58回戦 合宿-10

 ズッコンとバッコンは、いずれも海に生息するイカに似たモンスターである。


 イカで言うと、コウイカと呼ばれるタイプと体の構造が近く、

近年まではコウイカの一部がモンスター化したものだと考えられていたが、

DNAが大きく異なっていたため実際は別の祖先から進化したものらしい。


 イカのように『触腕しょくわん』と呼ばれる長い2本のうでと、

それより短い8本のうでの計10本のうでを持ち、

触腕しょくわん胴体どうたい部分の長さを合わせた体長は50センチメートルから

大きい個体でも1メートル程度だと聞く。


 10本のうでの付け根の中心部分が口になっていて、

魚や甲殻こうかく類であればそれなりに大きい獲物えものでも捕食ほしょくするが、

人には滅多めったに危害を加えないのもイカと同じである。


 ただし、体色はズッコンもバッコンも灰色がかった色で、

イカとちがって墨袋すみぶくろを持たないためすみかないし、

うでには吸盤きゅうばんではなく細かいトゲのような物がたくさん生えているそうだ。


 また、ズッコンのほうは頭のような『外套膜がいとうまく』と呼ばれる部分の先端せんたんから、

非常にかたい『こう』と呼ばれる貝殻かいがら状の組織が角のように大きく露出ろしゅつしており、

発達したうででロケットのように泳いでそのこうを勢いよくぶつけて敵を攻撃こうげきする点、

バッコンのほうは食道にあたる部分の筋肉が非常に発達しており、

水鉄砲みずでっぽうのように口から大量の水を勢いよくき出して敵を攻撃こうげきする点が異なる。


 ちなみに、『モンスター』あるいは『魔物まもの』としょうされる生物の定義を

『人をおそうかどうか』であると勘違かんちがいしている人がいるかもしれないが、

実はそれは誤りだ。


 以前、聖剣せいけんは『イクスカリウム』という物質で構成されていると説明したが、

このイクスカリウムにれると激しく反応して、

損傷や劣化れっかを起こしてしまうタンパク質がいくつか存在するのである。


 そのようなタンパク質で体組織のほとんどが構成されていて、

聖剣せいけんによる攻撃こうげきで深くダメージを受ける生物の総称そうしょう


 それが『モンスター』あるいは『魔物まもの』と定義されているのだ。


 このため、人には滅多めったに危害を加えない

ズッコンとバッコンのようなモンスターも中には存在するのである。


 逆に言えば、魔物まものはらう聖なる力を持つ物質で構成されていることから、

聖剣せいけんは聖なるけんしょうされるようになったというわけだ。


 また、魔法まほうの4大属性である火水風土において、

水属性にはそれほど物理的な威力いりょくが無いにもかかわらず、

『なぜ剣魔けんまでは攻撃こうげきとして認められるのか?』

と疑問に思う人もいるかもしれない。


 実はこの理由にもイクスカリウムが関係している。


 イクスカリウムは魔力まりょく合体ジョイントされると

その魔力まりょくけ出すようにイオン化することが知られているのだが、

火属性や風属性ではあまりイオン化せず、

逆に水属性や土属性ではイオン化しやすい傾向けいこうがあるのだ。


 つまり、モンスターに対する効果に差が出るのである。


 イクスカリウムイオンが多量にふくまれる水属性や土属性を帯びた聖剣せいけん

直接攻撃こうげき射聖ショットを受けたモンスターの体組織は、

強い炎症えんしょうを起こしたりただれたりするわけだ。


 このため物理的な威力いりょくがそれほど出ない水属性や土属性でも、

合体ジョイントすればモンスターに大きなダメージを与えることが期待できる。


 もちろん、物理的な威力いりょくでは火属性や風属性が上なため、

そちらであってもモンスターを倒すことは可能だ。


 水属性が攻撃こうげきとして認められるもう1つの理由としては、

特に毛皮を持つモンスターの中に、

水にれることそのものをきらう種が多いということが挙げられる。


 これらの理由から、『水属性は魔物まものはらうのに効果的である』

という考え方が古来から東洋、西洋を問わず存在し、

その延長として剣魔けんまにおいても有効な攻撃こうげきと見なされているわけだ。




煮干にぼしのにおいのする今のお前は、格好のエサだと思われる」


 志摩枝しまえさんがストップウォッチを取り出して言うと、


「ルールは、ズッコンまたはバッコンを殺すか、2分以上げ切れば勝ちだ。

 逆にうでつかまって10秒以上げられなければ負けだよ。

 美安、10秒経ったら合図するから重属性で双方そうほうの動きを止めな」

と続けた。


 それを聞いた美安先生は、


「はい!」

と返事をして前に出て来る。


 そして、ぼりの管理人さんがほりにいるボクの対角にあたる位置に

ズッコンの入ったあみを持ったまま移動した。


「!」


 ボクは急いで聖剣せいけんをビュッ!といて両手で身体の正面に構える。


「用意……、始めっ!」


 志摩枝しまえさんが言うと同時に、管理人さんがあみを逆さまにした。


 ボチャーン!という音を立てて、ズッコンがほりの中に落っこちる。


「(……えっ!?)」


 落下したズッコンの動きを見定めようとその姿を追っていたボクの視界から、

あっという間にズッコンが消えた。


 ボクはあわてて視点をズッコンの居た辺りから自分の手前の海面に移動し、

ボクに向かって来ているであろうズッコンの姿を探す。


 次の瞬間しゅんかん、ゴーン!という強い衝撃しょうげきがボクの左スネの辺りに走った。


「うっ!?」


 ズッコンに体当たりされたのだ。


 ボクは足払あしばらいされたかのようにバランスをくずすが、

下半身は海中なので何とかたおれずに済む。


 と、

すぐにゴーン!という強い衝撃しょうげきが今度は右のこしの辺りに走った。


「がはっ!?」


 バランスを崩していたボクは、左前方にされた形で海面にたおれそうになる。


 その視界の右端みぎはしを灰色のかげがギュン!と通り過ぎた。


「(動きがものすごく素早い……!

  それに海面に光が反射してるから見失うんだ……!

  それなら、むしろこのまま……!)」


 そう思うとボクは、ザブーン!とえてそのまま海中にたおんだ。


 ボコボコ…と頭のプロテクターに水がどんどん流れんで来るが、

んだ海水の中は海面から見下ろしていた時より遠くまで見渡みわたすことができる。


「(やっぱり……!

  このほうがクリアに見える……!

  これなら……!)」


 ボクは前傾ぜんけいした姿勢で、先ほど灰色のかげが泳いで行った方向を見た。


「(居た……!)」


 灰色のかげは、ズッコンはすでに方向転換てんかんして

ボクにギュンギュンとせまって来ている。


 ボクは反射的に聖剣せいけんを動かしてガードしようとした。


 が、それより先にズッコンがギュン!とボクの目前にせまると、

ゴーン!とそのまま体当たりする。


「(ぐぁっ!?)」


 強い衝撃しょうげきでボクの首と上半身はのけ反ったようになってしまい、

ゴボッ!とボクは思わず息をき出した。


 水の抵抗ていこうのせいで聖剣せいけんが素早く動かせず、

間に合わなかったのだ。


「(くっ……!?)」


 続けてボクの右肩みぎかたの後ろにズシッとした重みが乗っかり、

動かそうとしていたボクの右腕みぎうでが引っ張られるように止まる。


「(しまった……!?

  つかまった……!?)」


 ボクが首を右に向けると、ボクの二のうでに長く伸びたズッコンのうで

何本もからみついているのが目に入る。


 ボクは体勢を立て直しながら、

海底に何とか再び両足を着き、立ち上がった。


 ザバッ!


 だが、海面から出してもズッコンのうでの力はまったくゆるむ気配が無い。


「(マズい……!

  負ける……!)」


 ボクは必死に考えをめぐらせ、ひらめいた。


 バッ!とボクは左手だけで聖剣せいけんを持ち、

首の後ろに左腕ひだりうでを回してズッコンの身体にググッ!と聖剣せいけんし当てる。


 孫の手で背中をくようなイメージだ。


 左手だけではボクの重たい聖剣せいけんをまともにることはできないが、

それでも何とかできる範囲はんいの苦肉の策である。


「(聖剣せいけんに弱いモンスターなら、

  これで皮膚ひふにダメージを受けるはず……!)」


 グリグリ……!とボクが聖剣せいけんを強くし当てると、


「ギギィー!」

とズッコンが悲鳴のような鳴き声を上げる。


 ズッコンのうでめも若干ゆるんできているようだ。


「(いける……!)」


 だが、ボクがズッコンをはらうよりも先に、

ズシンッ!とさらなる重みが急にボクの全身をおそう。


「ギッ!?」


 ズッコンもおどろいたようにボクをつかまえていたうではなして

ボチャーン!と海中に落下した。


「そこまでだよ」


 志摩枝しまえさんが言う。


「(美安先生の重属性魔法まほう……!)」


 ボクはガクッと顔をせる。


 重属性魔法まほうによる重みのせいばかりではない。


「お前の負けだ。ほりから上がりな」


 志摩枝しまえさんが、顔をせたままのボクに声をけた。




 ボクに続いて練習を受けた絶も、

ズッコンに何とか海中で1回聖剣せいけんをぶつけてはいたが、残念ながらそこまでだった。


 りんも、たてるも、天賀選手も、色葉選手も。


 ボク達は、だれ一人としてズッコンとバッコンに勝つことはできず、

最後の練習が終了しゅうりょうした。

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