61回戦 合宿-13

「へー、

 『ケンサキイカは外套膜がいとうまくのエンペラの長さが半分くらいまである。

  スルメイカはケンサキイカと比べてエンペラの長さが短い。

  ヤリイカはエンペラの長さはケンサキイカと同じく半分くらいだが、

  ケンサキイカと比べて触腕しょくわんの長さが短い』

 だってさ」


 絶が水槽すいそうの横にり出されているパネルの説明を読み上げると、


「『エンペラ』って?」


 頂さんが絶にたずねる。


「頭みたいな部分にある三角形のビラビラしたやつのことらしいよ」


 絶はそれに、パネルのイカの絵を指差して答えた。


「じゃあ、この子はヤリイカかな?」


 頂さんが、言いながら水槽すいそうの手前側を泳いでいた1ぴきのイカに顔を近づける。


「たぶんそうだね。

 この3種類は『ツツイカ』って呼ばれるタイプだから、

 ズッコン、バッコンみたいな見た目の『コウイカ』とはちょっとちがうんだ」


 絶はそう答えながら、自分でも納得したように首をうんうんと動かした。


「そうなんだ。

 フフフ、面白ーい」


 頂さんは、水槽すそうおくのほうもながめてニコニコする。


「……なかなか良い雰囲気ふんいきですわね」


 そんな2人の様子を2、3歩引いた位置から見守っていたりんが、

右隣みぎどなりのボクに顔を向けて小声でささやくように言いながら、

ボクとつないでいる右手にギュッと軽く力を入れた。


「う……、うん……」


 ボクは、手をつないでいることにかなりドキドキしながらそれに返事をする。




 『佐雄さお市ブルー館』。


 海水浴場からほど近いこの大型施設しせつは、いわゆる水族館だ。


 館内には各種の魚類やイカやタコ、あるいはウミガメなんかの他に、

めずらしいところではマンボウ、マンタ、チンアナゴ、クリオネ、

ヒトデの仲間であるカワテブクロなど、

数々の海の生き物やモンスターの一部なんかも展示されている。


 また屋外部分には、大きな水槽すいそうを中心にしたスタジアムのような建物があり、

イルカ、あるいはオットセイやセイウチが芸をするショーが行われるそうだ。


 そう。


 海水浴場には過去にも訪れたことがあるボクであるが、

このブルー館には今まで一度も足を運んだことがなかったのだ。


 館内は夏休み中なのもあってか、

幼稚園ようちえんからボク達と同じ中学生ぐらいまでの家族連れを中心に大いににぎわっている。


 だが実は、ボクの目的は展示やショーそのものばかりではなかった。




「あ!あっちの大きな水槽すいそうではマグロがたくさん泳いでる!」


「ホントだ!すごく速ーい!もっと近くで見よう!」


 絶と頂さんは、楽しげに話しながらどんどん進んでいくので、

ボクとりんも追いつかない程度の距離きょりを保ちながらその後ろを歩く。


「(これは、さそってから気づいたこととはいえ、

  もしかしなくても『ダブルデート』というやつかなあ……?)」


 ボクは思いながら、りんつないでいる手をチラリと見て頭をかいた。


 県中総体の時に思わずりんの手をにぎってしまったことがある手前、

断ることもできなかったわけであるが、

それにしてもりんはボクなんかといやな顔もせずに、

むしろボクの反応を見て楽しんでる風にずっと手をつないでいるのだ。


 そしてそんなボクのもう1つのドキドキの原因は、

こんな美少女と一緒いっしょに歩いているボクに対する周りの視線である。


 『本能兄妹』と言えば、以前にも話した通り

その知名度は若者が中心とはいえ全国区レベルと言っていい。


 おまけに剣魔けんまのことを除いても、ちょうが付くほどの美少年と美少女なのだ。


 今は2人共、そのあたりに配慮はいりょして地味目の伊達だてメガネをかけ、

絶に至っては野球ぼうのようなキャップまでかぶってはいるものの、

その美オーラを完全に消すには至っていない。


 頂さんのほうは気づいているのかいないのか定かではないが、

絶あるいはりんを見た人が、次にその連れである頂さんやボクを見て、

『なんでこんな組み合わせ?』

という冷ややかな視線にスンと切りわるのを、

すでにボクは少なくとも3回ほど察知していた。


 うまく言葉にはできないが、申し訳ない感じの気持ちでいっぱいである。


 美男美女と付き合うともなれば、

そういう覚悟かくごのようなものが必要になるのかもしれない。


 ボクが変なあせをかきながらそんなことを思っていると、


「こっちはアワビだってー!食べたことないけどおいしいのかな!?」


 頂さんが、水槽すいそうのぞんで大声を出している。


「ボクは食べたことあるけど、そのままだと意外とおいしくないよ。

 バター乗せて焼いたやつはおいしかったけど」


 絶も頂さんのとなり水槽すいそうのぞみながら言った。


「へー、すごい!さすが絶くん!」


 頂さんが再び大声を出す。


 どうやらボクのような心労よりも、

絶と一緒いっしょに遊んでいるという事実によるうれしさのほうで、

すっかり有頂天になっていそうだ。


 と、そんな2人をながめるボクのとなりを同じく歩いていたりんが、

ふいにグイッとボクの手を引っ張ってくる。


「?」


 ボクはりんのほうをり向いた。


「かわいいですわね……」


 りんは、別の水槽すいそうのほうを見つめながらつぶやくように言う。


 りん肩越かたごしにボクも見ると、その水槽すいそうには

プクーッと丸く体をふくらませながらもトゲトゲとしたフォルムを持った魚、

ハリセンボンが泳いでいた。


「あ、ホントだ。かわいいね」


 ボクはりん相槌あいづちを打ちながら、


「(トゲがあるとはいえ、

  ハリセンボンもりんにとっては『丸い物』のカテゴリーってことかー……)」

と、何だかみょうに親近感のようなものをいだく。


 ボクはそのまま、りんと共にしばらくハリセンボンの水槽すいそうながめていた。







○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~







 お昼に差しかり、ボク、りん、絶、頂さんの4人は

ブルー館内のフードコートのようなエリアで昼食にする。


 ボクは、天カスのたくさん乗ったぶっかけうどん。


 絶は、ちゃんぽん。


 りんは、わかめうどん。


 頂さんは、『合宿中ちょっと食べ過ぎちゃったから……』と言って、

肉まんとあんまん。


 ついでに、うどん屋さんでいなり寿司ずしが売っていたので、

それも買って分けて食べることにした。


「さてと……」


 ボクはそうつぶやきながら、

食事に手をつける前におもむろにスマホを取り出すと、

Wi-Fiをオンにする。


「あら?もしや……」


 りんが、そんなボクの様子を見て言った。


 そう。


 なんとこのエリアでは、フリーWi-Fiが使えるのだ。


 これが、ボクがここに来た目的の1つ。


「これでようやくダウンロードできるよ。ハハハ……」


 ボクはりんのほうを見て笑った。


 ボクはこの合宿中ずっと、スマホゲームである

撲滅ぼくめつブレード ~金太!まわれ名物!~』がプレイしたくて仕方なかったのである。


「ホホホ……、ではダウンロードとインストールをしている間に、

 今週の撲滅ぼくめつブレードをご一緒いっしょ視聴しちょうしませんこと?」


 りんは言いながら、自分のスマホでネットリのアプリを起動した。


「あ!そっか!昨日だもんね!」


 うっかりしていた。


 ネットリで撲滅ぼくめつブレードのアニメが配信される曜日をすっかり忘れていたとは。


 だがりんとなり一緒いっしょに好きなアニメを楽しめるというのは、

正直に言ってうれしい誤算というやつである。


 絶と頂さんが学校の授業の話や今回の合宿の話をしているのを尻目しりめに、

ボクとりんかたを並べて今週の撲滅ぼくめつブレードを

周りの迷惑にならない程度の音量で視聴しちょうしながら、


「金太の新しいモード!?」


「『賢者けんじゃモード』!?そう来ますのね!?」


「なるほど!頭が良くなったから、弱点に気づいたんだ!」

と大いに盛り上がった。







○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~







「おもしろかったね!」


「オットセイとセイウチって頭良いんだねー!

 あんな風にマラカスを音楽に合わせて鳴らせるなんて!」


 ショーの感想を絶と頂さんが楽しげに話している後ろで、

ボクとりん


「もしかして、あのオットセイとセイウチも『賢者けんじゃモード』を……。フフフ……」


「だから頭が良いんですのね……。ホホホ……」

と、同士のように会話を楽しむ。


 時刻はもうすぐ集合時刻の14時ということで、

ボク達はその足で最後にブルー館のお土産ショップへと向かった。


 ショップには、海の生き物のデザインのTシャツやぬいぐるみ。


 食べ物では、同じく海の生き物の形をしたクッキー。


 あるいは南国の海をイメージしてなのか、ちんすこうやマンゴーゼリー。


 それから、佐雄さおコーチンの卵を使ったプリンやシュークリームなどが売っていた。


 ボクはプリンやシュークリームを横目でながめつつ、

スマホで起動したままにしている撲滅ぼくめつブレードのゲーム画面のほうに視線を移して、


りんが『佐雄さおコーチン』のこと知ってたのって、もしかしてこのゲームで見たから?」

たずねた。


 そう。


 位置情報ゲームである『~金太!まわれ名物!~』では、

GPSで連携れんけいしたデバイスのある地域にちなんで、

さまざまな名物や料理がアイテムとして登場するのだ。


 そして、現在いるここ佐雄さお市のアイテムは、

なんと『佐雄さおコーチンの親子どん』だったのである。


「お気づきになりましたか……。ホホホ……」


 りんは楽しげに口元をおさえて笑っていたが、

ふとショップの中の一画に目を留めるとハッと目を見開き、


「ム……、ムロさん……!

 あちらをご覧になって……!」

と指差した。


 ボクは、その指の先のほうへくるりとり向く。


 そこにあったのは、タイアップ商品のコーナー。


 漫画まんがやアニメ、あるいはインランのスタンプから火が付いた人気キャラクターと

タイアップした商品が並んでいた。


 そしてその中でもりんがしっかと見つめているのは、

何をかくそう『撲滅ぼくめつブレード』の商品。


 『ぎっしりあんこ入り』と書かれた『金太まんじゅう』に、

『国産じゃがいも使用』と書かれた『エインチップス』、

さらにキャラクターのアクリルキーホルダーと

アクリルメモスタンドが売られていたのである。


「エインの……!エインのアクキーは……!?

 もう売り切れているようですわね……」


 早い。


 りんがあっという間に移動した。


 しかし、どうやらりんの推しであるエインをはじめ、

金太など主要キャラクターのアクキーはすでに売り切れていたらしく、

あからさまに落胆らくたんの色を見せている。


「……でしたらワタクシ、このエインチップスを買いますわ」


 気を取り直したりんがエインチップスを1つ手に取った。


「あら……?

 この銀色のふくろに入ったカードのような物は何でしょう……?」


 エインチップスを手に取ったりんが、

その裏側にり付けられた銀色の四角いふくろに気づき、しげしげとながめる。


「それ、『~金太!まわれ名物!~』の

 ゴールデンオーブがもらえるアイテムコードらしいんだよね。

 しかも数量限定とはいえ、普通ふつうに課金するより割安なんだって」


 移動したりんにようやく追いついたボクが、後ろから声をけた。


 そう。


 実は、これこそがボクがブルー館にやって来た真の目的。


 合宿中の昨日、

スマホを一時的に返してもらった消灯前のわずかな時間に、

ボクがネットで調べることができた『~金太!まわれ名物!~』の情報である。


 ゲームのリリースを記念して、

各地の行楽施設しせつ娯楽施設ごらくしせつ、テーマパークなどで、

この撲滅ぼくめつブレードのタイアップ商品が売り出されており、

さらにそれにはゲームのガチャを回すためのアイテムコードが付属してくるというわけだ。


「まあ!

 でしたらたくさん買わなければ!」


 りんはそう言いながら、自分の財布を開いてのぞむが、


「……と言いたいところですが、今は手持ちがあまりございませんでしたわ。

 買えるのはこれ1つです」

と再びあからさまに落胆らくたんした様子になり、

持っていたエインチップスを軽く持ち上げた。


「ねえねえ、じゃあボクがこっち買ってりんにプレゼントするよ」


 ボクは、金太まんじゅうを1つ手に取っていたが、

エインのアクメスタンドがまだ売り切れていないことに気づいて、

それも手に取った。


「え……?いいんですの……?

 エインチップスの倍のお値段ですわよ………?」


 りんが、遠慮えんりょがちな、申し訳なさそうな視線をボクに送る。


「うん。なんか記念として形の残る物が欲しいなって。

 りんと……、その……、は……、初めての……、さ……」


 ボクは言おうとしたセリフが途中とちゅうずかしくなってしまい、

そこで思わず言葉を切って顔をせた。


「あ……、はい……」


 りんも察したらしく、同じように顔をせるが、


「か……、買う商品が決まりましたし……、お会計に参りましょう……」

と、ボクの手を取って一緒いっしょにレジへと向かう。




 会計を済ませたボクが、


「それじゃあ……、これどうぞ……」

とアクメスタンドをりんわたすと、


「ありがとうございます……。大事にいたしますわ……」

と受け取ったりんは、

アクメスタンドをギュッと胸にきしめるようにしながらそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る