15回戦 立-2

 ガチャ……、バタン。


 ボクは、我が家の玄関げんかんに入った。


 たてるのクツがある。


「(まさか……)」


 ボクは、廊下ろうかをリビングへと向かい、

ガチャ……とリビングと廊下ろうかを仕切るドアを開けた。




 パジャマ姿のたてるが、テーブルでスマホをいじっている。




「……」


 ボクもたてるも無言だ。


 バタン。


 ボクはそのままリビングのドアを閉め、自分の部屋へと着替きがえに向かった。




「(たてるが、りん聖剣せいけんを中断されて傷ついて、学校を休んだ……。

  それは、ボクの人生には関係ない……)」


 ボクは、制服から着替きがえながら思う。


「(関係ない……?

  ならどうして……、こんなにも悲しい気持ちになるのだろう……?)」


 ボクは、泣き出してしまいそうな自分の気持ちに気づいていた。




 着替きがえを終えたボクは、そのままベッドにうつせになってしまう。


 なみだまでは流れない。


 でも、とても悲しいのだ。


「(ボクより聖剣せいけんめぐまれているたてるが、

  こんなつまらないことでつまずいているから、

  悲しいのだろうか……?)」


 ボクは自分がどうして悲しいのか、考えていた。


「(ボクがたてるの立場だったら……。

  聖剣せいけんめぐまれているのに女の子に中断させられてしまったとしたら、

  たてると同じように傷ついたのだろうか……?)」


 ボクは、たてるの気持ちを何とか理解してあげたかった。


「(理解なんてされても、きっとたてる迷惑めいわくだろうな……。

  フフフ……)」


 ボクは、自分で自分をバカにした。


「(でも……)」


 ボクはベッドの上で寝返ねがえりをうち、仰向あおむけになる。


「(聖剣せいけんめぐまれたたてるは……、

  きっとフィクションの主人公になった気分だったんだろうな……)」


 ボクは、撲滅ぼくめつブレードの主人公である金太と、たてるを心の中で重ねた。


「(カッコイイ主人公……。

  才能にめぐまれた主人公……。

  努力が必ず報われる主人公……。

  挫折ざせつしそうになっても絶対にあきらめない主人公……。

  夢や目標を達成する主人公……。

  最後には必ず勝つ主人公……。

  女の子にモテモテな主人公……)」


 ボクは、都合の良い設定を並べてみる。


「(聖剣せいけんめぐまれたたてるはきっと、

  自分がそんな完璧かんぺきな主人公になれると、

  勘違かんちがいしてしまったんだ……)」


 ボクは思った。


 ボクが聖通せいつうした時に味わった、大きな挫折ざせつ


 そして絶望。


 それを今、たてるが味わっているのかもしれない。


「(けれど……)」


 ボクは、こうも思った。


「(『聖剣せいけんめぐまれていないボクの分まで頑張がんばれ』

  なんて言われても、

  たてるはげまされないし、きっと頑張がんばれないよな……)」


 ボクはベッドの上で寝返ねがえりをうち、再びうつせになる。


「(そう言えば、たてるの夢って何なんだろう……?)」


 ボクは思った。


「(子供が考えるような非現実的な夢じゃなくて、もっと現実的な

  将来なりたい職業とかやりたい仕事とかってあるのかな……?)」


 ボクはベッドにうつせになったまま、首をひねって考えてみる。


「(弟のことなのに、分かんないや……。

  ハハハ……)」


 ボクは、自分で自分を笑った。


「(考えてみれば、ボクはたてるの何を知っているのだろう……?)」


 ボクは、ふと疑問に思う。


 たてるには、今でこそ無視されているが、

それまではずっと仲が良く、

せいぜい子供のころにちょっとした口ゲンカをしたことがあるぐらいだった。


 暴力を使うケンカなんかした記憶きおくが無いし、

剣魔けんまの試合だってしたことが無かったのである。







○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~







たてるの夢って何?」


 夕食のおかずの棒棒鶏バンバンジーが用意されたテーブルに着くと、

ボクはおもむろにたてるたずねた。


「……」


 すでに夕食に手をつけていたたてるの返事は無い。


 モグモグと口を動かすのにいそがしそうだ。


 分かっていた。


「ボクは将来、剣士けんしになりたいんだ」


 ボクは、構わず続ける。


「!?

 ゲホッ!ゲホッ!」


 たてるが、ボクの不意打ちにんだ。


 これも分かっていた。


「(ボクの夢が一番現実的じゃない。

  そんなことは、ボク自身が一番よく分かっているんだ)」


「だからボク、明日から普通ふつうに部活行くよ。

 朝練も、夕練も」


 ボクはたてるの反応を気にせず、さらに続ける。


「無理だろ……。剣士けんしなんか……」


 たてるが口を開いた。


「『オレでさえ無理なのに』

 ってこと?」


 ボクはたてるに言う。


「!」


 たてるが、目を見開いてボクを見た。


「ボクは、たてるならボクなんかよりずっと立派な剣士けんしになれると信じてるよ?」


 ボクは、大きくうなずきながらたてるに言う。


 ウソではない。


 ボクは心の底から、

たてるなら自分なんかより素晴らしい剣士けんしになれると信じていた。


「ならねーよ!剣士けんしになんか!」


 たてるが強い口調で言う。


「やっぱりそっか……」


 ボクは言った。


「悲しいけど、たてるの夢は別にあるんだね……」


 これもウソではなかった。


 聖剣せいけんめぐまれている弟が、その聖剣せいけんを生かさない。


 それは、聖剣せいけんめぐまれていないボクにとって、とても悲しいことだ。


「お前に、オレが剣士けんしになるかどうかなんて、関係ねえだろ……」


 たてるは、声こそトーンをおさえたが、イラついている様子で言った。


「そうかもしれないね」


 ボクはうなずき、


「だから、ボクが剣士けんしを目指すのも関係ないかな?」

と続けてたずねる。


「それは……」


 たてる一瞬いっしゅん、言葉をまらせ、


「関係はねーよ……。

 関係はねーけど……。

 お前がカッコ悪いと弟のオレが迷惑めいわくと言うか……。

 世間体と言うか……」

と不満げに言った。


 普段ふだん無視しているボクに、

弁論でり回されているのが気に食わないのだろう。


「じゃあ勝負しようよ」


 ボクが言うと、


「!?」

たてるは、また目を見開いてボクを見た。


「明日の部活でボクとシングルスで勝負してよ。

 ボクが勝ったら、ボクは部活を続ける。

 たてるが勝ったら、ボクは部活を辞める」


 ボクは、勝手なことを言っていると分かりながら言う。


「なんだよそれ……。

 勝ってもオレに大してメリットねえじゃねえか……」


 たてるがもっともなことを言った。


「じゃあ勝負はしない?

 ボクの不戦勝ってこと?

 ボクが普通ふつうに部活に行っても構わないかな?」


 ボクは、わざとニコニコしながらたてるに言う。


「……そんなに現実見てえなら教えてやるよ」


 そう言うとたてるは、残りの夕食を口にバッと放りみ、

はしをテーブルにたたきつけるようにバシッ!とおいて、

勢いよくイスから立ち上がると、

口をモグモグと動かしながらリビングを出て行った。




「……母さん、ケンカは感心しないな」


 だまってテーブルに着いていた母さんが、ふいに口を開く。


「ケンカじゃないから大丈夫だいじょうぶだよ」


 ボクは母さんを見て、


「男と男の勝負ってやつ。ハハハ……」

と笑い、ようやく夕食の棒棒鶏バンバンジーに手をつけ始めた。




「(そう……。

  この勝負は、ボクにしかメリットが無い……)」


 ボクは夕食を食べながら思う。


「(ボクが勝ったら、ボクは好きな剣魔けんまが続けられる。

  そしてボクが負けたら、

  たてるがそのままスムーズに部活に復帰できるはず……。

  そしてボクは……、たてるにきっと勝てない……)」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る