59回戦 合宿-11

「……」


 練習を終えたボク達の前で、

志摩枝しまえさんは腕組うでぐみをしたまま、かれこれ5分はだまったままだ。


 その両目はにらみつけているとまでは言わないが、

あまり肯定的こうてきてきな視線には見えない。


「……」


 ボク達もまた、うつむき加減でだまったままその視線にじっとえていた。


 と、ふいに志摩枝しまえさんが両目を閉じ、フゥ……とため息をつく。


「……お前達は悪くない生徒だ」


 志摩枝しまえさんは静かに口を開き、


朱印しゅいんと美安の教え子というのを差し引いても、

 トレーニングにしっかり付いて来る根性もあるし、

 技術を吸収するスピードにも目を見張るものがあるし、

 試合をするたびに工夫や改善をして強くなっているのが見ていて分かる。

 見込みこみのない生徒だったらこんなことは言わないよ」

と続けて再び両目を開いた。


 それを聞いた何人かは、ホッとした様子だ。


 少しばかり空気の緊張きんちょうが、ほぐれたのが分かる。


「一番良い線まで行ってたのはお前だね。

 何か言うことはあるかい?」


 志摩枝しまえさんは、言いながら絶を指差した。


 言われた絶は、


「はい……、そうですね……」

と少し考えむように返事をし、


「海中では水の抵抗ていこうが大きかったので、巨剣きょけんのボクの場合は聖剣せいけんるのではなく、

 き主体で戦えば良かったかなと……。

 あとは、き差しで素早く防御ぼうぎょするのが上手にできるようになれば、

 つかまることもなかったと思いました。

 もっと強くなってから、またやらせてもらいたいです」

と答える。


「……お前は何かあるかい?」


 志摩枝しまえさんが、次はりんを指差した。


「ワタクシは、相性の悪さというものを再認識しましたわ。

 海の中では火球はもちろん、爆発ばくはつも真空も役に立ちませんでしたから、

 火と風属性しか使えないワタクシが海の中でモンスターと戦うとしたら、

 夢路ゆめみち先輩せんぱいがやっていたようにえて海中でつかまって

 海の外に引きずり出すような戦い方をする必要がありそうですわ」


 りんが答えると、


「あ、それアタシも思いました」

と色葉選手もかたの辺りで挙手して、


「実戦だったら、前衛の剣士けんしに任せればいいかもしれないけど、

 今回みたいに1人で戦うんだったら、

 上半身にえてくっつけて海の外に出してから攻撃こうげきするしかないかなって」

と続ける。


「……お前も何かあるかい?」


 志摩枝しまえさんは、次に天賀選手を指差した。


「そうですね……。

 絶くんも言ってた通りき差しの練習がもっと必要だと思いました。

 自分はき差しが得意なほうだと思ってたんですが、

 『モンスターとの実戦となると練習の通りには行かないんだな』と……。

 なので、もっともっと練習します」


 天賀選手は言いながらくやしそうにうつむく。


「……お前はどうだい?」


 志摩枝しまえさんが、次にたてるを指差した。


「オレは……、

 まだその……、あんまりモンスターと戦ったことが無かったっつーか……」


 たてるはそこまで言って視線を下げると、少し口ごもる素振そぶりを見せ、


「……いや」

つぶやくように言うと、

視線をキッ!と上げて意を決したように


「正直、ビビって動けませんでした!

 なので、もっと精神面をきたえたいです!

 あと弱いモンスターとかで、なんつーか経験を積んで!

 そんで強くなってリベンジしたいと思っ……、思いました!」

と強い口調で言う。


「……お前は?」


 志摩枝しまえさんが、今度はボクを指差した。


「ボクは……」


 ボクは、そこまで言ってからその先を言うべきか迷い、


「ボクは……」

と再び言いながらうつむき、視線を自分の足元に向ける。


 だが、言わなければならない気がした。


「すみません……、ボクはみんなみたいに前向きなことは考えられませんでした……」


 ボクは、うつむいたまま言う。


「ボクは、『これがもし、だれかを助けなければいけない状況じょうきょうだったら?』

 と考えていました……」


 ボクは続けた。


「!」


 みんなが、ハッとしたようにボクに視線を集めたのが分かる。


「ボクは家の近所に出る弱いモンスターと戦った経験があったので、

 『きっと何とかできる』と戦う直前までは自信があったんです……。

 でも実際は全然ダメでした……。

 そしてズッコンにつかまった時に思ったんです……。

 『これがもし、だれかを助けなければいけない状況じょうきょうだったら?』……」


 ボクは泣きそうになるのを、こらえながら言う。


「ボクがもし、だれかを助けるつもりでズッコンに戦いをいどんでいたんだとしたら、

 結果的にボクだけじゃなく、助けようとしただれかも死んでいたと思います……。

 ボクはもしそうだったらと思うと……、とても……、

 とてもこわくなりました……。

 そして、とてもくやしくなりました……」


 ボクはそこまで言うと、思わず両手をにぎりしめた。


「……顔を上げな」


 志摩枝しまえさんが言ったので、ボクは足元に向けていた視線を上げる。


 志摩枝しまえさんの目つきはまだ厳しいままだったが、

口元は少し笑みをかべているようだ。


 だが、


「私はね。

 死体と話す趣味しゅみは、本当は無い」

志摩枝しまえさんは、腕組うでぐみしたまま厳しい口調で言った。


 ビクンとボクは、思わずふるえる。


 自分でも考えていたことだが、他人から言われると改めて思い知った気がした。


 今のボク達は、死体も同然だ。


 モンスターと戦って負けたら、死ぬことだって当たり前のようにあるのだから。


「だが、お前達は見込みこみがある生徒だ。

 だから質問しよう。

 お前達は、何となく漠然ばくぜんと『強くなりたい』と思ってないかい?」


 志摩枝しまえさんがたずねる。


「(ボクは……、漠然ばくぜんと……?

  いや……、ボクはプロの剣士けんしになりたくて……)」


 ボクは、頭の中で志摩枝しまえさんに言われたことの答えを探した。


「あるいは、強くなってプロの剣士けんし魔法まほう使いになることが目標かい?

 じゃあその先は?」


 志摩枝しまえさんが続けた。


「(!)」


 考えを読まれたような気がして、ボクは志摩枝しまえさんの視線に視線を合わせる。


「『生きたい』って本能がある。『生存本能』ってやつだ。

 自然界で言えば、勝ち負けは生きるか死ぬか。

 だから、生存本能に従えば負けたくないのが普通ふつうだ。

 つまり、だれだって強くなりたいんだ。

 そこまでは当たり前のことなんだよ」


 志摩枝しまえさんが言いながらボクを見つめ、続けて周りのみんな見渡みわたした。


「でもね。

 同じ負けでも死なないで済む負けもある。

 それが『げる』だ」


 志摩枝しまえさんが続ける。


「じゃあ問題だ。

 目の前でとても強いモンスターが人をおそおうとしているとしよう。

 この辺りだと例えばソウキュウが出ることがあるが、仮にそいつだとする。

 そして、近くにいるのは自分だけだ。

 さて、どうする?」


 志摩枝しまえさんが、言いながら再びみんな見渡みわたした。


「……」


 みんな緊張きんちょうしていくのが伝わってくる。


「海でソウキュウと戦って勝てるかい?

 ズッコンとバッコンにさえ負けたのに?

 じゃあ、負けて死ぬね。

 何なら助けようとした人もろとも死ぬよ」


 志摩枝しまえさんはそう言うと、フンッと鼻を鳴らし、


「それなら見捨ててげるかい?

 そうだね、それが正解さ。

 今のお前達ならな」

と続け、


「だけど、プロになったらそうは行かないよ?」

と言った。


「まさか、

 『自分はまだ弱いので、もっと強くなってから助けようと思ったんです』

 って見捨てて亡くなった人の遺族の前で言い訳するかい?」


 志摩枝しまえさんが、さらに言う。


「つまり、お前達オタマジャクシには、プロと呼ばれるカエルになるのに

 足りないものがあるんだ。

 1つ、常に本気で向き合うこと。

 1つ、常に最高のパフォーマンスを出すこと。

 1つ、『次』なんて無いものと思うこと。

 分かるかい?

 『覚悟かくご』ってやつが必要なんだ」


 志摩枝しまえさんが、言いながら指を折った。


「そして、玉木会館で口を酸っぱくして教えてることがある。

 1つ、できるだけチームで行動すること。

 1つ、それでも『げる』という選択肢せんたくしは選ばないこと」


 志摩枝しまえさんが、さらに指を折る。


「プロの世界は厳しいよ?

 私は、漠然ばくぜんとした『強くなりたい』で覚悟かくごも無くプロになり、

 大ケガしたり死んだりした人間をたくさん見てきた。

 それでも人を助けなきゃいけないんだ」


 志摩枝しまえさんが、再びみんな見渡みわたした。


「今のお前達は、覚悟かくごが無い上に、弱い。

 カエルになるなんて、プロなんて無理さ」


 志摩枝しまえさんは、キッパリと断言する。


 ボクは、厳しい現実というものをきつけられた気がした。


 だが、志摩枝しまえさんは、

 

 「……でもね」

と、さらに続ける。


「最初にも言った通り、お前達には見込みこみがある」


 志摩枝しまえさんは、そう言うとニッと笑って、


「反省、工夫、改善。

 今どきの言葉で言うならPDCAかい?大いに結構さ。

 あとは本番、ここ一番で実力をきちんと発揮できるように、

 常に最高のパフォーマンスが出せるように、これからしっかりきたえな。

 そして先へ行くんなら、プロになりたいんなら覚悟かくごを決めることだ。

 特に1、2年生。

 来年また来ることがあったら、その時にその成長ぶりを私に見せてご覧よ?

 期待して待っててやるさ」

と大きくうなずいた。


「!」


 ボク達も思わず笑みをこぼす。


「オラ!お前ら気をつけ!

 ……礼!」


 美安先生が声をけ、


「ありがとうございました!」

とボク達一同は、志摩枝しまえさんに大きく礼をした。

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