22回戦 新人戦-1

 6月になって最初の土曜日。


 天気は快晴。


 今日、福上市総合運動公園にぞろぞろとやって来たのは、

正甲中せいこうちゅう剣魔けんま部の1、2年生達と、

引率を務める顧問こもんの下井先生と美安先生だ。


 いよいよ、剣魔けんまの新人戦の日がやって来たのである。


 他の中学の生徒や先生達も続々と集まって来ており、

総合運動公園の剣魔けんまのエリアに整然と並んだアースの周りでは、

シートや荷物を使って各校が陣取じんとりをしていた。


 ボク達も、下井先生の先導で適当な場所に

大きなブルーシートをいて陣取じんどると、

試合中にプロテクターの胸と背中にり付ける

名前とシリアルナンバーがプリントされた大会用のゼッケンを各自が受け取る。


 そして大会要項ようこう、日程などの書かれている

数枚のA4サイズの紙がホッチキス止めされた大会のしおりで、

どこのアースの第何試合に自分達の試合や審判しんぱんが割り当てられているかを

各自が確認していく。


 確認した結果、

すぐに試合が有る者はウォーミングアップに、

第1試合の審判しんぱんに割り当てられている者は大会本部のほうに向かい、

すぐには試合も審判しんぱんも無い者は、思い思いに過ごし始める。


 ボクはというと、すぐに試合が入るスケジュールだったので、

たてるや他の部員達と共にウォーミングアップに向かった。


 会場が総合運動公園ということもあって広いので、

その一画を使って準備体操をしたり、ランニングをしたり、

いつも部活の最初にやっているラダーを使った基本動作をしたりして、

いつも通りに動けるように身体を温めるというわけである。


 絶、りんは昨年の実績もあるため、シングルスはなんと第1シード。


 今大会の優勝候補ということだ。


 シードは1回戦が免除めんじょなので、

最初の試合は後ろのほうに入るスケジュールになる。


 ボクもミックスダブルスのほうはりんとペアなので、

第16シードという位置だった。


 そう。


 なんとボクは、正式にりんとペアになったわけである。


「(シングルスはともかく、

  ダブルスのほうはりんの足を引っ張らないように頑張がんばらなくちゃ……!)」


 ボクは準備体操をしながら思う。


 ボクは早起きがつらくて、今までの大会だと、

特に最初の試合は若干コンディションというか体調が良くないことが多かった。


 しかし今日は、朝練を始めた影響えいきょうが大きいのか、悪くない。


 むしろ頭も身体も調子が良いくらいである。


「(それに……!)」


 ボクは空をにらむように見つめながら思う。


「(せっかくりんが、風属性の魔法まほうをボクのために覚えてくれたんだ……!)」

 

 ボクは、いつも以上に気合いが入っていた。







○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~







 体育祭が終わった翌々日、つまり4日前のことである。


 いつものように朝練に向かうボク達の前で、りんが興奮気味に、


「ついに整理ソートが来たんですの!

 朝練で風魔法まほうを覚えましょう!」

と教えてくれた。


 だがボクは、


「えっ……?

 大丈夫だいじょうぶなの……?

 大会まで残り4日しかないけど……?」

と心配してたずねた。




 整理ソートは個人差もあるが、

1週間ぐらい体調をくずす人もめずらしくないからだ。




 だがりんは、


「ああ……。

 ワタクシでしたら大丈夫だいじょうぶですから……。

 そんなにお気になさらず……。

 オホホ……」

と笑って、少し顔をせただけだった。




 その日の朝練は、新人戦が近いのもあって、

試合形式の練習がメインだった。


「最初はシングルスやっていくわよ~。

 その次にミックスダブルスの練習ね~」

と下井先生が言うので、

ボクはシングルスの練習に入る前に、りんのところへと向かった。


 シングルスで先に魔法まほうを使用してしまうと、

その魔法まほうが固定化されてしまうためだ。


「どんな風魔法まほう覚えるか、もう決めてるの?」


 ボクはりんたずねる。




 というのも、風属性は火属性のように単純な攻撃こうげき魔法まほうばかりではないからだ。


 レベル1の風魔法まほうというのは、本当にただの風で、

風圧による行動制限が主目的と見なされ、

剣魔けんまでは当ててもポイントと判定されない。


 レベル2からは、強風の他に真空り出す魔法まほうがあり、

そちらであればポイントとは見なされるのだが、

火属性のレベル2の火球とちがって、たまのように飛ばすことができない。


 真空遠距離えんきょりに飛ばすことができるようになるのは、レベル3の風魔法まほうからだ。


 ただし、聖剣せいけん合体ジョイントする場合は例外で、

風属性を合体ジョイントできれば、

レベル1程度しか魔力まりょく挿入インサートしていなくとも、

聖剣が真空を帯び、

それをそのまま射聖ショットでも飛ばして攻撃こうげきすることが可能である。


 またレベル3の強風の魔法まほうであれば、

猛烈もうれつな台風ぐらいの強さの風になり、

中学生ぐらいの体格ならば体勢をくずしたり転ばせたりすることもできる。


 それを使えば、

魔法まほう射聖ショット弾道だんどうを変えたりするだけでなく、

味方の剣士けんし攻撃こうげき回避かいひしやすいように援護えんごしたり、

あわよくば相手をアース場外に向けて転ばせてそれによる失点をねらったり、

という作戦も考えられるのだ。


 実際、プロ選手の試合なんか観ていても、

目の前に強風をかせて自分や相手の弾道だんどうを乱す戦法や、

相手に良いポジションを取らせないように強風で妨害ぼうがいする戦法を使って、

上位に食いんでいる風属性使いの選手は多い。


 つまり風属性は、

単純なそのままの攻撃こうげきで考えると他の属性に比べて燃費が悪く、

代わりに補助的な使い方ができるという位置づけになる

テクニカルな属性なわけである。




「レベル3の強風3つと、レベル3の真空5つにするつもりですわ」


 りんが答えた。


「(3×3=9に……、3×5=15……、んん……!?)」


 ボクは計算して目を見開く。


「それじゃあ、りんの器量の3分の1以上も風属性になっちゃう計算じゃないか!?

 真空だけでも……、4分の1も!?」


 ボクはおどろいてさけんだ。


「(りんが60以上もの高い器量を持っていて、

  いくらそれが時間経過で多少は回復すると言っても、

  今まで使い慣れていた火属性が3分の2以下しか使えなくなったら、

  絶対に試合に影響えいきょうが出る!)」


 ボクは、そう考えたのだ。


 だがりんすずしい顔で、


「シングルスでも、もちろんダブルスでも、

 これから勝ち続けて行くためにはけられない選択でしてよ」

かみをかき上げるようにしながら言う。


「それに」


 りんは空をにらむような顔をして言葉を続け、


「ムロさんのかわいい聖剣せいけんだって、

 立派な聖剣せいけんなんだって知らしめたいですから」

と言うと、ボクにニッコリ笑いかけた。




 そして、本当にレベル3の強風3つと、レベル3の真空5つを覚えてしまった。




 ボクは、


『ダブルスでボクの聖剣せいけんに風属性を合体ジョイントするだけなら、

 レベル1が8つもあれば足りるから、

 多くても8だろう』

と思っていた自分をじた。


 なぐりたいとさえ思って、

その日の朝練が終わった後トイレまで行き、

両手をグーにして自分の両頬りょうほほはさむようにして

同時に思いっ切りなぐってやった。


 りんほどの実力がある魔法まほう使いが、

カッコつけたり遊びだったりで、こんな選択せんたくはしない。


 りんなりに、本気で勝つことを考えて選択せんたくしたということである。


 それもシングルスだけではなく、

ボクと組むダブルスでも勝ち続けると宣言したのだ。







○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~







「(これで勝たなきゃ、

  『男がすたる』ってやつだろう……!)」


 ボクは、ウォーミングアップのランニングをしながら、

心を燃やしていた。

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