第12話 幼馴染と放置プレイ(川原家・玄関口)[2023/1/5 Thu]
――誠大。あんた恋人
玄関の扉開くと僕の幼馴染――改めヴァーチャル彼女が立っていた。
いや、ヴァーチャル彼女と言ったら非実在の2次元彼女に聞こえるから、ここは別の名称がいいだろう。
偽装彼女? 代替彼女? 交換彼女?
どれもピンと来ないし、何か違う意味になりそうだ。
だから結局、普通に「彼女」と呼ぶしかないのだろう。
クリーム色のダッフルコートを羽織った彼女はポケットに両手を突っ込んでいる。
そして若干、怒っている雰囲気だ。――ていうか、なんか怒っている。
昼はそこそこ太陽が照っていたけれど、日が沈むとそれなりに寒い。
日が落ちた玄関口で南伊織は怒りながらも首をマフラーに埋めていた。
「――どうしたの、伊織? 急に家に来るなんて珍しい」
「誠大、あんた、耳ついている?」
「ついているよ2つ」
「じゃあ、それを残して他の部分にお経を写してやろうか?」
「なんで人を耳なし芳一にしようとしているのさ。攻め方がわかりにくいよ。ツッコめた僕、奇跡だよ」
「いや、耳のない現実に、肉体を合わせた方がいいのかなって」
「ちゃんと聞こえています」
「じゃあ、なんで今日一日、放置してたのよ」
冒頭に戻って、伊織は唇を尖らせる。
「――別に放置してたわけじゃないけど。……ていうかアレ? 実は伊織って、彼氏から毎日おはようのLINEとか無いと死んじゃうタイプ?」
「ハァ? そんなわけないじゃない。私がそんなタイプに見える?」
「見えない」
「うん、その断言もなんか腹立つ」
どっちやねん。
しかしまぁ、人間は常に両面性がある生き物であり、そこが魅力なのである。
「でもそう見せかけておきながら、ヤンデレな一面を持っている、とか?」
「あー、『見えない』の断言から逆方向に切り替えされてもなんか腹立つこの気持ちは何なんだろう……。ねえ、誠大? グーで殴っていい?」
「暴力反対。グーで殴られたら、殴り返すからな」
「それが幼馴染の女の子、况んやピチピチの出来たて彼女に言う言葉? DVで訴えるよ?」
「DVって、幼馴染はドメスティックの範囲に入りませーん」
「ドメスティックの範囲? そもそもドメスティックって、何だっけ?」
「え? そこから? Domesticは家庭内とか国内って意味だろ? 一応、受験勉強の上で覚えておくべき英単語」
「そっか。やっぱ誠大、勉強はしてるんだね」
「――そこで『は』を強めるな。含意が多すぎる」
感心したふりだけしたあとに、伊織は意地悪するみたいに舌を出した。
その時、背中から母親の声がした。
「――誠大。誰? お客さん? ……あら、伊織ちゃんじゃない。久しぶりね」
「あ、おばさん。お久しぶりです!」
そう言って伊織は礼儀正しく頭を下げる。
ちゃんとした家の、よく出来た娘のように。
「どうしたの? こんな時間に。誠大に届け物とか何か?」
「え、ええと、……ちょっと相談? みたいな?」
伊織は指先で頬を掻いた。ぼやかすみたいに。
「恋人
僕の母親は伊織のことを昔から好意的に思っている。
長い付き合いだし、南家にはお世話にもなっているしね。
でもそこで恋人
彼女の株が急降下するのは目に見えている。――まぁ、僕もだけど。
だから伊織も、自分からわざわざカミングアウトしたりなどしないだろう。
「そう。でも、それならとりあえず上がったら? 玄関口に立っていても寒いだろうし」
「――あ、はい。――じゃあ……」
「え、上がるの?」
「……えぇ?」
僕と母親に挟まれて、伊織がちょっと困った顔をする。
いやでも、こんな時間から上がってもらっても、ちょっとややこしい気もするし。
いわゆる「心の準備」的なものだってあるのだ。
「どっちでもいいけど、誠大、玄関、開けっ放しだと寒いし、せっかくの暖房の熱が逃げちゃうからすぐに閉めてね。玄関口で話すのでもいいけど、閉めて喋ってね」
確かにそれは正論だ。
目配せをすると、伊織は無言で頷いて、扉口をくぐって家の中まで入ってきた。
小声で「失礼しまーす」と言いながら。
「私はお料理に戻るけど、話すならリビング使ってもらっていいからね。絵里奈は自分の部屋だし。――じゃあ、ごゆっくり」
「――ありがとうございます」
伊織が小さく頭を下げる。
母さんは気障にウインクをして、台所へと戻っていった。
「――どうする? 僕の部屋にくる?」
「へ? 誠大の部屋? おばさん、リビングって――」
「いや、リビングで恋人
「……あ、それもそうか」
納得したようで、伊織は「わかった」とひとつ頷く。
それから履いていた黒のスノーブーツを脱いだ。
「じゃあ、ちょっと僕の部屋にいるから」
ダイニングに繋がる暖簾を上げて告げる。
「はーい。あと、30分くらいでご飯だからねー」
母はキッチンでフライパンに手を掛けていた。
「じゃあ、いこっか」
「――うん」
*
「いきなり来て、おばさんに変に思われてないよね?」
先に伊織が部屋に入って、僕は後ろ手で扉を閉めた。
「いや知らんよ。本人に聞かなくちゃ。聞く?」
「聞かないで……」
伊織がベッドの端に腰を下ろす。
その自然な振る舞いを、あまりに無警戒だと思った。
幼馴染の腐れ縁の部屋とはいえ。
でもまぁ、今は彼女だから良いのか。
――良いのだろうか?
「それで、なんでわざわざ家に来たのさ。何か言いたいことがあるなら、LINEでもいいだろうに」
「うん、まぁ、いいっちゃいいんだけどね。LINEでも。やっぱり家、近いし。面と向かって問い詰めてやろうと思って。『おんどれ、どーおもとんねん!』って」
「うわー、ガラ
「ふふふ。伊織様、オコですから、オコ」
僕の幼馴染は、冗談だとわかるように、頬を膨らませた。
それから彼女は立ち上がりまだ着ていたダッフルコートを脱いだ。
「やっぱ部屋の中は暖かいね」と言いながら。
僕が手を差し出すと「あ、ありがとう」と、コートを渡してきた。
部屋のコートハンガーに、僕のコートと重ねて掛ける。
「なんだ、誠大、気がつくじゃん? ちょっと大人になった?」
「うるさいよ。どうせ伊織の比較対象は、小学生の時の僕だろ? それに比べたらさすがに大人になるよ。――逆にずっと小学生だったらヤバくない?」
「たしかに。――永遠の小学生。ヤバい」
「ヤバい」
「でも作家さんとか声優さんで永遠の17歳とか18歳とか言っている人いるよね? あれもヤバくない?」
「ヤバい。だけど、それTwitter上で言うと個人攻撃になって、ファンから刺される可能性があるから、オンラインには黙秘するけどな」
「大人だ」
「インスタ民にはわかるまい。このツイ廃の苦しみが」
「知らないよ、そんなの」
伊織は腰掛けていたベッドに、背中からぽすんと倒れ込んだ。
僕のベッドの掛け布団へと、伊織の身体が吸い込まれる。
昨日、僕と咲良が3時間くらいセックスしていたベッドへと。
「――どうしたの?」
「……なんでもないよ」
「――そう?」
起き上がり、伊織は両手を腰の左右に突いた。
「――ねぇ。どうして今日一日、何も連絡してこなかったの? 恋人
「――嫌とか、そういうんじゃないよ」
「だったらどうして? きっと遥輝とか絶対すぐに電話してるよ? 咲良ちゃんに」
その言葉が胸に刺さった。
きっとその電話を咲良は拒まないだろう。
彼女は、伊東咲良は――真面目だから。
「でも変だろ? 日が変わってすぐに『これから恋人同士だからよろしくね~』みたいなの」
「――そうかな?」
「そうだよ。大体、恋人
僕が勉強机の椅子に座ってそう言うと、伊織はお腹を抱えて笑い出した。
「――何かおかしいかよ?」
「ひぃひぃ。おかしいよ。おかしい。でも悪くないよ、誠大!」
笑いが収まると、涙を浮かべた目尻を指先で拭う。
やがて少女は立ち上がる。「そっかー。そういうことか」と呟きながら。
そして僕のそばに近寄ると、肩に手を置いてこう言った。
「それなら、誠大。私ととりあえず、一回、デート、しよ?」
見上げた幼馴染の唇はピンク色に色づいていた。
それはどこか大人っぽかった。
吸い寄せられそうになるほどに。
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