色のワンピースを着ていた。

 幼馴染にはずっと少年っぽいイメージを持ちがちだった。

 だけど、やっぱり伊織はどんどん女性らしくなっていると思う。


「――咲良。コートとワンピース似合っているよ。可愛いいと思う」

「本当? 良かった。内側はユニクロだから、ちょっと手抜きなんだけどね」


 そう言って、咲良は照れくさそうに笑った。

 昨日の伊織の表情を、彼女に一瞬、重ねてしまった。


 南伊織は学年でもトップレベルの美少女なのだけれど、それは彼女の快活さによる評価でもある。

 伊織は元気だから目立つ。視線を集める。


 それに対して咲良にはそういう側面はない。でもその容姿はとても可愛らしいし、少なくとも伊織に引けを取ることはないと思う。


 そんなことを考える僕を見上げて、彼女は言う。


「――なんだか誠大くん、楽しそう。良かった」

「楽しいよ。お正月デートなんて初めてだからさ」

「私も! 今日はお年玉使い切っても良いくらいの感じで行くぞ〜」


 小さな左手で拳を突き上げると、咲良は僕の左腕に、その右腕をするりと通して来た。


 その腕と寄せられた胸元の感触に、僕は、昨日触れた、伊織の身体のことを思い出すのだった。


 それから僕らは地上に出て、河原町通りを南下した。


 伊東咲良は僕の自慢の恋人だ。

 だから彼女と二人で歩くだけで、僕はなんだか誇らしい気持ちにさえなるのだ。


 四条河原町の高島屋前についたときにはもう、開店を待つ長蛇の列が出来上がっていた。

 寒い中、待ち時間は、ちょっと長かったけれど、二人で話していると、あっという間だった。


「――誰かと一緒に来るのが重要な理由、もう十分に分かった気がするよ」

「でしょ?」


 咲良は僕を見上げて、目を細めた。


 デパートに入ると、咲良に引っ張られるまま、いくつものアパレルブランドのショップをまわっていった。


 福袋を二つほど確保してから、ブラウスにカーディガン、それからスカート。


 服を手に取る度に、咲良はそれを体にあてがった。その内のいくらかは実際に試着もした。

 どれもよく似合っていて、可愛かった。

 でもその値札を見る度に、僕は目眩を覚えるのだ

 ファッションって、本気でお金がかかるんですね。


 咲良の言った「お年玉全部使い切っても良いくらいの感じ」はあながち誇張表現ではないということを理解した。。


 自分の服も少しだけ物色した。

 結局、TAKEO KIKUCHIで、細身のコートを一着購入した。

 咲良と店員さんに勧められて、割引価格で。


「お買い得だよ」とか咲良に言われたけれど、それでも個人的には目玉が飛び出る価格だった。

 現金を取り出してレジで支払う時には「これは死ぬまで着なければ」などと訳のわからない覚悟をしたりした。


 *


 一通り高島屋とマルイを巡ると、僕らはデパートを抜け出して、等身大なショッピングに向かった。


 ファーストフードで軽食を食べてから、大型書店やユニクロなんかをはしごした。

 なおユニクロでは「お手頃価格」の商品群に心を洗われた。

 やっぱり右京区民の自分は庶民なんだなぁ、と一人で納得した。(なお区によるキャラ付けは僕の偏見です)

 いずれにしても、僕にはまだデパートに入っているアパレルブランドの世界は背伸びだったみたいだ。


 それから人混みを東に抜けて、四条大橋に出た。


「だいたい一日半ぶりだね。ここ」

「――そうだね」


 鴨川の上に架かる橋からは、穏やかに続くその上流も、東方も東山もよく見わたせた。南には京都タワー。

 川の上の風が咲良の肩まで伸びた髪をさらった。

 それを押さえる、僕の彼女は綺麗だった。


 *


 午後3時頃には繁華街から撤収することにした。


「買った服でファッションショー的なことをして、誠大くんに見てもらいたいな」


 咲良がそんなことを言うので、そこから僕らは山科にある咲良の家へと向かうことにした。

 彼女の家は、今日、誰もいないらしい。

 両親は新年の挨拶回りで不在。

 兄は友人と遊びに行っているらしい。

 だから彼女と二人っきり。


 山科の伊東家。咲良の部屋に辿り着く。

 咲良は予定通り次から次へと、買った服に袖を通していった。

 着ては脱ぎ、着ては脱ぎ、着ては脱ぎ。

 

 新しい服を着るたびに咲良の可愛い一面が際立つ。

 その魅力が際立つ度にそれを脱ぎ、キャミソールとショーツ姿になる。

 その度に、僕の感情は、激しく掻きたてられた。


 一通り彼女のファッションショーが終わったところで、僕は咲良をベッドへと押し倒した。

 彼女はそんな僕に「ちょっと、誠大くん」と、形ばかりの抵抗を示した。

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