第7話 彼女と交換相談(伊東家・咲良自室)[2023/1/2 Mon]
「今日はありがとう。いろいろ買えたし、誠大くんと新年一番にデートができて良かった」
壁に掛かる時計の短針は、もう6時前を差していた。
僕は床に、脱ぎっぱなしになっていたズボンへと足を通す。
ベッドの上の咲良が、そんな可愛らしいことを言ってきた。
シーツで上半身を隠しながら。
「僕も楽しかったよ。ありがとう。お正月のいい思い出が出来たよ」
「何それ。――なんだか、大人の人みたい」
咲良は口元を手で塞いでクスクスと笑う。
それから僕を見上げた。
「――ねぇ、誠大くん。昨日はお昼の間、外に出かけていたった言っていたよね? それって、家族で出かけていたの?」
少しだけ、咲良の声色が変わった気がした。
「――ん? ああ、そんな感じかな」
「そっかぁ。親族の集まりが無くなったって言っていたけど、家族の用事はあったんだね」
「そんなこと言っていたっけ?」
「言っていたよ?」
「そっか」
いろいろ喋っちゃっているもんな。
もちろん彼氏彼女は恋人同士。
ずっと付き合い続けたら、結婚することだってあるかもしれない。
それならお互いに秘密は無いほうが良い。
十年とか先だろうし、まだ全然想像もできないけれど。
――でも、志保さんは、今の咲良とほとんど変わらない年で、遙香さんを産んだんだよな。
そんなことを、ふと思った。
「まぁ、とにかく昨日は眠かったから、ほとんど近所を散歩しただけくらいだけどな」
「――そっか。うん。ならいいんだ」
特にやましいことは何もない。
でも昨日、元日から伊織の家に行っていたというのは、なんだか言いにくかった。
伊織とは幼馴染でしかないんだけれど。
それでも僕らはそれぞれの身体を抱きしめあった。
お互いの確認作業として。
「――え、ちょっと何?」
「なんでもない」
まだキャミソール姿の咲良を隣からギュッっと抱きしめる。
伊織の身体は、咲良の華奢な身体と同じようで、それでいてどこか違った。
柔らかさだろうか? 骨太さだろうか?
「どうしたの? 誠大くん。まだ、シ足りないの?」
「ん? いや、そういうわけじゃないんだけどさ」
咲良はシーツを掴んでいた手を離すと、僕の下腹部にそっと当ててきた。
僕はその髪に右手の指を通す。
それから彼女の後頭部を何度か撫でた。
目をとろんとさせて僕を見上げる咲良。
そんな彼女に、僕は大人のキスをした。
*
僕がシャツを着てボタンをはめ終えた頃に、咲良もベッドから抜け出して、ゆっくりとショーツを足に通し始めた。
「――早速、買った服を着るの?」
「ううん。新しい服はまた新しい日に。さっきのは試着みたいなものだから」
「――まぁ、そうだよな」
本当は新しい服を着た咲良を襲いたかったけれど、それは自重した。
一緒に買った上等な服。
それはまるで彼女を自分自身との時間で染めあげるような感じで。
自分の独占欲の強さに、少し呆れた。
彼女はキャミソールの上に一枚ヒートテックを重ねて、スキニーレギンスパンツを穿く。それからワンピースに腕を通した。
十七歳の華奢な身体は、それでいて随分と大人っぽくも思えた。
二人とも身だしなみを整えた後、僕は、頃合いかな、と話しかけた。
「――あのさあ。咲良」
「うん、橘くん関係の話でしょ?」
ベッドの縁に座る咲良は先読みして、僕を上目遣いで見上げた。
その体勢に、どこか昨日の伊織を重ねてしまう。
「あ、言ってたっけ」
「うん。相談があるって言っていたから、まだかなまだかなって思っていたのに、誠大くん、全然話し出してくれないんだもん。しびれ切らしちゃった」
「あははは、ごめんね」
冗談っぽく唇尖らせる咲良に、僕は苦笑を浮かべる。
「ピロートークで話してくれても良かったんだよ」
教室では大人しい少女が、妖艶に目を細めた。
その視線を受け流し、僕は一つ息を吸った。
「――うん、ちょっと突飛もない話なんだけどさ」
この話を切り出すのは、やっぱりどこか躊躇われる。
一昨日、僕が橘に言った通りだ。
この話――恋人
そもそも恋人を交換するなんて無茶苦茶な話だ。
咲良をどうして橘の恋人に送り出さないといけないのか。
ヴァーチャルだとしても。
こんなに可愛いくて、僕を愛してくれている咲良を。
「……どうしたの?」
咲良が眉を寄せて僕の顔を覗き込んできた。
「――いや、ちょっとな。どうしようかなって。言ったものか、言わないものか」
「え、そうなの? それって恋人
「え? ――咲良、……知っているのか?」
「うん。橘くんから聞かされたよ」
僕は思わず恋人の顔を二度見する。
事後の髪は、色っぽく乱れていた。
どのタイミングで?
初詣の後、八坂神社からからふね屋珈琲の間くらいだろうか?
それなら橘は、伊織より、咲良に先に話したことになる?
どういうことだ?
「いつ、聞かされたんだ?」
「うーん。昨日の晩かな? 誠大くんがLINEをくれたちょっと後」
そうか、橘のやつ、帰省先からわざわざかけてきたのか。それならそうと言っておけば良いものを。
「結構遅かったけれど、親族の飲み会がなかなか終わらなくて、かけるのが遅くなってゴメンって言っていた」
「そっか。――でもそれなら、咲良もそう言ってくれたら良かったのに」
咲良はベッドに腰を下ろしたまま、少し芝居がかった感じで、頬に人差し指を添えた。
「そうかもしれないけれど。――でも、きっとデートの後で誠大くんがしてくれる相談っていうのがこのことなんだろうなって思ったから。誠大くんが話し出す時間を待った方がいいのかなって。なんだか、結局言っちゃったけど」
そう言って、咲良は悪戯っぽく、舌をちろりと見せた。
「そっか。橘のやつは、何て言っていた?」
「うん、細かいことはよく覚えていないんだけど、――なんだか真剣さは伝わってきたかな」
そう言って、咲良はなんだか物欲しそうな表情を浮かべた。
僕はベッド縁に座る咲良の背後に回り込むように座って、咲良を包み込むように抱きしめた。
「――で、どう思った? やっぱり無理だよな? あいつの願いを叶えてやることなんて」
「そうでもないよ。私は大丈夫だよ。むしろちょっと楽しいかもって思ったりするかな」
思いがけない反応に僕は、咲良のお腹に回していた腕を緩めた。
「――え? そうなの?」
緩んだ僕の拘束を、上から咲良が抑え込む。――しっかり抱き止めていろとでも言うみたいに。
「誠大くんも大丈夫ならね。――橘くんも言うように、違う相手と過ごしてみることで見えてくるものってある気がするの」
「――そういうものかな」
でも気づくっていうことは知ることだ。
知ることに決して後戻りは存在しない。
感情はそれに耐えられるのだろうか?
「私のことは心配しないで。それから私も誠大くんのことは信用しているよ? 恋人
「――本当の気持ち、ね」
咲良の言うことは正論かもしれない。
「本当の気持ち」なんて、僕たちにあるのだろうか?
そんな疑念が僕を未だに躊躇させる。
でもそれを口にすることは難しい。
それは咲良に対する、僕の気持ちが本物じゃないかもしれないという、疑念を生むことになるからだ。
「分かったよ。咲良は橘のお願いを受け入れることに協力してくれるって、ことだな?」
「うん。大丈夫だよ。誠大くんがそれを望むならね」
「――ああ、そうだな」
僕はそれを望むのだろうか?
本当に望むのだろうか?
でもこれで四人の合意形成が整った。
本当に、最低限のレベルでだけれど。
だから僕らは、恋人の
一ヶ月限りの限定交際。
きっとそれは不可逆過程。
僕たちは同じ場所に戻ってはこれない。
それでも僕らは橘遥輝の希望を叶えようとするのだ。
「でも、恋人
「――えっ?」
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