3回戦 倫-1

 ようやく、駅前にある商店街の本屋、『オシリス』に辿たどり着く。


 スポーツ雑誌のコーナーまで行って、

立ち読みしている数名の人達の間を、


「すみません……」

つぶやくように言いながら、かき分ける。


「(えーと……?あっ、あそこだ……)」


 目当ての月刊プレイ剣魔けんまデラックスが見つかった。


 人気の雑誌なので、もう最後の一冊のようだ。


「(今月号のは、ふくろとじまで付いてるのかー……)」

と表紙の見出しを見て思いながら、

ボクはその月刊プレイ剣魔けんまデラックスに手をばした。


 と、横から同じようにきれいな手がびてきた。


「あっ……」


 その人と同時に口に出す。


 女の子の声だ。


「ご購入こうにゅうなさるのでしたら、あなたが持っていってくださって構いませんわよ」

と女の子が言った。


「えっ……?

 すみません。ありがとうございます」


 ボクも買いたいので、遠慮えんりょはしない。


 でもボクは、


「(『構いませんわよ』

  だって?

  まるで、どこかのお嬢様じょうさまみたいな口調だな……?)」

と思って、声の主のほうをり返った。




 一瞬いっしゅんの静止。




 絶の妹、本能りんだった。




 キラキラとエフェクトが見えそうな、ちょうが付くほど美しい顔と、

気の強そうな目とまゆ

流れるような黒髪くろかみのロングヘアがその証拠しょうこだ。


 バッチリと目が合う。


 ボクがそのまま固まっていると、

りんはボクを真っ直ぐ見据みすえながら、


「ワタクシは、こちらの立ち読みなさっているご紳士しんしから

 おゆずりいただきますから、ご遠慮えんりょなさらず」

と言って、別の月刊プレイ剣魔けんまデラックスを立ち読みしていた男性から

バッとその本を取り上げ、

スタスタとレジのほうへ歩いて行ってしまった。




 その後ろ姿を見送ってから、

ハッと我に返ったボクも、

あわててその後を追うようにレジへと向かう。




 会計を済ませて本屋を出たところで、ようやくりんに追いついた。


「ちょ、ちょっと待って!

 部活は!?」


 思わずボクはりんたずねていた。


 絶が剣魔けんま部の部室まで行ったので、

てっきり妹のりんもウチの剣魔けんま部に入部するものだと思っていたからだ。


 その声を聞いたりんり返った。


「あら?ワタクシをご存知なんですの?

 ですが……、あの学校のレベルですと、

 ワタクシにはちょっと合わないようでしたから……。

 顧問こもんの先生方はともかく、部員のみなさんがあれではね……」


 りんはそう言いながら、首をかしげるような仕草をする。


「どういう……?」


「どういうことだコラァッ!?」


 ボクがたずねかけたところに、すぐ後ろから大きな怒鳴どなり声がかぶせられた。


 ボクは反射的にビクン!とした後、おそおそる後ろをり返る。


 先ほどりんから月刊プレイ剣魔けんまデラックスをうばい取られた男性だった。


 顔を真っ赤にして、ワナワナと両肩りょうかたふるわせ、

いかりをあらわにしている。


「有名人だろうが関係ねーぞテメェッ!

 調子こきやがってッ!」


 そう言いながら、男性はおもむろにうでり下ろすようにして、

ビュッ!と聖剣せいけんいた。




 念のため言っておくと、

普段ふだんは自分の内に収納しておける聖剣せいけんを自分の表に出すこと、

つまりけんとして具現化することを『聖剣せいけんく』と表現するのだ。


 体のわきから刀を引きくようにだったり、

肩越かたごしに引き上げるようにだったり、

かれのようにうでり下ろすようにだったり、

はたまた口からき出すようにだったり、

ポケットから取り出すようにだったりと、

きやすい動きは人によって千差万別だ。


 ここにも、その人の個性が出るわけである。


 なお、まだ聖剣せいけんを使えるようになる聖通せいつう

むかえていないみなさんのために言っておくが、

モンスターもいないのに無闇むやみ聖剣せいけんくと、

周りの人や物を傷つけてしまって危険なので、

絶対にマネしてはいけない。


 法律でも禁止されているぞ。




「ちょ、ちょっと!?

 ぼ、暴力はやめましょう!?」


 ボクは口ではそう言っているが、内心では


「(そりゃおこるって!)」

と、完全に男性の味方に立っていた。


 そのせいか、スッとわきに寄って、

男性とりんの間からさりげなく移動していた。


 体は正直なのである。


 と、りんが、


「ハイ」

と言いながら、おもむろに男性の聖剣せいけんに向かって右手のひらを向けた。


 するとどうだろう。


 ボッキン!

という音と共に、男性の聖剣せいけんがあっという間に根元から折れてしまった。


 折れた聖剣せいけんの部分は、

道にガラン!と音を立てて落下した直後にフワッと消え去る。


「(いきなり中断……!?)」


 ボクは、唖然あぜんとして口をポカーンと開けてしまう。




 男性の聖剣せいけんに女性が魔力まりょくを注ぎむことを

挿入インサート』と表現し、

十分な魔力まりょく挿入インサートすることによって聖剣せいけん魔力まりょくを帯びさせた状態にすることを

合体ジョイント』と表現することは、よく知られている。


 合体ジョイントすることで、火水風土などの魔法まほうの属性を聖剣せいけん付与ふよできることをはじめ、

色々とメリットがあるのだ。


 しかし、合体ジョイント完了かんりょうした後もどんどん魔力まりょく挿入インサートし続けると、

聖剣せいけん魔力まりょく容量をオーバーして聖剣せいけんが折れてしまう、

『中断』と呼ばれる現象が起こることも、よく知られている。




「(でも今のは、どう見てもりん挿入インサートを始めた途端とたんに男性の聖剣せいけんが折れていた……!

  りん魔力まりょくがそれだけとんでもないということだ……!

  これが、小学生の部とはいえ全国女子シングルス1位になった、

  りんの実力ということか……!?)」


 ボクは軽く恐怖きょうふしていた。


 中断された男性のほうは、


「あ……?あ……?」

うめくように言うだけで、目が点になっている。


 まだ何が起きたかよく分かっていないというか、

脳が分かるのを拒否きょひしている感じだ。


 それはそうだろう。


 男性にとって、中断させられるというのは、

それだけ屈辱くつじょく的なことなのだ。


 商店街の道端みちばたで。


 大声を出したせいで周りの注目を集めた状況じょうきょうで。


 しかも自分よりずっと若い中学生にやられたのだ。


 心中お察しする。




 男性の中には、中断というものをじるあまり、

『折れない丈夫じょうぶ聖剣せいけんになるように』

との願いをめて、

自分の聖剣せいけんを平手やこぶしたたいたり、

革のベルトや木の棒でたたいたり、

あろうことかハンマーでたたいたりする人もいるらしい。


 そうすることで、丈夫じょうぶ聖剣せいけんになると思っているらしいのだが、

効果のほどは不明である。




「これで少しは大人しくおなりなさいな」


 男性の聖剣せいけんを折ったりんのほうは、すずしい顔をしてかみをかき上げる。




 なお、まだ魔法まほうが使えるようになる初恵しょけい

むかえていないみなさんのために言っておくが、

モンスターもいないのに無闇むやみ魔力まりょくを使ったり、

ましてや挿入インサートしたり合体ジョイントしたりするのも、

周りの人や物を傷つけてしまって危険なので、

これも絶対にマネしてはいけない。


 法律でも禁止されているぞ。




「な……、なんて……、ひ……、ひどい……」


 男性は、ようやくなみだをポロポロと流し始めた。


 ボクは、すっかり男性がかわいそうになってきている。


 りんはというと、くるりと向きを変えてスタスタと歩き出した。


「やり過ぎだよ!」


 ボクは、その背中に向かって口に出さずには、いられなかった。


「……やり過ぎ?」


 りんがピタリと立ち止まった。


 声のトーンが低かったので、逆にボクのほうがギクリとする。


「聞き捨てなりませんわね」


 りんがまたくるりと向きを変えて、ボクのほうを見た。


 その両目は、まるでボクをにらみつけているかのようだ。


「力のある者が、それを行使して何がいけないんですの?」


 りんが言った。


「逆におうかがいしますが、

 こちらのお方のほうがお先に、

 あろうことか暴力で解決しようとなさったんですのよ!?

 それを持てる力で未然に防いだワタクシが、

 なぜ非難されなければならないのか、

 あなたに説明できまして!?」


 強い口調で言いながらツカツカと歩いて来て、

ボクにめ寄る。


「(せ、正論だ……。だけど……)」


 ボクはそう思いつつ、


「こ、この人だって本を買うつもりだったかもしれないじゃないか!?

 先に持っていたかれの本を、力でうばい取ったのは君のほうだよ!」

と何とか反論した。


「!?」


 りんきょかれたような表情になる。


「……そうなんですの?」


 りんが言いながら、泣きくずれている男性のほうを見た。


「そうだよ……。

 ふくろとじの中身が気になったから……、

 買うつもりは少しあった……。

 でも……、

 もういいよ……。

 もう……」


 男性は泣きながら言う。


「それはそれは……、悪いことをいたしました……」


 りんが静かに言った。




「……ですが、そうなると今度は、

 あなたが本を持っているのが、おかしいということになりますね?」


 りんがぐるりとボクのほうへ首を向けて言う。


「えっ……!?ボク……!?」


 ボクはおどろいて口に出した。


「だって、そうでございましょう?

 ワタクシは、かれがこの本をご購入こうにゅうなされないと思っていたから、

 あなたにその本をおゆずりしたんですのよ?

 かれがご購入こうにゅうなさると知っていましたら、

 ワタクシはあなたにおゆずりせずに、その本をそのまま購入こうにゅうしていましたわよ」


 りんがまたボクにめ寄る。


「そんな!?」


 ボクは思わず、本を胸にかかえたままりんに背を向けた。


「ワタクシのほうが、先にあの場所にいたんですのよ?

 何ならお店の方にお願いして、

 ご一緒いっしょに防犯カメラの映像でも確認いたしましょうか?」


 りんが背を向けたボクの顔を、横からのぞむようにして言う。


「(やられた!

  手をばしたのが同時だったというだけで、

  順番待ちの理論でいけば、全くその通りだ!

  先にあの場所にいたというのであれば、

  買う権利は本来、彼女かのじょのほうにある!)」


 ボクは本を持った両手でそのまま頭をかかえるようにして、うずくまった。


「何とか言ったらどうなんですの?」


 りんは体を前かがみにして、ボクの耳元でささやくように言う。


「(反論することができない……。

  もうりんに本をゆずってしまうしかないか……)」

とボクが思い、あきらめかけたその時、


「ですが……、一度おゆずりした手前、

 おいそれとうばい取るのも気が引けるのは事実ですわね」


 そう言いながら、りんがボクの耳元からはなれた。


「えっ!?」


 もうあきらめかけていたので、ボクは逆にびっくりしてり返ってしまう。


 ところが、


「勝負と参りましょう」


 り返ったボクに、りんがニコリとして言った。


「えっ……?しょ、勝負って……?

 ま、まさか……?」


 ボクはそう言うと、ゴックンとツバを飲みんだ。


「そう、その通りですわ。

 あなたの聖剣せいけんをワタクシが挿入インサートして……。

 そうですわね……」


 りんはニコニコしたまま、


「あっ。

 先ほどのかれより一秒でも長く中断しなかったら、あなたの勝ちでいいですわよ?」


 パン!と両手をたたき、まだ泣いている男性のほうを見ながら言った。


 ボクは開いた口がふさがらない。


「(やっぱり!)」

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