23回戦 新人戦-2

 ランニングを終えて基本動作を始めたボクのところに、

おもむろにたてるが近づいて来た。


「あのさ兄貴……、ちょっといい……?」


 どこか不安げな表情だ。


「(……あっ!そっか!)」


 ボクは、すっかり忘れていた。


 たてるをはじめ、1年生にとっては初めての大会なのだ。


「(緊張きんちょうもしてるだろうし、

  大会の勝手も分からないにちがいない……)」


 ボクは思い至ると、


たてるは、ボクと同じで1回戦から試合だったね。

 第3アースの2試合目で、

 その前にある第3アースの1試合目は女子シングルス。

 だから、そっちの試合はすぐ終わっちゃうかも。

 新人戦はちゃんとした開会式みたいなものは無いから、

 最初の試合が始まるのは9時になったらすぐ。

 だから、9時ちょっと過ぎたら準備が終わって、

 『いつでも第3アースに向かえる』

 ぐらいの感覚で準備しておくといいよ。

 9時15分じゃちょっとおそすぎるかもだから」

と、できるだけゆっくりはっきり伝える。


 ボク自身の試合スケジュールの他に、

たてる、絶、りんの試合も応援したかったので、

大体のスケジュールを把握はあくしていたのだ。


「おお……!」

たてるが感激したような声を出し、

プロテクターのわきの部分にある隙間すきまから

スマホを取り出して、


「えーと……、第3アースの第2試合ね……。

 そんで9時……、と……」

といじりだす。


 今ボクが言ったことをメモして、

時計でアラームもセットしたらしい。


「……んで、第3アースってどこ?」


 たてるが言う。


 ボクは、


「ハハハ……!

 初めて来た場所だし、分かんないよね!」

と、去年の自分を思い出しながら笑って言った。


 去年は、今の部長である鬼頭先輩きとうせんぱいに色々と教わったものである。


 ボクはキョロキョロと辺りを見回して、

ちょうど近くにあった

総合運動公園内の大きな地図がえがかれている看板を見つけると、

その前までたてるうながして、


「白いテントも張ってあった大きな建物がアースの近くにあったでしょ?

 あれが大会本部で、その位置がこの四角形だね。

 で、そこから近いアースから順に、第1、第2、第3、第4。

 だから、この列は第5から第8、この列は第9から第12、この列は第13から第16

 って並んでるわけだね。

 で、ボク達の正甲中せいこうちゅうがさっきブルーシートで陣取じんどったのが、

 第4アースと第8アースの間のこの辺り。

 って感じで、伝わるかな?」

たてるに地図を指で示しながら説明してあげる。


 と、


「へー!そうなんですね!

 ありがとうございます先輩せんぱい!」

と後ろから別の声がした。


 ボクとたてるり返ると、陰舞かげまいや宇目さん達もボクの説明を聞いていた。


「(下井先生と美安先生って、そういうところあんまり気が利かないからなあ……。

  生徒の自主性を尊重してるとかかもだけど……)」

とボクは思いつつ、


「自分の試合のスケジュール、まだよく分かんないって人いるよね?

 一回、正甲中せいこうちゅうのシートのところまでもどって、しおり確認しようか?

 1年生は多分、りん以外はすぐ試合が入るスケジュールだろうし。

 あと、迷子になったり、試合開始におくれたりしないように、

 持ってる人はスマホを必ず持ち歩くこと」

みんな見渡みわたして言い、もどることにした。







○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~







 ボクの予想は的中していた。


 1年生のほとんどは、

自分の試合が何時ごろから開始するかも、

どのアースで試合があるのかも把握はあくできていなかった。


「(初めての大会で、試合会場にいたのに棄権きけんなんて事態になるところだった……!

  危ない……!)」


 ボクは胸をなでおろした。


 図らずも先輩せんぱいらしい行動をしてしまったボクは、

下井先生から


夢路ゆめみちク~ン。

 やっぱり部活に復活してもらって正解だったわね~」

とおめの言葉をいただいた。







○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~







 さて、時刻は9時を15分ほど過ぎた。


 ボクのシングルス1回戦の試合である。


 対戦相手は、草楼そうろうという名前の1年生らしき選手だ。


 ボクがアースに入ると、

草楼そうろう選手は、すでにその聖剣せいけんを、

片刃かたばの長い包丁のような形状で、

あまり太くはなく、

やや左に曲がった聖剣せいけんいていて、

準備万端ばんたんといった面持ちである。


 アースの真ん中の『*』マークの辺りで、

ボクと草楼そうろう選手は、


「よろしくお願いします」

握手あくしゅを交わす。


 握手あくしゅが終わると、

ボクと草楼そうろう選手は頭にプロテクターをかぶりながら、

それぞれアースの対角のすみにあるスタンバイエリアに

小走りに移動していく。


 スタンバイエリアまで移動して、

くるりと草楼そうろう選手に向き直ると、

ボクはハァー……!という深いため息のような息をついてから、

スゥー……!と大きく息を吸いむ。


 この後に起こるであろう事態に対処するためだ。


「(冷静に……。冷静に……)」


 そう念じるように考えながらボクは、刀をくようにビュッ!と聖剣せいけんく。




 一瞬いっしゅんの静止。




 ゲホッ!ゲホッ!と草楼そうろう選手と審判しんぱんが、ボクの聖剣せいけんを見てむせた。


 周りの観客も、ザワザワクスクスとしだす。




 『コードバイオレーション』。


 テニスにもあるルールだが、

相手に対して悪口やあおりなどのような、

紳士しんし的・非淑女しゅくじょ的な行為をするのはルール違反いはんで、

剣魔けんまにおいても場合によっては失点としてあつかわれたりする。


 なので、選手も、審判しんぱんも、観客だって、

表向きはボクの聖剣せいけんに何も言わない。


 何も言わないが、この反応である。


 同じ正甲中せいこうちゅう剣魔けんま部員は、

もはや1年生も含めて見慣れてしまっているので大丈夫だいじょうぶだが、

ボクの半球状の聖剣せいけんを初見の人は、必ず何かしらのリアクションをする。


 そんなリアクションや悪口には、

何度も経験したボクだって傷つくし、おこるのだ。


 ボクが大会に出場する時は、

そんな反応や悪口への対策として、

いつも以上に心を落ち着ける必要がある。


 万が一、悪口を言われても、いつものように怒鳴どなり散らさず、

コードバイオレーションを審判しんぱんに主張できるぐらいの冷静さが必要ということだ。


 冷静沈着ちんちゃく


 あるいは泰然自若たいぜんじじゃくとでも言うのだろうか?


 緊張きんちょうとはまた別の、ボクだけのハンデみたいなものである。




 だが、


「ムロさーん!

 今日の聖剣せいけんも、とってもかわいいですわよー!」

さけぶ声があった。


 当然だが、りんの声だ。


「ムロくーん!頑張がんばれー!」


 絶もいる。


 ボクは観客席のほうをり返って2人の姿を見つけ、

聖剣せいけんを持っている右手を持ち上げて、

2人に向かって軽くって見せた。


 観客の中には、そのやり取りを見て

ハッハッハッ……!

爆笑ばくしょうしだした者さえいる。


 だが、そんな反応ももう気にならなくなった。


 悪口を言われたって、もう平気かもしれない。


「(ボクはここに居ていいんだ……!)」


 神にでも許されたかのような気分だった。


 ボクは、草楼そうろう選手に向き直って、その顔をキッと見つめる。


 ピー!と審判しんぱんがホイッスルを鳴らした。


 試合スタートである。

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