第21話 幼馴染と体育館裏での密会(学校・体育館裏)[2023/1/10 Tue]
「――昨日はお疲れ様。――誠大」
少し暗い隘路で二人になると、伊織は話しだした。
なんだかまごつきながら。
「おう。お疲れ様。――ていうか、ホテルオークラのブッフェは普通に美味かったよ。――ごちそうさまって、志保さんに言っておいて」
「あ、うん。あれ、美味しかったよね。私もお姉ちゃんのお相伴に預かった感じだし。ラッキーって感じ」
「あそこ、よく行くの? 僕は初めてだったけど」
「お母さんもお父さんも好きだし、私たちも好きだし、小さい頃から時々連れて行ってもらっていたかな? 大体、何かのお祝いの時だけどね。ただ、コロナが始まってから、行ってなかったし、四年ぶりくらいだったと思うよ?」
「そっか。――で、なんで体育館裏?」
「だって、万が一、他の人に聞かれたり、見られたりしても困るし」
「――この状況を見られた方が、危ないと思うけど」
「……その発想は無かった」
「いや、有れよ」
漫才のツッコミみたいに、右の手の甲をポンッと彼女の体に当てた。
柔らかな感触が右手の裏から伝わる。
彼女の胸に当ててしまったみたいだ。
しまった、と思ったけれど、あえて気づかなかった振りをした。
「それで、こんな場所に連れてきた理由は?」
「――分かっているんでしょ? 恋人
校門で僕をわざわざ伊織が待ち伏せしているというのが珍しい。
そんな彼女は、半ば強引に体育館裏へと連れてきたのだ。
彼方から僕を引き剥がして。
その理由なんてきっと、一つしか存在しない。――あの話だろう。
「それならLINEなり、一緒に登校なりして、話せば良かったのに」
「LINEは送ったわよ! でも、既読がつかなかったんだもん!」
そう言われて、ポケットからスマートフォンを取り出す。
ロックを解除してLINEのチャット画面を開く。
たしかに朝早くにいくつかのメッセージが伊織からあった。
「あ、ごめん。じゃあ、家に襲撃してくるとかは?」
「朝、寄ったら、もう家を出ているって絵里奈ちゃんに言われたよ。……宮下さんと一緒に登校する約束でもしていたの?」
「あ、いや、彼方とは偶然、京都駅で会っただけで。――でも、伊織、それでよく先回りできたな? 僕、今日別に寄り道とかしていないのに、なんで?」
「バスに乗ったのよ。ちょうど来たから。途中、宮下さんと仲良さそうに歩く姿が見えたわよ」
なんだか知らない間に、監視されていたみたいだ。
壁に耳あり障子に目あり。
変なことはできないなと思いました。しないけど。
つまりこの体育館裏の時間は、バス運賃二三〇円で買われた時間というわけだ。
――そこそこ貴重な気がしてきた。
「それで教室に入る前に相談しておかないといけないことって?」
「分かっているでしょ? 朝早くに咲良ちゃんが質問して遥輝が答えてたやつ」
「ああ、あれね。――だとは思っていたけれど」
そうだと思ってはいたけれど。
伊織と相談したとしても、答えが見いだせる気はしなかった。
*
【恋人交換プロジェクト】
さくら
〉みんなに質問です。今日から、学校が始まりますけれど、学校ではどういう風に振る舞いますか? 他の生徒に秘密にしますか? あまり先生とかに知られるのはよくないと思うし、広くは知られないようにしたいとは思います。
遥輝
〉それ、ちょっと、俺もちゃんと考えられてなかった。でも、学校が始まったらほとんどの時間は学校じゃん? 学校で元通りにしていたら、本当に週末だけだし、「恋人交換」の時間って実際、ほとんどなくなっちゃうよね? 良い案、無い?
南伊織(いおりん)
〉私もあんまり、あけっぴろげにはしたくないかな。なんだか噂になっちゃいそう。
遥輝
〉でも「恋人交換」期間ではあるからさ。一応「恋人交換」のルールに従って、あとはそれぞれに委ねるってことで、いいんじゃないかな?
*
以上が、今朝、早朝のやり取りである。
ちなみに寝坊して、出発間際の時間に起きだした僕は、会話に乗れず仕舞いだった。
ただ、乗れていたところで、何か建設的なアイデアを出せていた気はしない。
故に、一切のリプをせずに現在に至る。
「――それで、誠大はどうするのがいいと思う?」
「どうって言われてもなぁ……」
考えるのを放棄して先送りにしていたけれど、逃げ切りはできないらしい。
「大体、恋人関係を隠して学校生活を送るならまだしも、今回の場合、恋人関係の解消と、新たな恋人関係がダブルであるわけだろ? しかもそれは『一時的な取り換え』です、って。隠すのも説明するのも、全部余計に難しいよ」
「だよねー。遥輝も本当に何がしたいんだか」
腕を組んだ伊織が、やおら思い出したように目を細めた。
「――ねぇ、誠大。遥輝って、もしかして、咲良ちゃんのことが好きなのかな?」
声を潜めて放った質問は平静を装いながらも、緊張感を感じさせる声色だった。
その質問は、――重い。
「……知らないよ。でももしそうなら、今直ぐにでも恋人
「えっ……。あ、うん、そうね。そうだよね」
「でも伊織は、それが無いって思うから、この恋人
「そうなんだけどね。――でも、人の気持ちってわからないから。本当のところは。――咲良ちゃんは可愛いし、私なんかよりずっと素直で、いい子だし」
珍しくどこか、拗ねたような仕草を見せる。
それが何だか僕の心臓を握りしめる。
思わず抱きしめたくなる。
南伊織は可愛い女の子なんだって。
それは僕が言わなくても、学校中の男子生徒の多くが同意すると思うけれど。
「伊織も素直な女の子だと思うぞ?」
「――そうかな?」
「うん、――自分の欲望に?」
「――殺す」
グーパンが
なんだかこの人、時々、ハードモードすぎない?
一瞬、呼吸が変になったけど、すぐに戻った。
殺されはしなかったので、よしとしよう。
「じゃあ、誠大も私たちと同じ方針でいい? 教室ではあけっぴろげにはしないけれど、他の生徒からどう見られるかとか、どういう風に説明するかはノープラン。そういうことでいいのかな?」
「ああ、それしか仕方ないと思うぜ。――まぁ、信用できる相手には話してもいいかもしれないけどなぁ。秘密にするって約束の上で」
「うん、わかった。――まぁ、そうだよね。――つまり、将大が宮下さんに話しちゃったみたいなやつね」
「――まぁ、そうなるな」
なんだかその言葉には少し棘が含まれているような気がした。
彼方と伊織も、仲良くしてくれば良いのだけれど。
人と人の間にある過去のしこりは、そう簡単には取れないものなのだろうか。
「それじゃ、私は先に行くね。一緒に教室に行って変に勘ぐられたりしても嫌だし」
「考えすぎだよ」
「『君子危うきに近寄らず』――よ」
「どちらかというと、『石橋を叩いて渡る』だと思うけどな」
歩きだした伊織に、僕は「あっ」と、手を伸ばした。
聞きたいことがあったのを思い出した。
その左手首を掴むと、彼女は驚いたように振り向いた。
「――どうしたの? 誠大?」
「いや、あのさ。――全然関係ないんだけどさ。昨日、家に帰ってから、遙香さん、何か言っていた?」
「何かって?」
「途中、中座して、自動車に戻っていた時間に何していたかとか」
「あのこと? 別に特に? お腹が痛くなってトイレに言っていたのと、戻ろうと思ったら道に迷っちゃって十分くらい迷っていたって言っていたけれど?」
「――そっか」
「うん」
じゃあ、あの時、車にいた男性は誰だったんだろうか。
遙香さんはその相手のことを、志保さんにも伊織にも隠しているのだろうか。
――でも、何故?
言えないような関係? 不倫? セックスフレンド?
遙香さんは、伊織のお姉さんというだけじゃなくて、僕らの憧れの先輩でもある。
そういう彼女自身の「安売り」みたいなことが起きていなければ良いなと思った。
「きゃっ!」
「――どうした?」
急に、伊織がと声をあげた。
「蜂! 蜂! いやっ!」
「――蜂?」
彼女は何かを手で払う。そして僕へと体を寄せた。
手首を掴む僕に引っ張られるように。
目を細めて耳を澄ます。
ブーンという羽音が聞こえて、飛翔する黄色い虫の姿が見えた。
そういえば昔から、伊織は蜂が苦手だった。
「心配ないよ」と言うように、僕は伊織の肩を抱く。
彼女は僕にしがみつくみたいに、頬を僕の胸に寄せた。
そういえば体育館裏には蜂の巣があるとか、二学期の終業式で言っていたな。
しばらくそうして彼女を抱きしめていると、蜂はやがてどこかへと消えていった。
「――行った?」
「ああ、行ったよ」
伊織は僕の胸からゆっくりと顔を上げる。
その目は少し潤んでいて、唇は赤くて柔らかそうだった。
「ありがとう。だめね。蜂は何歳になっても怖いわ」
「伊織なら、いつか克服して、そのうち蜂の天ぷらとか食べてそうだけどな」
「もう! それが今の今まで、怖がっていた女の子に言うこと? しかも彼女に」
「ごめんごめん。うーん、どうしても彼女って言うよりも、幼馴染としての伊織って存在の方が勝ってしまうよな。伊織は、伊織だ」
「それは私も、そうかも。――誠大は、誠大だよ。どんな役割になってもね!」
伊織はさっきまで顔を埋めていた僕の胸に、握りこぶしをトンと当てた。
突然、また伊織が少し表情を変えた。
そして眉を寄せたかと思うと、振り返った。
それから周囲を見回すみたいに、首を動かす。
「――どうしたんだ、伊織?」
「ううん。――なんだか誰かに見られていた気がして。――気のせいかな?」
僕も体を離して、伊織と一緒に周囲を見回す。
始業間近の体育館裏の隘路から見える場所に、人影は無かった。
「気のせいじゃないか? ――もし見られていたとしても、特に悪い事をしているわけでもないからさ。――大丈夫だよ」
「――うん。――そうだよね」
そうやって僕を見上げた伊織の笑顔が、至近距離にあった。
近づけば、やっぱり欲しくなる。
唇を奪いたくなる。
そんなことを思った。
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