60回戦 合宿-12

「メールしたろうから返信があったよ。

 いつもは1週間ぐらい平気で返信しないくせに」


 帰り支度をして玉木会館のエントランスに来たボクに、

志摩枝しまえさんが言った。


「!」


 言われたボクは目を見開いて志摩枝しまえさんをり返る。


 が、


「ただ、

 『黒い聖剣せいけんじゃないのか?』

 って言ってるんだけど……、何か知ってるかい?」

志摩枝しまえさんが首をかしげながら続けた。


「(こんさんのこと……!

  キングもきっとどこかであの動画を観たんだ……!)」


 ボクは思い、


「実は……、撞丁どうてい学園の中等部にそんな聖剣せいけんを使う選手がいるんです……。

 名前は『古館こん』さん……。

 その聖剣せいけんも、変形する能力を持っているようなんです……」

と言ってからくちびるめ、少しうつむく。


「なるほど……。

 そいつが全中にも出場してくるだろうってわけか……。

 強敵になりそうだね……」


 志摩枝しまえさんは、言いながらアゴに手をあてた。


「だが、お前さんのショットガンも強力な武器さ……!

 大丈夫だいじょうぶ、勝機はある……!」


 そう言うと志摩枝しまえさんは、

アゴにあてていた手でうつむいたボクのかたをパン!とたたき、


「……それで、ろうのメールなんだけど、

 『金色の聖剣せいけんを写真で見たい』

 とも言っててね。

 今ってもいいかい?」

と言ってスマホを取り出した。


「!

 は、はい!」


 ボクはあわてて、かたからけていたカバンを下ろす。


「こっちのかべのほうを背景にしてろうかね」


 志摩枝しまえさんが移動してエントランスのかべのほうを向いたので、

ボクはその正面まで回り込んで、ビュッ!と聖剣せいけんいた。


「えーと……、

 こ、こんな感じでいいでしょうか……?」


 あこがれのキングに送られる写真ということで、

ボクは無駄むだ髪型かみがたやポーズなんかも気にして、

聖剣せいけんを両手で持って縦に構えたり横に構えたりするが、


「ハハハ……。

 聖剣せいけんがしっかり写ってれば大丈夫だいじょうぶさ」

志摩枝しまえさんは笑いながら、あっさりパチリ!と撮影さつえいしてしまう。


「ついでにインランも交換こうかんしておこう。

 ろうから連絡れんらくが来たら報せるから」


 志摩枝しまえさんが提案してくれたので、

ボクと志摩枝しまえさんはインランのアカウント情報を交換こうかんした。




「お世話になりました!」


 エントランスを出た美安先生がり返って

深々と志摩枝しまえさんに頭を下げたので、


「お世話になりました!」

とボク達も大声で言いながらそろって頭を下げた。


 と、

頭を上げたボク達に志摩枝しまえさんがおもむろに、


「時間があるなら、裏のほうにある得露道えろどう神社でお参りしていきなよ?

 安産祈願きがんで有名な神社だが、必勝祈願きがん御利益ごりやくもある」

と言う。


「あら~?そうなんですか~?

 それじゃ~、せっかくだし行ってみましょうか~?」


 下井先生が言い、

ボク達は得露道えろどう神社にお参りしてから帰ることになった。







○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~







 長い石階段を登って鳥居をくぐると、得露道えろどう神社の境内だ。


 右手に手水舎があり、正面には2つ目の鳥居、そのおくには2体の狛犬こまいぬ

さらにおくには拝殿はいでん本殿ほんでんとのエリアを分ける『子満堂』と呼ばれる

お堂のような門がある。




 ボクが地元のテレビ番組で得た知識によると、

この得露道えろどう神社は安産や子孫繁栄はんえいに非常に強い御利益ごりやくがあり、

男性が女性をっこした状態で子満堂を通ると男の子に、

女性が男性をおんぶした状態で子満堂を通ると女の子にめぐまれる

といういわれがあるそうだ。


 また、得露道えろどう神社は神様の他に、

天狗てんぐまつっていることでも有名なめずらしい神社である。


 拝殿はいでんの一画に、天狗てんぐのお面や天狗てんぐの絵が置かれているのだ。


 その昔、この辺りの山には天狗てんぐが住んでいて、

農家から食べ物をぬすむ代わりに不思議な丸薬の入ったふくろを置いていった。


 その丸薬は身体の痛みによく効き、

整理ソート痛で苦しむ女性やケガ人に大変重宝されたという。


 そんな昔話の名残として、

得露道えろどう神社では天狗てんぐまつるようになったのだそうだ。




 手水舎で手と口を清め、拝殿はいでんまで向かったボク達はお参りをする。


「(優勝……、は無理でもせめて1回戦ぐらいは……)」


 ボクは目をつぶって手を合わせた状態でそこまで考えてから、


「(いや……!

  『本気で向き合う』そして『次は無い』と思わないと……!

  ボクは優勝したいです……!

  よろしくお願いします……!)」

と神様にお願いをした。







○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~







 お参りを終えてマイクロバスにボク達が乗りむと、

スマホを見ていた下井先生がふいに


「あら~、いやだわ~」


 と声を上げた


「どうしました?」


 美安先生が助手席から下井先生を見る。


「来る時にも寄ってきた清滴せいてきサービスエリアあったでしょ~?

 あそこの近くで玉突たまつき事故ですって~。

 大渋滞だいじゅうたいみたい~」


 下井先生は言いながらしぶい顔をしたが、


「でも得露道えろどう神社に行かずにそのまま帰ってたら、

 事故じゃなくても渋滞じゅうたいのほうに巻きまれてたかもね~?

 もう御利益ごりやくあったかしら~?

 フフフ~」

とすぐに表情をくずした。


「……で、どうします?

 時間はかかるかも知れませんが、一般いっぱん道で帰りますか?」


 美安先生は言いながら腕組うでぐみする。


「お昼は清滴せいてきサービスエリアのフードコートで済ませるつもりだったからね~……。

 一般いっぱん道のほうで、この大所帯で入れそうなお店の心当たりある~?」


 下井先生も腕組うでぐみして考えんだ。


「うーん……、私はちょっと分からないですね……。

 『フードコート』で検索けんさくしてみますか……」


 美安先生も言いながらスマホを取り出したが、


「この辺りなら海水浴場も近くてお店もあることだし、

 お昼過ぎてから出発することにするっていうのは~?

 それまでは自由時間ってことで~」


 下井先生が言いながらボク達のほうをり返った。


「え?いいんですか?」


 美安先生は首をかしげるが、下井先生は


志摩枝しまえさんは『覚悟かくごを決めろ』なんて言ってたけど~、

 まだまだ遊びたい盛りよ~?

 それに合宿で練習けだったぶん、

 休んだり羽をばしたりすることも必要よ~」


 下井先生がニッコリした。


「賛成!」


 茶渡さどさんが、すかさず大声を出すと、


「オレもオレも!せっかく水着あるし、泳ぎたい!」

たてるも賛成する。


「じゃあ決まりね~!

 14時にまたこのバスに集合ってことで~!

 荷物はバスに置いていってもいいわよ~!

 私も海のほうにいるからね~!」




 バスを降りたボクのところに、

たてる音呼ねこくんのグループ、絶とりんと頂さんのグループがそれぞれやってきた。


「兄貴も泳ぎに行く?」


 最初にたてるがボクに声をける。


 だがボクは、


「ちょっと行きたいところがあるから……。

 今回はやめとくよ」

とそれを断った。


「そっか。じゃあな」


 たてる音呼ねこくんと、

さらに馬薗まぞの茶渡さどさんとも連れ立って海水浴場のほうへ歩いて行く。


 と、絶が


「頂さんが日焼けあとが痛いそうだから、

 ボク達はその辺のコンビニかレストランで時間をつぶそうかと思ってたんだけど、

 ムロくんが行きたいところって?コンビニ?」

とボクにたずねた。


「いや、実はここなんだけど……、

 もし良かったら3人も行かない……?」


 ボクは、おずおずと絶、りん、頂さんに向けて自分のスマホの画面を見せる。

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