1回戦 絶-1

 キーンコーンカーンコーン……。




 ボクが2年4組の教室に入ると、

ちょうど朝の会の開始を告げるかねの音が鳴った。


 ボクには友達がいないので、いつもギリギリに登校するようにしているのだ。


「(ん……?

  何だろう、あの机とイス……?)」


 ボクは教室の後ろのほうを見た。


 一組だけ他と外れて、机とイスがポンと置かれているのが視界に入ったのだ。


「(そういえば、いじめられ始めたばかりのころ

  そんないやがらせもあったなあ……)」


 ボクはいや記憶きおくを思い出しかけて、

それを打ち消すように首をブンブンと横にる。


「(でも、あれはボクの机とイスじゃないし、

  他にだれかいじめられていたっけ……?)」


 ボクは、首をかしげた。


 と、担任の益垣ますがき先生が教室に入って来た。


 ちょっと熱血な感じで厳しい時もある、

銀縁ぎんぶちメガネに黒髪くろかみをセンター分けにした髪型かみがたの男の先生だが、

授業中に冗談じょうだんやネタを言って生徒を笑わせてくれる良い先生だ。


 ちなみに独身らしい。


 ボクは、あわてて自分の机まで移動してイスに座る。


「起立……。気をつけー……。礼」


 日直が声をけ、


「おはよーございまーす……」


 みんなダルそうにあいさつをする。


 中学2年生の、ましてやゴールデンウィーク明けのクラスなんてそんなものだ。


 ボクなんてダルすぎて、

口と頭を少し動かすだけで何も言ってすらいなかった。


 クラスで最もイケてない、悪い意味でヤバいほう。


 つまり、スクールカーストの最下位にいるこのボクだ。


 こんなところで頑張がんばってもしょうがないので、大目に見てほしい。


「えー……、5月に入ったこのタイミングで、転校生がこのクラスに入ってくるぅ。

 みんな、仲良くしてやれよぉ?」


 益垣ますがき先生が、言いながらクラス全員を見渡みわたした。


 みんなが、急にザワザワとする。


 ボクはというと、あまり興味が無い。


「(あー、なるほど……。

  あの机とイスは転校生の物ってことか……)」


 程度の感想である。


 転校生が男子だったとしても、どうせ友達にはなってもらえない。


 ボクの聖剣せいけんを見て、バカにする側に回るのが分かりきっている。


 転校生が女子だったとしても、同じだ。


 ボクなんて、眼中に入るわけがないのだから。


「おーい!本能!入ってこぉい!」


 益垣ますがき先生が大声で言った。


 ガラリ!と教室のドアが開く。




 一瞬いっしゅんの静止。




「ワアアアア……!」

とクラス中の男子と女子が、大きな歓声かんせいを上げた。


 ボクでさえ、あんぐりと口を開けてしまう。


 美術の時間に教科書で見た、精巧せいこうでたくましい男性の彫刻ちょうこく


 それをそのまま人間にしたような、

ガッシリとした身体つきの凛々りりしい男子が入って来たのだ。


「『本能』って、あの本能兄妹の本能絶!?」


「マジでかよー!?」


「キャア!キャア!キャアー!」


 男子も女子も大興奮している。




本能ほんのうぜつ』。




 去年の剣魔けんまの全中、つまり中学生の全国大会で、

当時中学1年生にして剣士けんしシングルスの全国2位になり、

大会MVPまで受賞したことで有名な男子だ。


 同じく、小学生の全国大会では、

当時小学6年生だった妹の『本能りん』が、

魔法まほう使いシングルスの全国1位とMVPの両方を取っていた。


 両親が剣魔けんまのトレーナーをやっていて、

それに教わって剣魔けんまを始めたところ、メキメキと頭角を現したらしい。


 しかも本能絶、りんともちょうがつく美形なのだ。


 剣魔けんまの将来を背負う選手として、

たびたびテレビやネットで特集が組まれている。


 そんな本能兄妹をボクらの世代で知らない者など、ほとんどいないだろう。


 もちろん、ボクだって知っている。


「えと……、みなさんご存知みたいですが、本能絶と言います!

 両親の仕事の都合で、大きな空港が近いこの町に引っして来ました!

 もちろん妹も一緒いっしょです!

 今年はシングルス全国1位を取りたいので、

 剣魔けんま部の人は特に仲良くしてください!」


 絶は元気にそう言うと、深々とお辞儀じぎをする。


礼儀れいぎ正しい!」


頑張がんばってー!」


「仲良くしよー!」


 みんな声援せいえんのような声を送り、パチパチ……!と割れんばかりの拍手はくしゅが起こる。


「じゃあ、新しい仲間も入ったことだし、席替せきがえするからなぁ!」


 益垣ますがき先生が張りきったような声を出し、

最初は絶に、その後はクラスの各席を順番に周りながらクジを配り始めた。


「(席替せきがえかー……)」


 ボクは、頭をかかえた。


「(ボクのとなりになった人って、露骨ろこついやそうな顔するんだよね……)」


 そう思いながら、ボクもクジを引く。




 最後尾さいこうび左端ひだりはしの席だった。




「(ラッキーだ!となりは片方しかいない!)」


 すごく低レベルなことだと分かってはいるが、ボクは内心とても喜んだ。


「よろしくね!」


 絶がとなりにガタン!と机とイスを運んできて、ボクに言った。




 一瞬いっしゅんの静止。




「よっ……、よろひふ……」


 ボクは、思いっ切り顔を引きつらせてしまった。


 周りのみんなはシーンとした後、ヒソヒソクスクスとしだす。


 初日から人気者の転校生が、クラスで一番イケてない男子のとなりなのだから、

そんな反応も当たり前だ。




 キーンコーンカーンコーン……。




 朝の会の終わりを告げるかねの音が鳴る。


「あぁそうだ。

 学級委員の二人は、本能に学校の案内たのむぞぉ?

 1時間目は、音楽だしなぁ」


 益垣ますがき先生は、そう言うと教室を出て行く。


 ボクもその後を追うように、

音楽の教科書とアルトリコーダーを持って教室を飛び出した。


「(1時間目が音楽で本当に助かった……!)」


 ボクは思っていた。







 キーンコーンカーンコーン……。







 音楽の授業は、特に問題なく終了しゅうりょうした。


 音楽室に来る時も教室にもどる時も、絶の周りには人だかりが出来ていた。


「(教室でとなりだからって、そんなに話しかけられるわけないし、

  仮に話しかけられても、

  『反対側の席の江口えぐちたのんで』

  とでも言えばいいじゃないか)」

と、音楽の授業中は絶と席がはなれていたのもあって、

ボクは気を取り直していた。




 キーンコーンカーンコーン……。




「ごめん。英語の教科書、見せてくれない?

 前の学校とちがうみたいでさ……。

 受け取るのが、昼休みになったらなんだ」


 絶が、2時間目開始のかねが鳴った直後にボクに話しかけてきた。




 一瞬いっしゅんの静止。




「は、反対側の……、その……、せ、席の……、えっ……、えっ……」


 ボクは思わず、どもった。


「(緊張きんちょうしてうまく言えないいい……!)」


「絶くん。

 ムロなんかに話しかけるなよ。

 うつっちゃうよ?

 短しょ……」


「何がだ?」


 絶の右隣みぎどなりにいる江口えぐち

口をはさんで言いかけた言葉を、ボクがさえぎった。


 江口えぐちは口をつぐむ。


「何がうつるって?」


 ボクは江口えぐちの左のまゆの上にあるホクロを、ギロリとにらみつけて続けた。


「何がうつるんだよ!?

 言ってみろよほら!」


 ボクは語気を強めて立ち上がり、構えの姿勢を取る。


 ボクのイスが、立ち上がった勢いでガターン!と後ろにたおれた。


 教室は、シーンと静まり返る。


 ちょうど教室に入って来た英語の地上先生も、

ビックリしたように固まっている。


 江口えぐちは昔、ボクをいじめていた一人だ。


 ボクは江口えぐち聖剣せいけんを一度折っている。


「(テニス部の江口えぐちなら、どうせフォアハンドの構えだ……!

  聖剣せいけんいた瞬間しゅんかんにブチ折る……!)」


 ボクは頭に血が上っている割に、

悪口を言い返したり、相手のことを分析ぶんせきしたりと、

みょうに冷静なところがある。


「やめなよ。ケンカは良くない」


 絶が一瞬いっしゅんでボクの右側、

イスのあったほうに立って、

ボクを制止しようと右腕みぎうでばしていた。


 が、ボクはそれに反応して、

すでに絶の右手首を自分の左手でガチッとつかんでいる。


「なっ……!?」


 絶がおどろいたように両目を見開くのを、ボクはにらみつけた。


「だっ……!?

 タンマタンマ!

 オレが謝るから!

 ごめんて!」


 江口えぐちあわてて両手をブンブンる。


 ハッ!とボクは我に返った。




 一瞬いっしゅんの静止。




「ご……、ごめんなさい……!」


 ボクはあわてて絶の右手首から手をはなすと、深々と絶に向かって頭を下げる。


「い、いや……。うん……」


 絶が言った。


「きょ、教科書は、そっちの江口えぐちに全面的に見せてもらってよ……」


 とボクは頭を上げると言い、

いそいそとたおれたイスを立ち上がらせる。


 絶は、それを見て後ずさりしたが、

ボクがつかんだ辺りを左手でおさえて、まだ目を見開いているようだった。


 ボクはイスに座ると、すぐに絶とは反対に顔をぐるっと向け、目をつぶる。


「(またやってしまったあああ!

  ごめんなさいいい!

  絶対、アブナイやつか不良だと思われたってえええ!

  気まずすぎるううう!)」


 ボクは心の中で、自分の頭をポカポカたたいた。

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