62回戦 全中-1

「間もなくー、瀬伊せいー、瀬伊せいー。お出口は、右側です」


 車内アナウンスが目的地への到着とうちゃくを告げ、

電車は瀬伊せい駅のホームへとすべむ。


 ボク、絶、りん、引率の美安先生は、

それぞれ荷物を持って電車を降りた。


 そう。


 玉木会館での合宿を終えてから、早1週間。


 本番である全国大会、

全中の開催かいさいが、いよいよ明日にせまったのである。


 しかし、旅費の関係からか、

福上市にある矢理鎮やりちん国際空港から飛行機で移動というわけにはいかず、

ボク達は福上市の西にある瀬伊せい市まで女狐筋めこすじ線の電車で移動し、

そこから新幹線『ゆめぼし』に乗りえるのだ。


 『なぜ県庁所在地である尾茂羅おもら市ではなく、瀬伊せい市を通るルートなのか?』

というのはボクも疑問に思って父さんにたずねたことがあるが、父さんも

『当時の市長が新幹線の延伸えんしんに反対で、すったもんだがあったらしい』

ということしか知らなかった。


 『ドリームスター』の愛称あいしょうでも親しまれるゆめぼしには、

およそ2時間ほど乗車する。


 目的地は、『波津台はつたい県、助駒すけこま市』。


 その西側にある『助駒すけこま市営剣魔けんま競技場』という

プロの試合も行われることがあるほど巨大きょだいな競技場が、

今年の剣魔けんまの全中の舞台ぶたいだ。


 日程は、1日目が剣士けんしシングルスと魔法まほうシングルス、

2日目がミックスダブルス、

3日目と4日目が団体戦である。


 前日の今日は、美安先生が探してくれたという

競技場近くのホテルまで移動してそこにまり、

明日からの全中に備えるというわけだ。


 下井先生と、副部長である頂さんをはじめとした部員のみんなのほうは、

残っていつも通りの部活をしているはずである。




「美安先生?

 ゆめぼしへの乗りえまでに、お弁当を買う時間ございましたわよね?」


 先を行く美安先生に、ふいにりんが声をける。


「ん?ああ。

 ゆめぼしの出発時刻まで20分ぐらいあるから買って来ても大丈夫だいじょうぶだぞ。」


 美安先生は、首だけこちらをり返ってそれに答えた。


「お兄様、ムロさん、ご一緒いっしょに買いに行きませんこと?」


 りんが言う。


 ボクは、お弁当のほうは母さんから持たされていたが、


「あー、そうだね。

 飲み物を余分に買っておきたいから付いて行こうかな」

とうなずき、

絶とりんと連れ立って、駅の売店へと向かった。


「どれもおいしそうですわね」


 りんは売店に並んでいる駅弁のサンプルを見て、目をかがやかせている。


りんて、駅弁が好きなの?」


 ボクは、よく冷えた麦茶を売店の冷蔵庫から取り出しながらりんたずねた。


「はい。

 旅先だと何だか特別な感じがするのもあって、大好きなんですの」


 りんは答え、


「ただ、明日から試合があることを考えますと、

 消化の悪い肉類はけたほうが良いですわね……。

 この幕の内弁当は、魚がメインのようですからこれにいたしますわ」

と続けながら幕の内弁当を手に取る。


「そうだね。

 ボクもそれにしようかな」


 絶もそれにうなずき、同じく幕の内弁当を手に取った。




 ボク達は会計を済ませてホームへと向かい、美安先生と合流する。


と、ちょうどそこへボク達が乗車するゆめぼしが、

静かながらもどこか地響じひびきのような力強さを感じさせる

ゴオオオ……という音を立てながら到着した。


「ゆめぼしって、ボクと同じで名前に『夢』って入ってるから、

 何だか好きなんだよね。

 ……と言っても乗るのも生で見るのも初めてなんだけど」


 ボクは、初めて見るゆめぼしを前に、

その側面にえがかれた流れ星のようなマークを見つめてつぶやくように言う。


「ゆめぼしにあやかって、ボク達も全国優勝の夢をつかめるといいなあ……」


 絶もそれに応えるように、しみじみとした感じで言った。


つかむんですよ。ワタクシ達には、その力がありますわ」


 りんが自信ありげにうなずく。


「そうだぞ。出るからには優勝だ」


 美安先生も言うと、ボク達はゆめぼしへと乗りんだ。




 ゆめぼしの座席は、2人けの席の列で

美安先生と絶が前の席、その後ろにペアであるボクとりんが座る形である。


「2時間も乗るからひまかもしれないが、あんまりるなよ?

 1日目は開会式もあって朝早いから、

 夜にれなくなると試合にひびくぞ」


 美安先生が、座席に着いたボク達に声を掛けた。


「はい。大丈夫です」


「承知しましたわ」


 絶とりんがそれに返事をする。


 そういう意味では、ボクはまだ気楽な立場のはずだ。


 ボクの出番であるミックスダブルスは、初日ではなく2日目なのだから。


 だが、


「絶とりんはさ……、

 その……、緊張きんちょうしないの……?」

と、ボクは不安になってたずねる。




 県中総体の時は、電気属性でやられてしまった絶のこともあり、

緊張きんちょうという気持ちはどこかにき飛んでいたので大丈夫だいじょうぶだったが、

今回は全国なのだ。


 全中には、各都道府県の大会で優勝と準優勝を果たした選手達と、

同じく上位に入った中で運営側に推薦枠すいせんわくとして招待された選手達が参加する。


 敵選手の強さもさることながら、

その応援おうえんや観戦にやって来る人々の規模もかなりのものだろうし、

何なら新聞、雑誌、テレビなんかの取材までやって来るかもしれない。


 まだ試合会場どころかホテルにすら着いていないのに、

まるで走り出したゆめぼしの上がる速度に比例するように、

ボクの精神状態はおだやかとは言い難くなりつつあった。




緊張きんちょうしてるよ」


緊張きんちょうしてますわよ」


 ボクをり返った絶とりんが、さらりと答える。


「えっ!?そうなの!?」


 ボクはおどろいた。


 少なくとも見かけ上は、

2人ともいつもと変わらない様子だったからだ。


「全中では、魔法まほうシングルスも2ゲーム先取制になって

 勝手がいくらか変わりますし、緊張きんちょうしていないと言えばウソになりますわ」


 りんが言うと、


「相手もきっと強い選手達ばかりだからね。

 簡単には勝てないと思うし」


 絶も言いながらうなずいた。


「ええ……?

 じゃあ、どうして2人共そんなに普通ふつうそうにしてるの……?」


 ボクはたずねる。


「うーん……、

 ボク達の両親からの受け売りになるけど、

 考え方を変えることかなあ……」


 絶はアゴに手を当てた。


「ですわね」


 りんもうなずく。


「それはつまり……?」


 ボクは、絶とりんの顔を交互こうごに見た。


「『自分のベストをくせないで負けちゃったら、きっとものすごくくやしいぞ』

 って考えるというか……」


 絶が言うと、りん


「そうですわね。

 『負けてもいいから、ベストをくす』

 という考え方です」

と口をそろえた。


「……なるほど」


 それを聞いたボクは理解する。


 それはまさに、ボク自身が県中総体の決勝で思い至ったこと、

あるいは玉木会館の合宿中に志摩枝しまえさんが言っていた

『常に最高のパフォーマンスを出すこと』という考え方に通じるものだ。


『負けたくない。

 勝ちたい。

 そのためにはベストをくさなければならない。』

という順番で考えるのではなく、


『ベストをくすことができれば負けてもいい。

 しかし、きっとベストをくせば勝てるだろう』

と考えるわけだ。


「それに、県中総体の時や合宿の時にも思っていたことですが、

 ムロさんは逆境にお強いというか、

 追いめられても力を発揮なさるタイプですから、

 ワタクシそんなに心配しておりませんわ」


 りんがボクを見つめてニコリとすると、絶も


「そうだね。ボクもそう思う。

 もっと自信を持ちなよ」

とニコニコして言った。


「えっ……?そうかなあ……?

 そうだといいけど……」


 ボクは2人に言われて、頭をかく。


 自分ではそんな自覚は全く無いからだ。


 だが、現実に

ボクはこうして全中に出場するわけだし、

少なくともミックスダブルスの試合では絶にも引けを取らないことも事実である。


「(自信を持つ……。ベストをくす………)」


 ボクは座席に座ったまま腕組うでぐみをして、

自己暗示でもかけるかのようにその2つの言葉を頭の中でり返した。


 と、そんなボクの様子を気にしたのか、りん


緊張きんちょうを解くためにはリラックスすることも大切ですわ。

 ムロさんはお家でお1人の時は何をなさっておいでですの?」

たずねる。


「えっ?

 うーん、そうだなあ……。

 聖剣せいけんが金色になってからは素振すぶりしてることが多いんだけど、

 さすがにゆめぼしの車内じゃ……」


 ボクは言いながら、周りを軽く見回し、


「……あとは、『金太!まわれ名物!』をプレイしてるか、

 月刊プレイ剣魔けんまデラックスを読んでるか、……ぐらい?」

と続けて首を軽くかしげた。


「いいですわね。

 でしたらご一緒いっしょに『金太!まわれ名物!』で遊びましょう」


 りんは、そう言うとスマホを取り出す。


「えっ、いいの?」


 ボクはたずねた。


「絶とりんほどの選手ともなると、

 『試合前には静かに集中したい』なんてこともあるんじゃ……」

とボクはさらに言いかけるが、りん


「ワタクシもプレイしたいから問題ございませんわ。

 せっかくゆめぼしに乗って大移動するんですから、

 むしろプレイしないと損ですわよ」

と楽しげに答える。


「ボクも適当にネット見たり音楽いたりしてるし気にしなくていいよー」


 絶も言うので、ボクもスマホを取り出した。




 ボクとりんは、そのまま


「ゆめぼし速すぎ!

 駅をビュービュー飛ばして走るから、名物が全然拾えない!」


「でもマップはすごい速さでまっていきますわよ!

 目的地を次の停車駅の辺りにうまく設定しさえすれば……」

と、

ゆめぼしにられながらゲームを楽しんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る