第20話 恋する親友と優良物件な彼氏(京都・京都駅周辺)[2023/1/10 Tue]
「――おはよう、誠大」
「おう。おはよう、彼方」
振り返ると制服姿の宮下彼方が笑顔を浮かべて近寄ってきた。
紺のブレザーに、膝丈のスカート。広がる胸のリボンがアクセントだ。
久しぶりの登校ルート。ぶらぶらと一人で歩いていたところへ、登場する少女。
「今日は、伊東さん、一緒じゃないんだね」
「まぁな、一応、例の期間中だし、咲良は真面目だしな」
「ははは。恋人
「さぁ、どうだろうな」
「じゃあ、南さんは? 交換中なら、彼女として南さんが一緒に登校してもいいんじゃないの?」
「あいつはあいつでなー。逆向きに真面目だし。意固地っていうか」
「ふふ。なんとなくわかるよ」
そう言って、彼方は楽しげに口元を抑えた。
彼方は伊織との間に軋轢があった気もするが、よく分からない。
でも彼方が楽しそうなら、それでいいかなとも思う。
手に持った鞄をぶらぶらとさせながら歩く姿は、女子高生そのものだ。
女子高生なんだけど。一年半ちょっとでよくここまで馴染んだものだな、と思う。
向こうで「彼方、おはよー」と振られた手に、「おはよー」と手を振り返す。
遠目にみて、知らない女子だ。
「――誰?」
「あ、同じクラスの子だよ。C組の。誠大は絡み無いもんね。今度紹介しようか?」
「え? いや、いいよ。別に彼方の友達と、僕が全員友達にならないといけないわけじゃないだろ?」
「――そうだよね。うん」
中学時代のことを思い出し、不安だった高校時代の始まりを思う。
その時は、彼方がこんなに笑顔になるとは思っていなかった。
だからこういう笑顔を見ると、とても安心する。
彼方が自分の友だちを増やしていること、クラスの女子に溶け込めていること。
もちろん、自分が一番の親友だっていう自負はあるんだけど。
「まぁ、彼方が知らないところで、僕より仲の良い友だちを作っていくことに嫉妬心みたいなもんが無いわけじゃないけどな。知らない間に仲間外れになるみたいな?」
「もー、誠大は心配しすぎだよ。誠大は特別。いくら女友達が増えても、中学からずっと続いている男の子は誠大だけなんだから。心配しないでよ! そんなこと!」
そう言って、彼方は僕のお尻に手にぶら下げた鞄をぶつけてきた。
なんだかよくわからないけれど、嬉しそうだ。
新学期が始まるのが、そんなに楽しいんだろうか?
いずれにせよ、彼方が「彼女」としてC組に馴染めていて何よりだ。
「それで、あっちの方は、調子、どうなの?」
「ああ、恋人
学校までの道すがら、彼方が話を振ってくる。
京都駅から徒歩で学校まではそこそこ時間がかかる。
二〇分くらいだろうか。本当はバスに乗ると、停留所3つ分くらいは歩かずに済むのだけれど、待ち時間も考慮に入れると、正直到着時間は五分も変わらない。日によっては遅くなりさえする。
そんな時間短縮に、運賃二三〇円も払うのは馬鹿馬鹿しい。
だから相当のお坊ちゃんやお嬢ちゃん、もしくは徒歩嫌いでも無い限り、みんな京都駅から長い道のりを歩くのだ。
「この前はごめんな。あと、ありがとう。自習室のこと」
「え? ああ、フロンティアホールのことね。全然いいよ。もともと僕は一人で自習する予定だったからさ。――あの日は、結局、南さんとデートしたの?」
「ん? まぁ、デートってほどでもないけどな」
彼方と別れてから、京都駅周りのヨドバシカメラとか、いろいろ回った。
あと、ちょっと甘いものを食べた。ただそれだけだ。
それがデートというのならそうなのかもしれない。
――まぁ、客観的に見たらデートなのかな?
「そっか。じゃあ、南さんとは、順調なんだね。――恋人関係」
――恋人関係。
彼方は少しだけ声を潜めた。秘密を語るみたいに。
それが嘘の言葉であることを、なおさら強調するみたいに。
「どうなんだろうな。恋人
「それは僕に聞かれてもわからないよ。恋人
「まぁなぁ。こっちだって常識の範囲外なんだけどなぁ。橘から出てこなければ、こんなことやるはずないしな」
「だよね。橘くん、かぁ……」
「あ、ごめん。名前を聞くのも嫌だっけ?」
ちょっと彼方が憂鬱そうな顔をした。過去の確執。ちょっとした
「ううん、流石にそこまでじゃないよ。でもまぁ、ちょっと昔はいろいろ、あったからね」
「まあな。あの頃よりかは、橘も丸くはなっているとは思うんだけど。――どうだかな」
「丸くなった人が、恋人
そこで彼方は言葉を止めた。
数歩進んで、僕は足を止めて振り返った。
彼方が立ち止まって、顎に手を当てている。考え込むみたいに。
「――確かに、何だよ? 彼方」
「いや、――ううん、何でもないんだけど。ちょっとだけ気になって」
「――気になった? 何が」
「橘くんって、変に意思が強いし、時々エキセントリックなことを言い出したりはするよね? だけど、エキセントリックって言っても、発想が中学生か高校生の範囲っていうか、そこまで変なことはしないと思うんだよね。だから……、恋人
「どういう意味だよ、彼方?」
「どういう意味って……、そのままの意味だけど? 橘くんって、イケメンだし、リーダーだし、文武両道だし、女子からの人気が高いのは知っているでしょ? ――まぁ、僕は、ノーサンキューだけど」
ていうかお前は女子じゃないだろ。――と、ツッコミかけて踏みとどまった。
今や、宮下彼方はれっきとした女子だった。
僕がそれを間違えるなんて許されない。言い間違いでもNGですね。
ふと思う。彼方は「恋愛」の意味ではどっちなんだろう?
彼方は女子が好きなんだろうか?
それとももしかして男子が好きなんだろうか?
着たい服装と性自認。そういう視点では彼方のことを理解してきたつもりだ。
でも、こと恋愛という視点で、彼方が「何を求めているのか?」「どう考えているのか?」を、あまりちゃんと考えてなかったことに、今更ながら気づいた。
「やっぱり、橘、あいつ女子に人気あるの?」
「そりゃ、あるよ~。C組にもファンは多いよ。僕の友達でも『あわよくば』って感じに思っている女子は一人や二人じゃないんじゃないから。僕はノーサンキューだけど」
大事なことなので二回言ったっぽい。本当にノーサンキューなのだろう。
「女子にとって、ランクの高い男子と付き合うのはある意味で『ステータス』だからね。そういう意味では橘くんは優良物件すぎるよ」
「――ちなみに、僕は?」
「うーん。中級物件?」
「ヒドい……、ってほど、酷くもないか? もともと最安物件だっただろううしな。中学時代のことを考えると、よくここまで持ち直したというか」
「ははは。自己評価が面白いね。多くの女子にとったらそういう感じじゃないかな? だからそういう意味で、伊東さんのことは、僕、偉いなって思っているよ」
「――咲良のこと?」
「うん。まだ評価の定まりきっていない誠大のこと、ちゃんと好きになって、それでちゃんと付き合って、半年以上続いている。――誠大は知らないだろうけど、誠大の評価って、伊東さんと付き合いだしてから、随分と上がっているんだよ」
「へー、そうなんだ。なるほど」
誰かと付き合うことで、評価が上がるっていうのは、なんだか釈然としない。
でも、そういう気持ちはわからなくもない。
誰が彼氏か彼女かということが勲章みたいに考えると良くないのはもちろんだ。
それでも、「あ、あの人と仲が良いっていうことは、悪いやつじゃないんだ」みたいなことは、男女関係じゃなくて、普通の友人関係でもある。
そういう意味で、僕は知らない間に、咲良の世話になっていたわけだ。
どこか遠い場所に滞在中みたいな、彼女に心のなかで感謝を述べた。
「でもまだまだ誠大の評価は、本来あるべきそれより低いと思うけどね」
「どういう意味?」
「だから、誠大は『掘り出し物件』ってこと」
「おお、それはそれは。高評価をありがとう。でもまぁ、恋人
ちょっと自虐ネタで、肩を竦めてみせた。
「んー、でも、まぁ、そういう時には、きっと、喜んでそんな『放り出し物件』を買いたいって、手を挙げる女の子はいると思うよ? 少なくとも、僕、一人は知っているし?」
「――マジで? 誰?」
「ふふふ。……それは秘密」
知らない間に僕ってモテていたりするのだろうか。
そんな視線とか感じたこと、無いけどな?
「もし、誠大が完全にフリーになったら教えてよ。――その時は、教えてあげる」
「お、……おう」
そう言う彼方の頬が、何故だ赤らんでいるように見えたのは、気のせいだろうか?
九条通りから小道に入り、僕らは校門へと差し掛かる。
校門へと十メートルくらいになったところで、彼方が足を止めた。
何かを見つけたように「あっ」と声を出して。
僕はその視線を先を追う。そこには見慣れたボブヘアの彼女が立っていた。
「三学期早々、彼女を放っておいて、別の女の子と登校しちゃう浮気者なのかしら? 私の彼氏は!?」
「――伊織」
そこには制服姿の伊織が、腰に手を当てて立っていた。
彼方は気まずそうに、僕の背中に姿を隠した。
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