44回戦 県中総体-8

 ゴスッ!


「(うっ……?)」


 ボクは何かに上半身をぶつけたような衝撃しょうげきで、

っすらと目を覚ました。


「(えっ……?あ……れ……?)」


 視界はぼやけ、一面が茶色になっている。


 思考もハッキリしないが、

心臓の鼓動こどうがドクンドクンとやたら速く、少し気持ち悪い。


 それにぶつけた上半身だけでなく、全身が痛いし、うまく動かせない。


「ムロさん!?」

という何だか遠くでひびく声と共に、

ガシッ!とだれかが両腕りょううでで、ボクの両肩りょうかたの辺りをつかんだ。


 両腕りょううでは、そのままボクをグイグイ引っ張っている。


「ヘヘヘ……!ざまぁねぇなぁ……!」


「ムロさん……!?ウソ……!」


 再び声がひびいた。


 後から聞こえたほうは、今にも泣きそうな声色をしている。


「(りん……?)」


 その声の主が分かると同時に、ボクは茶色い視界の正体に気づいた。


「(これは……、地……面……?

  ボクは……、たおれている……のか……?)」


 直後にボクは


「ゲホッ!ガハッ!」

と思わず、むせた。


 何だか息もしにくい。


「ムロさん!?大丈夫だいじょうぶですか!?」


 少し安堵あんどしたような、だがまだ泣きそうなりんの声。


 直後にボクは思い出した。


「(そうかっ……!?試合っ……!)」


 ボクはあわててうで立てせするように両腕りょううでを動かして、

自分の身体をガバッと起こそうとした。


 つもりだったが、うでに力を入れた途端とたんにビキビキと痛みが走る。


「痛たたた……!」


 ボクは思わず口に出すが、そのまま上体を少し起こして、

何とか片ヒザも立て、しゃがんだような姿勢になった。


 痛みのおかげで、ようやくハッキリ目が覚めた感じだ。


 身体のほうも、我慢がまんすれば十分動かせる。


「ムロさん!」


 ボクを起こそうと両腕りょううでつかんでいたりんが、

そのうででそのままガシッと背中側からきついてきた。


「キミっ!?大丈夫だいじょうぶなのかっ!?」


 決勝戦の審判しんぱんだ。


 ボクのすぐそばまで、やって来ているらしい。


「……っ、はい!大丈夫だいじょうぶです!」


 ボクは一瞬いっしゅん言葉にまったが、

そう言いながら顔を上げてググッ……と立ち上がろうとする。


「あっ!?ムロさん!?お顔が!」


 りんがボクの耳元から悲鳴にも似た声で言った。


 言われたボクはりんのほうにり返ろうとして、気づく。


 鼻から口にかけて、何だか温かい。


 そして視界の下のほう、

頭のプロテクターの内側が赤く染まっている。


「えっ、血……?」


 ボクはつぶやくように言った。


 どうやら、かなりの量の鼻血を出してしまっているらしい。


 そんなボクの顔を見た審判しんぱんが、あわてたようにホイッスルをくわえ、

ピー!と鳴らして


「メディカルタイムアウト!」

さけんだ。




 剣魔けんまの試合では、

聖剣せいけんによる直接的な攻撃こうげき

魔法まほう射聖ショットなどの属性を帯びた攻撃こうげき

アース内を走ったりんだりといった激しい動き、

などなど負傷する要因が多々ある。


 このため、試合中に負傷が発生することを想定して、

負傷に対する治療ちりょうが1試合中に最大3分間まで

ルールで認められているのだ。


それを『メディカルタイムアウト』と呼ぶ。


 治療ちりょうと一口に言っても、

ちょっとした出血を止めるために絆創膏ばんそうこうや包帯を巻く程度のことから、

大きなものでは骨折や広範囲こうはんいの火傷、

あるいはプロテクターを貫通かんつうした聖剣せいけんによる

りキズやしキズなどに対して、

治癒ちゆ属性魔法まほうでの大がかりな治療ちりょうが行われることもある。


 3分間の治療ちりょう完了かんりょうした後も

出血が止まらない、

プレイの進行に支障をきたすレベルで動けないという場合には、

そのまま棄権きけん負けになってしまうという制限はあるにはあるが、

多くの大会では高レベルの治癒ちゆ属性魔法まほうが使える魔法まほう使いが

最低でも1、2名は待機しているものなので、

大抵たいていの場合はそのまま試合に復帰可能だ。


 なお、試合をしている魔法まほう使いのプレイヤーが

治癒ちゆ属性を使用できる場合については例外で、

ポイント中の使用に限りメディカルタイムアウトにはカウントせず、

何度でも魔法まほう使い自身やペアに対する治癒ちゆ属性の使用が認められている。


 ただし、治癒ちゆ属性の魔法まほうでは、

ケガや病気は治療ちりょうできても肉体疲労ひろうは回復できないし、

ケガを治療ちりょうしたからといって

失ったポイントがリセットされるということも無い。


 このため、実戦にあたるモンスターとの戦闘せんとう中ならまだしも、

剣魔けんまの試合中にわざわざ治癒ちゆ属性が使われることはまれである。




 たおれた時にぶつけたせいか、

あるいは電気属性でのダメージのせいなのか分からないが、

鼻の両穴から大量の鼻血を出してしまったボクは、

アースの横でパイプイスに座らされて、

治癒ちゆ属性の使える大会スタッフのお姉さんと向かい合った。


 お姉さんはセミロングのやや茶色いかみと中総体のロゴ入りのキャップ、

それにマスクで顔のほとんどがかくれていて、顔つきはあまり分からないが、

長袖ながそでであろう白衣のそでをヒジの辺りまでまくって着ていて、

首からは『屋良内』と書かれたネームプレートを

太めの赤いヒモでぶら下げている。




 ボクはまず、血のついた鼻から口の周りを

大きめのガーゼのようなものでゴシゴシとかれた。


 次に、小さいガーゼを棒状にしたものを鼻の両穴にめられる。


 そして、


「ちょっとジッとしててね。15秒ぐらい……」

と屋良内さんが言いながら右手をボクの鼻にかざした。


「はい」

とそれにボクが鼻声で返事をした直後に、

ホワッとした温かさが

屋良内さんの手のひら全体からボクの顔に伝わってくる。


 治癒ちゆ属性による治療ちりょうだ。




「……はい。外すわよ」


 治療ちりょうが終わると、屋良内さんが血のついたガーゼを鼻から外してくれた。


「ちょっとお鼻をかんで、これのにおいでみて?」


 屋良内さんはそう言いながら、

ティッシュの箱とれた小さなガーゼを差し出す。


「はい」

とまだ鼻声気味に返事をしながらそれを受け取ったボクは、鼻を


「フーン!」

と勢いよくかんでみた。


 ティッシュを開いてみると、

わずかな血とその後に鼻水が出た感じである。


 どうやら鼻血は止まったようだ。


 それを確認したボクは、

次に屋良内さんからわたされたれたガーゼのにおいをクンクンごうとして、


「ゴホッ!?ゴホッ!?」

と思わずんでしまった。


 鼻にツーンと来るアルコールしゅうだ。


大丈夫だいじょうぶそうね。……あんまり無茶しないことよ」


 ティッシュとボクの反応を見た屋良内さんが

マスクしに少しニコリとしたので、ボクは


「はい……。どうもありがとうございました……」

とパイプイスから立ち上がって、

屋良内さんに深々と頭を下げた。


 慣れているのか、さすがの手際だ。


 時間は全部で2分もかかっていないだろう。




大丈夫だいじょうぶですの……?」


 立ち上がったボクに、りんが歩み寄ってきた。


「……大丈夫だいじょうぶじゃ、ないかも」


 ボクは正直に言う。


 その理由は、鼻血や肉体に受けたダメージのこともあるが、

もう1つ。


 パイプイスに座っていた、アースの横の部分。


 その位置から、鋤員すきいん選手の作り出した土壁つちかべの構造が、よく見えたからだ。


 土壁つちかべは、ボクとりんの側は非常に急な斜面しゃめんに、

前立選手と鋤員すきいん選手の側はゆるやかな斜面しゃめんになっている。


 アースのセンターラインから向こう、

前立選手と鋤員すきいん選手のエリアに収まっているサイズではあるが、

まるで堤防ていぼうのようだ。


「(プロの試合でもここまでの土壁つちかべはほとんど見たことがない……。

  レベル10ぐらいありそうだな……)」

とボクが思っていると、

ふいに


「あーあぁ、くたばってりゃ楽だったのによぉ……。へへへ……」

と声がした。


 前立選手だ。


 だが、ボクが前立選手のほうをり返ると、

ほぼ同時にピー!と審判しんぱんのホイッスルが鳴らされた。


「キミねえ!さっきから目に余る!

 警告ワーニングだよ!

 次は失点にするからね!?」


 審判しんぱんが、かなりイライラした様子で前立選手に向かって言う。


 コードバイオレーションを取られたのだ。


 だが、それを聞いた前立選手は意にかいしていない様子で、


「ウース……。スンマセェン……。ヘヘヘ……」

と笑いながら、スタンバイエリアにスタスタ歩いて行った。




 ボクもその様子を見送ると、

ボクとりんの側のスタンバイエリアにくるりと向き直る。


「!?

 まだやる気なんですの!?」


 ボクのそばにいたりんが、歩き出したボクにおどろきながらたずねた。


「当たり前じゃないか……」


 ボクは言う。


「もうやめてくださいませ!」


 りんがまた泣きそうな声になりながら、

歩くボクの右肩みぎかたを左手でつかんだ。


「ごめん……。いやだ……」


 ボクは歩みのほうは止めたが、拒否きょひをする。


「今度こそ危ないかもしれないんですのよ!?」


 りんがグイッとボクの右肩みぎかたを引っ張ったので、

ボクはりんり返った。


 そしてりん両肩りょうかたを両手でつかむと、

真っ直ぐにりんの目を見据みすえて、言う。


「それでもやらせて欲しいんだ……!

 最後まで……!

 出し切りたいんだ……!

 りんだって、最後までやりたいでしょ……!?」


 ボクの意志は、すっごく固いのだ。


「……!」


 りんはボクとジッと目を合わせていたが、

しばらくすると目を泳がせ、そしてグッと閉じた。




「承知しましたわ……」


 りんはそういうと、キッ!と両目を見開く。




土壁つちかべで2人が見えない間は、遅降弾ラググレネードボンバーねらってみますわ」


 スッと背筋をばし、りんが言う。


 ボクはうなずいて、


「そうだね。

 『数ちゃ当たる』になるかもしれないけど、やってみよう」

と返事をした。


「それに土壁つちかべを登るぶん、向こうの攻撃こうげきタイミングはおそくなるはずですわ。

 こちらの合体ジョイントまでの猶予ゆうよはあるはずです」


 りんが言いながら、土壁つちかべを下から上になぞるように指さす。


「うん。

 土壁つちかべしだと向こうもねらえないはずだから、

 土壁つちかべからいずれ上半身を出してくる。

 ボクはそこをショットガンでてるように土壁つちかべの目の前で待機してるよ」


 ボクも土壁つちかべのほうを見ながら言った。


「承知しましたわ。

 それで行きましょう」


 りんはそう言いながらうなずくと、左手のひらをスッと持ち上げた。


 ボクもうなずき、それに応じて左手を持ち上げる。


 パァン!とボクはりんとハイタッチを交わした。




 ボクもりんも、覚悟かくごを決めたのだ。

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