30回戦 市中総体-1

 6月第4週の木曜日。


 この日、福上市の中総体が開催かいさいされているのは、

新人戦と同じく福上市総合運動公園だ。


 そして、今まさにその第1アースで行われている

剣士けんしシングルスの決勝戦は、

どんよりとしたくもり空と異様な空気に包まれていた。


 ピー!と審判しんぱんのホイッスルが鳴らされ、


2ツー-1ワン!」

とスコアがコールされると、

第1アースにいる絶は、ハアハアとかたで息をしながら

足取りも重くスタンバイエリアにもどる。


 残念ながら、対戦相手はボクではない。


 ボクの剣士けんしシングルスは、4回戦負けだった。


 絶の対戦相手は、

ノーシードから勝ち上がった複本という3年生の選手である。


 その両手には、そこそこな長さではあるが、

片刃かたば聖剣せいけん1にぎられていた。


 そう。


 なんとかれは、2本の聖剣せいけんをその身に宿しているのだ。


「去年までは1本だけだったはずよね……。

 きっと変聖期へんせいきで2本に増えたのよ……、あの複本って選手……」


 ボクの左隣ひだりどなりで、

絶の試合をいのるように両手を組みながら観ている頂さんが、

つぶやくように言った。


「(絶……!何とか1ポイント返すんだ……!)」


 ボクもいのることしかできない。


 絶は今、追いめられているのだ。


 去年、全国2位という成績を残した絶が、

全中でもない市の中総体で。


 絶と複本選手の決勝戦が、

現在1-3、1-2というスコアで、

複本選手のマッチポイントをむかえたところなのである。


 ベスト8までの選手は県中総体への出場権が獲得かくとくできはするが、

こんなところでつまづくとは、


『今年はシングルス全国1位を取りたい』

豪語ごうごしていた絶自身はもちろん、

だれ一人として予想していなかったことだろう。


 二十年ほど前、

ボク達がまだ生まれていない時代に、

複本選手のように2本の聖剣せいけんをその身に宿した、

双剣士そうけんし

という二つ名で呼ばれた選手がプロに居たというのを、

インターネットで見た記憶きおくがある。


「(だけど、まさかそれと同じ選手が、ボク達の世代に現れるなんて……!)」


 ボクは、奥歯おくばをグッとめながら、

複本選手の両手ににぎられた聖剣せいけんを見つめる。


 ピー!と審判しんぱんのホイッスルが鳴らされた。


 絶と複本選手は、ダダダ……!とアースの真ん中へ向かう。


 絶の間合いに入る瞬間しゅんかん

ビュッ!と絶が目にも止まらぬ速さできをり出す。


 普段ふだんの部活ではほとんど見せない、絶の本気の牽制けんせいだ。


 ガキィン!


 それに複本選手は、左手側の聖剣せいけんを難なく合わせて、その軌道きどうらす。


 絶は、素早く聖剣せいけん右脇腹みぎわきばらに引きつけると、

再び目にも止まらぬ速さできをり出す。


 ガキィン!


 再び複本選手の左手の聖剣せいけんが、その軌道きどうらす。


 ガキィン!


 ガキィン!


 ガキィン!


 絶が何度牽制けんせいしても複本選手はくずれず、

むしろきの軌道きどうらしながら前進して来る。


 一見めているように見える絶のほうが、

複本選手のリーチの外へげる形で徐々じょじょに後退させられていく。


 複本選手は先ほどから、

このように絶の攻撃こうげきを左手の聖剣せいけんだけでさばき続け、

徐々に絶を押して行き、

最後に右手の聖剣せいけんで絶のうであしなどをかすめるという戦法で、

的確にポイントをうばっているのだ。


「(おそろしいほどの動体視力と反射神経……!)」


 ボクは、ハラハラしながら試合の行方を見守る。


 と、

絶がベースラインまであと少しという位置で、

聖剣せいけん右脇腹みぎわきばらに引きつけたままピタリと止まった。


 そしてその状態で、聖剣せいけんをシュン!となえる。


「(ここでし……!?

  でも、そんな真っ向から……!?)」


 ボクはゴックンとツバを飲みんだ。


 複本選手が、ダッ!と絶に向かって一気に前進する。


 ギュルン!と絶は、その場で反時計回りに身体を回転しつつ、

左手をやや上に、

右手をやや下に構え、

ヒザを曲げて体勢を下げた。


「(これは……!

  自分の身体をブラインドにして、

  上半身側と下半身側、

  どちらに聖剣せいけんいて攻撃こうげきするか、

  見切られないようにする気なんだ……!)」


 ボクは、絶の咄嗟とっさの判断力に目を見張る。


 ビュッ!と絶が、

回転したまま聖剣せいけんを左手に、

複本選手の上半身側になる手にき、

そのままる。


 バッ!と複本選手は、それに気づかず前方へジャンプした。


「(決まる……!)」


 ガキキィン!


 いや、そうではない。


 複本選手は、ジャンプに合わせて下から上へバンザイするようにしながら、

両手の聖剣せいけんをクロスさせて同時にり上げていた。


 左腕ひだりうでだけで聖剣せいけんった絶は、

その聖剣せいけん左腕ひだりうでごと大きくはじき上げられた形だ。


 ガスッ!


 複本選手がバンザイしたジャンプ状態から、

そのままむように絶のがら空きになった腹部に右手の聖剣せいけんを決めた。


 ピー!と審判しんぱんのホイッスルが鳴らされ、


「ゲームセット!ウォンバイ複本!2ツーゲームストゥ0ゼロ!」

と試合結果がコールされる。


 絶の敗北だ。


「ありがとうございました……」


「ありがとうございました」


 頭のプロテクターをいだ絶と複本選手が握手あくしゅを交わした。


 複本選手のかみは、かなり明るめの茶髪ちゃぱつに染められている。


 自信の表れだろう。


越中えっちゅうの複本、蓋穴ふたあなペア……」


 絶の試合をボクの右隣みぎどなりで観ていた、

魔法まほうシングルスの決勝戦のほうを見事に制したりんが、

大会のしおりに目を落としてつぶやくように言った。


 ボクも、りんの持つしおりを横からのぞむ。


 おたがい順当に勝ち上がれば、

ボクとりんのペアと、

ベスト8進出をけた6回戦で当たる位置に、

『複本・蓋穴ふたあな越中えっちゅう)』という記載きさいがある。


「もしかしたらですが……」


 りんが言いながら、ボクを見た。


「たぶんそうだろうね……」


 ボクもりんを見てうなずく。


 しずみ始めた夕日と共に暗さを増す梅雨のくもり空のように、

暗雲がボク達の頭上に立ちめ始めたのを、

ボクは感じ取っていた。

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