21回戦 体育祭-2

 いよいよ大トリのクラス対抗たいこうリレーがやって来た。


 2年生のボク達の前に、1年生のレースが終わる。


 1年生のレースは、2組と3組がトップを争う展開だった。


 最終的には、

赤組の3組、白組の2組、赤組の1組、白組の4組

という着順。


 リードしていた白組が、赤組にやや追いつかれてしまった形だ。


 2年生と3年生も負けると、赤組に逆転を許してしまうだろう。


 続いてのレースは、2年生だ。


 ボク達2年4組の走順は、

江口えぐち、絶、ボク、下仁田

の順である。


 絶と下仁田の息が合わないのか、

練習でバトンパスが全くうまくいかず、

この形に落ち着いたわけだが、

ボクには荷が重すぎる責任重大なポジションを任されてしまった感が否めない。


 第1走者や、アンカーが無理なのは当然だが、

アンカーにバトンをつなぐ第3走者がボクなんかでいいのかと、

非常に不安なわけである。


 だが当然のごとく、そんなボクの不安なんてよそに、

パ ァ ン !

とピストルの音が鳴らされた。


 レース開始である。


 スタートから、いきなり赤組の1組が飛び出した。


 2番手は同じく赤組の3組。


 白組である我が4組の江口えぐちと同じく白組の2組は、

やや出遅でおくれて3番手を争っている。


 なお、クラス対抗たいこうリレーは、

トラック1周のおよそ400メートルをそれぞれの走者が走る形だ。


 トラックを半周した辺りで、

江口えぐちと2組がやや3組に追いついただろうか?


 たが、順位は変わらず、

1組、3組、4組、2組

の順であり、

そのままの状態を維持いじして

第2走者へと次々にバトンがわたっていった。


 と、

我が4組の絶が、

バトンを受け取るとすぐに猛烈もうれつな追い上げを開始した。


 最初からクライマックスと言わんばかりに、スパートをかけているのだ。


 観客席からもワーワー!と大きな歓声かんせいが上がる。


 トラックを半周した辺りで、

2番手の3組に並び、そのままき去る。


 かと思われたが、

つんのめるように絶は体勢をくずして、一瞬いっしゅん減速した。


「(ヒジ打ち……!)」


 3組のラフプレーだ。


 絶は3組を追う位置のまま、

1組、3組、4組、2組

の順で、第3走者のボク達のところへせまってくる。




 いや、あるいはわざとではないのかもしれない。


 それに、しょせんは中学校の体育祭だ。


 審判しんぱんもいなければ、教師達だって何も言わない。


 でもボクの心は、

ボクの全身はサウナにでも入ったかのようにカッカッと熱くなっていた。




 何度も練習したスムーズな流れで絶からバトンを受け取ると、

全力疾走しっそうを開始する。


 ペース配分など、一切考えない。


 トラックを半周する前に3組に並ぶと、

そのままき去り、

1組のすぐ後ろの位置までつけた。


 じりじりと1組との差を縮めながら、

残りの半周を走って、走って、走る。


 ほとんど1組と並んだところで、下仁田にバトンタッチした。


 下仁田も同じ気持ちだったらしい。


 絶やボクと同様に、最初から大きなストロークで飛ばす飛ばす。


 第1コーナーに入る前に1組をくと、

そのストロークを維持いじしたまま進み、

2位以下を少しずつき放した。


 トラックを半周した辺りで、

他のクラスもスパートをかけ始めたが、

もうおそい。


 リードを維持いじしたまま下仁田が最終コーナーを曲がり、

ゴールテープまでそのまま走りけた。


 着順は、

白組の4組、赤組の1組、赤組の3組、白組の2組。


 ボク達の勝利だ。




「ムロくん!」


「ムロ!」


 絶と江口えぐちけ寄って来た。


 前かがみでまだハアハアと息を整えていたボクも体を起こすと、

2人と並んで下仁田のところへけて行く。


 下仁田は、観客席に向かって右拳みぎこぶしを大きくき上げていたが、

ボク達に気づくと両手をバンザイするように上げる。


 ハイタッチだ。


 江口えぐち、絶がノリノリで応じようと両手を上げるので、

ボクも両手を上げる。


 下仁田は、

江口えぐち、絶、ボクの順に、

パン!パン!パン!とハイタッチを交わすと、

なぜかそのままボクにきついてきた。


「(えっ!?なんで!?)」


 ボクはたじろぐが、絶と江口えぐちまでボクと下仁田を囲んできついてくる。


「すげーぞ!ムロ!下仁田!」


 江口えぐちがボクと下仁田のかたをバシバシたたきながら大声を出す。


「うん!ホントにすごかったよ!特にムロくん!」


 絶まで大声を出した。


「そ、そんなこと……ないよ……」


 ボクはまだハアハア言っていたが、何とかそう言う。


「3年生のレースが始まるから~、真ん中で座ってなさ~い!」


 体育教師でもある下井先生が、

ボクらをはじめとする走り終わった2年生に声をけてくる。


 ボクは、


「み、みんな行こう?」

と何とか3人のうでりほどきながら言い、

トラックの真ん中のほうへと3人をうながした。




 ボク達が座ると、ちょうど

パ ァ ン !

とピストルの音が鳴らされ、

3年生のレースがスタートする。




 3年生のレースは、1組と2組がきつかれつトップを争う

という展開に終始した。


 最終的には、

赤組の1組、白組の2組、白組の4組、赤組の3組

という着順。




 この結果、白組と赤組の点差は、

ギリギリで白組がリードを守り切り、

今回の体育祭は白組の勝利となった。


 ボク達2年4組がリレーで1位だったことで、

逆転されずに済んだ形だ。




 クラスの応援おうえん席にボク達4人がもどると、

クラスメイト達がボク達を拍手はくしゅ歓声かんせいむかえてくれた。


「やったなお前ら!」


「お前らすげーぞ!」


 男子達も益垣ますがき先生も興奮気味だ。


みんな、カッコ良かったー!」


「ホントホント!」


 クラスの女子達も口々にキャーキャー言う。


 と、下仁田に1人の女子が近づいて来た。


 野球部のマネージャーの1人である、上野口さんだ。


 容姿が大人びていて、ボクのクラスのヒロイン的な存在である。


 今年の1年生の中には、

彼女かのじょを目当てに野球部に入ったという男子も少なくないそうだ。


 その上野口さんが、


「下仁田くんすごかったわ!」

とおもむろに下仁田にきついた。


「!?」


 きつかれた下仁田のほうは目を見開く。


 と、次の瞬間しゅんかん

ビュッ!と下仁田の右手に聖剣せいけんかれた。




 一瞬いっしゅんの静止。




「えっ!?」


 上野口さんが、おどろいて飛びのく。


 クラスメイト達も目を丸くした後、ハハハ……!と笑い出した。


「下仁田ー!

 お前、発起してんなよー!ハハハ……!」


 江口えぐちが笑いながら、下仁田にヤジを飛ばす。




 聖剣せいけんは、男性の本能や感情に忠実だ。


 なので、持ち主の気持ちが急にたかぶったりすると、

無意識にかれてしまうことがあるのである。


 それを『発起』と呼ぶのだ。


 下仁田も多くの野球部員と同様、上野口さんに好意を寄せているので、

このような事態も仕方ないというところであろう。




 当の下仁田はというと、真っ赤になって大慌おおあわてだ。


「や、やべえ!

 閉会式すぐあるよな!?」

と、聖剣せいけんを手に右往左往する。




 というのも、発起で無意識にかれてしまった聖剣せいけんは、

自分の意志ですぐになえることができないのだ。


 そして聖剣せいけんは、自分の身体から遠くまではなすこともできない。


 地面に放置したりしてはなれても、一定距離きょりになると、

引っ張られるように着いて来るのだ。


 身体の内側から出てくる自分の分身のような物なので、

当然と言えば当然である。


 このためか、剣魔けんまの試合でも、

聖剣せいけんを投げつけるのはルールで禁止されている。




「お前ら、今ドーム持って来てないのか!?」


 益垣ますがき先生がクラスの男子を見渡みわたして、さけぶように言った。


「あっ!

 ボク持ってます!」


 ボクは、体操服のおしり側にあるポケットから、

折りたたまれたこんのドームを取り出した。




 聖剣せいけんを無闇にくと、法律違反いはんなことは以前にもれたが、

聖剣せいけんが本人の意志とは関係なく発起でかれてしまうことは、

けられない事態だ。


 そんな時のために、

聖剣せいけんをしまっておく専用のさやふくろのような物が商品化されていて、

男性は大人も子供もそれを携帯けいたいしているのだ。


 聖剣せいけんの形は人によって様々な上、

変聖期へんせいきのある中高生などは形状が変わってしまう場合も多いし、

折りたたんでおけて持ち運びしてもかさばらないので、

多くの人はふくろのほうを使っている。


 ふくろと言っても、聖剣せいけん先端せんたんれても破れにくい特殊とくしゅなシリコンゴム製で、

色んな形の聖剣せいけんに合うように、かなりの伸縮しんしゅく性があるし、

カラーバリエーションも豊富である。


 ショルダーバッグみたいにかたから下げられるよう、

ヒモなんかも付いていて、

聖剣せいけんを入れた状態の持ち運びも楽ちんだ。


 これをおおいになぞらえて『ドーム』とか、

その材質から『ゴム』などと呼ぶ。


 ウチの中学をはじめ、

中学や高校では学校側から男子生徒にこのドームが配られることが多く、

ボクも正甲中せいこうちゅうで配られたドームを持っていたのだ。


 ウチの学校のは、こんのドームというわけである。




「か、貸して貸して!」


 下仁田がボクにけ寄って来たので、ボクはこんのドームを差し出す。


 下仁田はこんのドームをひったくるように受け取ると、

いそいそと自分の聖剣せいけんかぶせ、

頭をドームのヒモにくぐらせてかたに担いだ。


「ムロくん、ありがとう!

 ウチの部員がはじかかないで済んだわ!

 ウフフ!」

と上野口さんがボクに向かって言った。


「サンキューな!ムロ!」

と下仁田もホッと胸をなでおろしたように言う。


 ボクはそれを聞いて頭をかきながら、


「いやあ……、たまたまだよ……」

と言った。


「(まあ、本当にたまたま持っていたわけじゃなくて、

  ボクが万が一にも発起しちゃうと、

  体育祭にやってきた大勢の観客の前で

  あの半球状の聖剣せいけんを見られてしまうことになるから……。

  それがいやで念のためポケットに持っていたわけだけど……)」

とボクは思った。


 正直には言えなかった。







○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~







 体育祭の閉会式も特に問題なく終わり、ボク達は一旦いったん教室にもどる。


「マジに助かった!」


 発起が収まった下仁田が、こんのドームをボクに返してくれた。


「いえいえ……」


 ボクは受け取ったドームを、体操服のおしり側にあるポケットになえる。


 と、

益垣ますがき先生が、何やら段ボール箱をかかえて教室にやって来て、

教卓きょうたくにドスッ!と置いた。


「お前らぁ!今日はよく頑張がんばったなぁ!先生もうれしいぞぉ!

 これはささやかだが、

 ご褒美ほうびつかれを残さないための、

 オレからのプレゼントだぁ!」

益垣ますがき先生が、その段ボール箱を開封かいふうする。


 『レッドヴァイパー』。


 いわゆる、滋養強壮きょうそうドリンクというやつだ。


 クラスの皆から、


「オオー!」

歓声かんせいが上がる。


「1人1本ずつだぞぉ!」

益垣ますがき先生が、かんに入ったそれを教室の先頭のそれぞれの席に置いていくと、

みんなはそれを順に後ろの席に回していった。


「じゃあ、かんぱーい!」

益垣ますがき先生がカシュッ!とかんを開け、

率先して飲み始める。


 クラスのみんなもカシュッ!カシュッ!とかんを開け、

それにならって飲み始めた。


 ボクもカシュッ!とかんを開け、ゴックンと飲んでみる。


「(苦い……)」


 なんだかドロリとした食感で、

あまさもあるのだが、

のどりつくような苦みが残る味だ。


 嬉々ききとして飲んだクラスの面々も、口々に


「うえー……」


「おいしくなーい……」

と言い、険しい表情になる。


「これが効くんだよぉ!

 大人の味ってやつだぁ!

 先生がしこしこ働いてかせいだ少ない賃金でおごってやってるんだから、

 感謝しろ感謝ぁ!」

益垣ますがき先生はニヤニヤして言い、


「そうそう!

 今日のMVPは、

 本能と木石と下仁田だなぁ!

 みんな拍手はくしゅぅ!」

と飲み終わったかんを置いて、パチパチと拍手はくしゅしだした。


 クラスのみんなも、それにつられるようにパチパチと拍手はくしゅをする。


 ボクと下仁田は、照れくさくて頭をかく。


 絶のほうは、


「いえいえ!みんなも全力をくしてましたよ!

 白組が勝てたのは、1人1人が全力をくしたおかげです!」

と、ボク達のクラスの応援旗おうえんきになぞらえてなのか、

優等生的なコメントを言った。


 ハハハ……!とクラスのみんなは笑う。


「(いじめられていたボクが、

  こんな風にクラスで受け入れられる日がまた来るなんて……)」

とボクは思っていた。

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