49回戦 合宿-1

「(あの時の夢だ……)」


 ボクは海を、砂浜すなはまに向かって必死にバシャバシャと泳いでいた。


 後ろをチラリと見ると、

縦に並んだ2つの背ビレが海面からき出していて、

すごいスピードでボクを追いかけて来ている。


 『ソウキュウ』と呼ばれる、シャチに似た大きな肉食のモンスターだ。


 ようやく海底に足が付いた、というところで、

ボクはソウキュウに追いつかれ、

強烈きょうれつな体当たりをドォーン!と食らって

ザパァン!と転倒てんとうしてしまう。


 海中でガボガボもがくボク。


 ぐるりと素早く旋回せんかいしたソウキュウが、

そんなボクのあしに大きな口を開けてらいつこうとする。


 その寸前、

ザバッ!ドスゥン!

とソウキュウの頭に何かが降ってきた。


 人だ。


 大きな聖剣せいけんを真下に向けて構えた男性が飛びかり、

ソウキュウの頭を深々とつらぬいたのである。


 ソウキュウは、しばしの間バッシャ!バッシャ!と

身体をよじるようにして激しくもがいていたが、

やがて動かなくなった。




大丈夫だいじょうぶかい?」


 ソウキュウが完全に動かなくなったことを確認した男性が、

半ば呆然ぼうぜんと海面から顔を出していたボクに手を差しべる。


 当時、国内最強で『キング』の2つ名で呼ばれていながら、

剣魔けんま競技を電撃でんげき引退したばかりの

玉木浪たまきろう』元選手その人の歴戦の勇者を思わせる顔がそこにはあった。


「(なんてカッコイイんだろう……!

  ボクも、こんなカッコイイ剣士けんしになりたい……!)」


 あの時のボクと今のボクの気持ちがシンクロする。




 車から伝わるガタガタとしたれで、ボクは目を覚ました。


 窓の外には、人でごった返す海水浴場が見えてきている。


「あー……、ちゃってた……。

 もうすぐ到着とうちゃくか……」


 ボクは軽くびをして、独り言をつぶやく。


「そのようですわね」


 ボクのとなりの席で、

スマホに視線を落としていたりんが、

こちらをチラリと見てそれに相槌あいづちを打つと、

再びスマホに視線を落とす。


 ボクが今いるのは、マイクロバスと呼ばれる

20名程度が乗車可能な小型のバスの中である。


 運転しているのは下井先生で、助手席にいるのは美安先生だ。


 その後方の座席には、

ボクをふくめた剣魔けんま部の新レギュラーが乗っている。


 その顔ぶれは、

元々レギュラーだった絶、りん、頂さん、申清、相武さん、

元補欠だったボク、

そして新たに加わった馬薗まぞの、そのペアで2年生の茶渡さどさん、

さらになんとたてる音呼ねこくんの10名だ。


 1、2年生全体の新人戦と中総体の結果を見て、

下井先生によって選出されたわけだが、

以前言っていた通り3年生の引退と同時にレギュラーになれたことに、

たてる自身もボクもかなりおどろいていた。


 しかし、こんなメンバーがマイクロバスに乗って、

わざわざ海水浴をしに来たというわけではない。


 福上市のとなりとなりにあるここ佐雄さお市は、

大きな海水浴場があるのもさることながら、

一部の剣魔けんま選手にとっては聖地とも呼べる場所なのである。


 先ほどボクが見ていた夢。


 あれは、ここ佐雄さお市の海水浴場で、

当時まだ小学1年生だったボクが実際に体験した出来事だ。


 そしてその夢に出てきたキング玉木の生家にあたるのが、

今まさにマイクロバスが向かっている佐雄さお市内の『玉木会館』。


 空手や剣道けんどう柔道じゅうどうなどでいうところの道場にあたる、

剣魔けんまクラブである。


 ボク達はそこへ、まりみで合宿をするために

向かっているところというわけだ。


 バスの車内は、ペア同士で座っているのもあって、

なかなか盛り上がっている。


 特にたてる音呼ねこくんの席の辺りからは、

たてるの大きな笑い声がひっきりなしにしてきていた。


「それにしても、

 美安先生が玉木会館に所属してたなんてすごいよね?」


 ボクはとなりに座るりんに話しかける。




 今回の合宿は、絶、りんそしてボクが全中に出場するということで、

美安先生が古巣の玉木会館の館長にかなり無理を言って

実現したことだと聞いていた。


 玉木会館と言えば、キング玉木が現役だったころには、

剣魔けんま競技やモンスター討伐とうばつの将来を背負う

まさに金の卵と呼べる中学生から大学生ぐらいまでの逸材いつざい達が、

実に100名近く所属していたはずである。


 キング玉木が剣魔けんまを引退して久しいとはいえ、

今も多数のプロを輩出はいしゅつしている名門中の名門クラブなのだ。




 りんはスマホから顔を上げると、


「そうですわね。

 聞いたところによると、

 美安先生も最初はそのままプロになるつもりだったそうですわ。

 『どうして教師の道を選んで今に至るのか?』

 というところまでは聞けませんでしたけれど……」

と軽く首をかしげる。


「へー、そうなんだ……。

 ……あれ?

 それって撲滅ぼくめつブレード?」


 ボクはりんのスマホの画面を見てたずねた。


 金太のようなキャラクターが画面内で走っているのが見えたからだ。


「はい。

 『撲滅ぼくめつブレード ~金太!まわれ名物!~』

 でしてよ。

 GPSと連動した、いわゆる位置情報ゲームというやつですわ」


 りんはスマホを軽く持ち上げて画面を見せてくれた。


 確かに、現在いる付近の地図を俯瞰ふかんしたようなフィールドを、

金太がマイクロバスの動きに合わせて走っている。


「ああー。

 CMやってたよね?

 もうリリースされてたんだ?

 面白い?」


 ボクはうなずきながらたずねた。


「ええ。

 昨日の夕方にリリースされたばかりですわ。

 今はミュートにしておりますが、

 ほとんどフルボイスでキャラクターがしゃべりますので、

 アニメのファンならやっておいて損はないと思いますわよ?

 基本無料ですし」


 りんはニコリとして、やや饒舌じょうぜつになり、


「モードも、

 キャラクターのカードを育てつつ原作をなぞる『ストーリーモード』、

 同じくカードを育てつつ各地の名物を集める『漫歩まんぽモード』、

 育てたキャラクターで近くのプレイヤーと対戦する

 バトルロイヤルの『乱混戦モード』の3つがありまして、

 GPSを使わないストーリーモードだけやっていても楽しいですわ。

 ムロさんもいかがです?」

と続ける。


「あー、なるほど。

 今やってるのは漫歩まんぽモードってことだね。

 うーん……、やってみたいのは山々だけど、

 キャラクターのカードってやつは、きっとガチャなんだよね……?

 ボクのお小遣こづかいだと、課金たまにしかできないからなあ……」


 ボクは頭をかきながら言った。




 ボクとたてるは、ゲームやマンガなんかの趣味しゅみ娯楽ごらくの物の他に、

衣服なんかも自分達のお小遣こづかいで買うことになっている。


 その中には、月刊プレイ剣魔けんまデラックスや

部活で使うシューズなどもふくまれるので、

けっこうカツカツなのだ。


 特に県中総体が終わってからのボクは、

夏休みは日中に部活が終わるのを利用して、

絶とりんたのんでかれらの家のトレーニングルームを

午後から使わせてもらっていた。


 重くなったボクの聖剣せいけんを持っていても素早く動けるように、

プロテクター姿で聖剣せいけんを持ったまま

ランニングマシンを使って長距離きょりを走ってみたり、

あるいはトレーニングルームの外の庭でシャトルランをしてみたり、

重くなった聖剣せいけんでもスイングできるように

今まで以上のウェイトトレーニングをしたり、

といった具合である。


 そしてランニング系のメニューを増やしたためか、

最近いつも以上にシューズの消耗しょうもうが激しく、

この合宿とその後にある全中に向けて、

ちょうど新しいシューズに買いえたばかりなのだ。




「キャラクターカードを強くしようと思ったら、

 ゴールデンスフィアという課金アイテムで回すガチャを、

 たくさん回さないとですわね……。

 ですが、それは乱混戦モードで勝ちすぐらいの

 いわゆるガチ勢なプレイをしないなら必要ありませんわ。

 ワタクシもガチ勢というほどやりんでおりませんし。

 それに、これから始めるんでしたらワタクシの招待コードが使えますから、

 最高ランクのSRスーパーレアのカードが確定で1枚もらえますわよ?」


 りんはそう言いながらスマホを操作し、

招待コードを画面に表示させてこちらに見せてくる。


「へー、そうなんだ……。

 じゃあボクもプレイしてみようかな……?」


 ボクはそれを聞いてうなずくと、

早速スマホを操作してアプリのストアで検索けんさくをかけようとした。


 ところがりんが、


「あっ、ムロさん。ちょっとお待ちになって」

と、それを制するように

ボクの手をスマホごと軽くおさえる。


「お?何かマズかった?」


 ボクはりんのほうに顔を上げた。


「先ほど申し上げた通り、フルボイスなんですの。

 そのせいかゲームの容量がかなりございますから、

 Wi-Fi環境かんきょうでダウンロードすることをおすすめいたしますわ」


 りんが言った。


「あー、なるほど。確かにそうだね」


 ボクはうなずく。


 スマホ料金は一応、お小遣こづかいとは別だが、

ギガをあまり消費するのは両親のためにもけたい。


「玉木会館にWi-Fiがあったら使わせてもらえばいいか……」


 ボクが言うと、


「はい、それがよろしいかと。

 今はワタクシが1人プレイする様子をご覧になるなりして、

 ご辛抱しんぼうくださいませ」

と倫がうなずく。


 ボクは到着とうちゃくまでのしばしの間、

りんが1人プレイするのを、

解説してもらいながら見せてもらった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る