2回戦 絶-2

 キーンコーンカーンコーン……。




 お昼になった。


 ウチの中学は、給食が無い。


 お昼ごはんは、持参したお弁当などか購買こうばいのパンだ。


 みんなは、教室で思い思いのグループを作って一緒いっしょに食べるが、

友達のいないボクは居場所もないし、

絶のいる所で食べるというのも今はまだ気まずいしで、

いつものように部室棟ぶしつとうのほうにあるトレーニング室に向かった。




 ギシギシとうるさいトレーニング室の引き戸をガラガラ開けると、

トレーニング室の片隅かたすみに座りんで、母さんの作ってくれたお弁当を食べる。


 こんな聖剣せいけんの息子に、お弁当を作ってくれるだけ、

まだ救いがあるほうだろう。


 単に、コンビニや購買こうばいで買わせると、

食費がかかりすぎるからかも知れないが。




 さて、お弁当を食べたら、いつものように筋トレだ。


 トレーニング室には、

ダンベルやベンチプレス、腹筋台などの設備がそろっているのだ。


 本当は、先生が付きっていないと危険だというので使用禁止である。


 だがボクにとっては最早、日課になりつつあるので気にせずやる。


「(前回は下半身をやったから、今日は上半身を中心にやるかな……)」


 そう思うとボクは、

ダンベルをグイグイと上下させてみたり、

ベンチプレスでバーベルをグイグイと上下させてみたり、

腹筋台で腹筋をしてみたり、

プランクと呼ばれるインナーマッスルをきたえる姿勢をしてみたりする。


 別に身体をムキムキにしたくてやっているわけではない。


 昼休みにやることもないし、

かと言って勉強なんか教室や図書室でするのはいやなので、やっているのだ。


 校庭のはしっこのほうで走っていたこともあったのだが、

あせをかきすぎるので、すぐにやめた。


 体操服に着替きがえるというのも面倒めんどうくさい。


 筋トレならあまりあせをかきすぎないし、

適度な疲労ひろう感と達成感が得られて、ちょうどよいという結論に達したのだ。


 何より没頭ぼっとうできる。


 つまり、何も考えないで身体だけ動かしていればいいというのが気楽なのだ。


「(いや、あるいは……)」


 ボクは思う。


「(あるいは、

  『筋力でカバーすれば、

   聖剣せいけん以外の普通ふつうの武器で剣士けんしと変わらない仕事ができるかも』

  と無意識に考えての行動だとか……?)」


 ボク自身にも、はっきりとした理由なんて分からなかった。


 と、

ガラガラ!とトレーニング室の引き戸が開いた。


「こんにちは~。今日も精が出るわね~」


 体育教師で剣魔けんま部の顧問こもんもしている下井先生が、

いつものようにやってきたのだ。


 下井先生もほぼ毎日のように、

昼休みになるとトレーニング室で筋トレしているというわけである。


「こんにちは……」


 ボクも筋トレしながらあいさつを返す。


 実はボクも、一応は剣魔けんま部の部員なのだ。




 おっと……、口調で分かりにくいかもしれないが、

下井先生は男性である。


 坊主ぼうず頭に、ゴツイ顔、割れたアゴ、

ヒゲがいのか口の周りがいつも青みを帯びている感じの見た目だ。


戸籍こせき上は男よ~』

と本人も言っていた。


 ただ下井先生は、かなり特別である。


 なんと、両刃りょうば聖剣せいけんが使える上に、魔法まほうまで使えるのだ。


『男性なら聖剣せいけんだけでは?』

と思われるだろうが、まれ魔法まほうまで使える人がいるのである。


 そういう人は魔法まほう剣士けんしと呼ばれる。


 これもまた、レアなケースというわけだ。


 しかも両刃りょうば聖剣せいけんである。


 レア中のレア。


 いわゆるSRスーパーレアSSRスペシャルスーパーレアというやつだろう。


 このため、男子からも女子からもあこがれの目で見られている。


 見られてはいるが、何と言うかストイックで、

下井先生自身にも生徒にもかなり厳しいので、

剣魔けんま部に入ってもすぐに辞めてしまう一年生が多かった。




 その下井先生の後ろに、今日はもう一人別の人影ひとかげがあった。


「どうぞ~、入って~」

と下井先生が言うと、


「失礼します!」

礼儀れいぎ正しく声をかけながら中に入ろうとする。


 絶だった。


「あっ……」


 ボクは、思わず口に出した。


「あっ……」


 絶もボクを見て口に出すと、中に入って来るのをためらう。


「あら~……?

 ああ~。

 確か~、同じクラスだったわね~。

 あなた達って~」


 下井先生がパン!と両手をたたき、ボクと絶の顔を交互こうごに見比べ、


「この子も剣魔けんま部員なんだけど~、最近は全然練習に来ないの~。

 事情があるから仕方ないけど~」

と、

『聞いてよ~、ちょっと~』

とでも言いたげに、絶に向かって右手を手招きするように動かす。


「えっ!?そうなんですね!」


 絶の目の色が、変わったような気がした。




 ちなみに『事情がある』とは、弟のたてるのことだ。


 たてるが4月に入学してからすぐ剣魔けんま部に入部したので、

顔を合わせたくないボクは、

この1ヶ月間は全然部活に行ってないのである。


 そもそも、ボクとタブルスを組んでいた女子の出来田さんも、

なやんだせいなのかボクとのペアがいやすぎたのか、

剣魔けんま部を辞めてしまったので、

ボクはシングルス専門になっていたうえ、

ボクの聖剣せいけんでは1回戦止まりなことがほとんど。


 運良く勝てたとしても、2回戦でシードに当たって敗退という感じだ。


 団体戦のほうは、レギュラーでも無ければ、補欠にも入っていなかった。


『さっさと退部届を出してしまえばいいのに』

と、自分でも思っている。




「まあだから気にしないで~。

 私達は私達で~、身体を動かしましょ~」


 下井先生が絶をうながして中に入れる。


「はい!」


 絶は言いながら中に入って来る。


「じゃあ~、まずは軽くベンチプレス10回ぐらい行きましょうか~。

 正しくは~、10レップって言うのよ~。

 ウフフ〜、何キロなら行けるかしら~?」


 下井先生が、こんなに楽しそうなのはめずらしい。


「80キロぐらいですね!」


 絶が元気に答える。


「あら~。

 なかなかやるじゃな~い?

 ……は~い。どうぞ~」


 下井先生がバーベルから10キロ分の重りを外して言った。


「ッ……!」


「(ん?)」


 ボクは何か違和感いわかんを覚えた。


 絶が一瞬いっしゅん、何かを口に出そうとしたように見えたからだ。


 だが絶は、グイ!グイ!……!と、

そのままバーベルを上下し始めた。


「(まあいいか……)」


 ボクは自分の荷物をまとめ始めた。


「(気まずいし……、どうせ次は体育だし……。

  一度教室にもどって、体操服に着替きがえて、

  今日はグラウンドを走ることにしよう……)」


 ボクはトレーニング室の引き戸をガラガラと開けて、


「あっ……」

と、また思わず口に出した。


 ボクは、くるりとり返って、


「絶くん。

 だれかに聞いたかもしれないけど、

 次の体育は体育館だから……。

 第一体育館のほうね」

と言った。


「……!」


 絶は、まだバーベルを上下させながら、

首をカクカクと動かすようにして返事をする。


 『わかった』ということらしい。


「(これで英語の教科書の時にやったことが、消えるわけじゃないけど……)」


 ボクは、そんなことを考えながら教室にもどった。







 キーンコーンカーンコーン……。







 帰りの会が終わった。


 ボクはカバンを肩にかけながら立ち上がって、さっさと帰ろうとする。


 と、絶がボクのななめ後ろにスッと立った。


「?」


 ボクは、首だけり返る。


「!」


 絶は、なぜかびっくりしたような顔をしている。


 やはり絶は、身長もすごく高い。


 並んで起立すると、よく分かる。


「(たてると同じか、それ以上ありそうだな……)」


 ボクが思っていると、


「あ……、あのさ……!

 部活、行こうよ!」


 絶が言った。


剣魔けんま部だったら他にもいるから……、

 ほら、あそこにいる馬薗まぞのとか……。

 案内してもらうといいよ?」


 ボクは、クラスメイトで剣魔けんま部の

メガネをかけた男子を指差す。


「ケガでもしてるの……?」


 絶はまゆを寄せて言う。


「いや……、そういう訳じゃないんだけど……」


 ボクも困ってまゆを寄せる。


「じゃあ行こうよ!」


 絶は、ボクのうでつかんで引っ張りだした。


「(ええー……?

  でも無視して帰るのは、さすがに悪いし……。

  かと言ってたてるがいたら、顔を合わせたくないし、困ったな……)」


 ボクは思ったが、


「(仕方ないから、部室まで案内だけしてあげるか……)」

と、絶と連れ立って歩き出した。




 部室までの道すがら、絶がボクに質問してくる。


「ムロくんて、いつも昼休みにあそこでトレーニングしてるの?」


「まあ……、うん……」


「ムロくんて、剣魔けんまを始めてどれくらい?」


「中学からだから……、まだ1年だよ……」


「ムロくんて、もしかして市の大会くらいだったら優勝したことある?」


「いやいや……。

 良くて1回戦が勝てるぐらいで……」


「そうなんだ……。それってダブルスも?」


「そうだね……。

 それにペアの女子が辞めちゃったから、

 秋の途中とちゅうの大会からシングルスしか出られなくなっちゃったし……」


「ああー……。そうなんだね……」


「(頑張がんばって話題をってくれてるんだろうけど……、

  全然会話が続かない……。

  何だか申し訳なくなってきた……)」


 ボクは思った。




 ようやくグラウンドの一画にある、剣魔けんま部の部室に辿たどり着いた。


 剣魔けんま部はここで、着替きがえたりプロテクターを保管したりしている。


 剣魔けんま部とかサッカー部とか野球部とか、

人数の多い部活は、部室が部室棟ぶしつとうとは別のところにあるわけだ。


 ちなみに、『プロテクター』というのは、

聖剣せいけん魔法まほうによる攻撃こうげきを受けてもケガしないよう、

剣魔けんま競技をプレイするときには必ず装着する防具のことである。


 知らない人は、アイスホッケーで着るようなもの、

あるいは西洋の甲冑かっちゅうのようなものをイメージしてもらえばいいだろうか。




「こっち側の部屋が、男子の部室けん更衣室こういしつになってるから……」


 ボクが絶を男子部室のドアの前まで連れて行く。


 とその時、

ふいにガチャッ!と部室のドアが開いた。




 一瞬いっしゅんの静止。




 たてるだった。


 弟のたてるが、

トレーニングウェアと頭以外のプロテクターを装着したたてるが、

ちょうど部室から出て来たのである。


 ジロリとたてるがボクを見下ろしたので、

ボクはあわててドアの前から横に飛びのいた。


 ぶつかられては、たまらない。


「こんにちは!」


 ボクの後ろにいた絶が、たてるにあいさつする。


「あっ……!チワース!」


 たてるが言いながら軽く礼をする。


「(良かった……。一応、先輩せんぱいにはちゃんとあいさつするんだな……)」


 ボクは安心した。


 弟がボク以外にもあんな態度だったら、

ちょっと将来を心配してしまうところである。


 それにどうやら、絶を絶だと分かっているし、

絶が剣魔けんま部に入部するであろうことも予想していたようだ。


 初対面でそんなにおどろいていないのが、その証拠しょうこである。


 休み時間にでも、2年生からウワサが広まったのだろう。


 そういえば、妹のりんのほうも転校して来ているのだから、

もしかしたらりんのほうがたてると同じクラスだったりするのかもしれない。


「……お前は何しに来たんだよ」


 たてるがボクの頭につかみかかろうとしながらこわい声で言った。


「……!」


 ボクはあわてて、さらに距離きょりを取り、それを回避かいひする。


 久しぶりに兄を無視しないで話しかけてくれたセリフが、これである。


「案内しただけだよ……。このまま帰るから……。

 部活には出ないから大丈夫だいじょうぶ……」


 ボクは小さい声でそう言うと、くるりと来た道をり返る。


「……」


 たてるは何も言わなかった。


「(ああ……、良かった……)」


 ボクは思った。


「(ここで、

  『当たり前だよ短小野郎やろう

  なんて弟から追撃ついげきを言われていたら……、

  ボクはおこり出すのではなく……、きっと泣き出してしまっていた……)」


 ボクはそのまま歩き出そうとする。


 だが、


「ちょっと待ってよ!」

と絶が強い口調で言った。


 ボクは一歩み出していたが、その声に思わず立ち止まってしまう。


一緒いっしょにやろう?」


 絶が右手で、ボクの右肩みぎかたつかんだ。


「(やめてくれ、絶くん……)」


 ボクは思った。


先輩せんぱい、そいつはいいんです。

 短小野郎やろうなんで。

 部活なんて、やっても無駄むだなんだ」


 たてるが言う。


「(あっ……)」


 ボクの視界がジワリとくもった。


「ッ……!」


 ボクは絶の手をりほどくと、

そのままグラウンドをっ切るように走り出す。


「ちょっ……!」


 絶がまだ何か言いかけていたが、構わなかった。




 ボクはそのまま校舎を回りみ、

校門をけ、

家までの近道の森を一直線に走り、

走って、走って、走った。




 ……気づいたら、家の前に着いてしまった。




「(あっ……。

  そういえば今日は『月刊プレイ剣魔けんまデラックス』の発売日じゃないか……。

  本屋に行かなければ……)」


 ボクはハアハア言いながら、ようやくなみだを学生服のそででゴシゴシとくと、

せっかく家の前まで帰って来たのに、

本屋に行くために、

くるりと来た道のほうへり返って歩き出した。




 『月刊プレイ剣魔けんまデラックス』とは、

平たく言えば剣魔けんま競技に関する雑誌だ。


 プロの剣士けんし聖剣せいけん魔法まほう使いの魔法まほうを載せたり、

それらの使い方のフォームやテクニックの解説をせたり、

大きな大会の結果をせたり、

選手のインタビューなんかもせたりしている。


 そういえば、全中の時は本能兄妹の、

絶とりんのインタビューもっていた記憶きおくがある。




「(弟にすら夢を全否定されるようなことを言われたばかりなのに……、

  ボクも好きだな……)」


 トボトボと歩きながらボクは思った。


 でも、それほどボクの剣士けんしになりたいという意志は固いのだ。

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