16回戦 立-3

 翌日。


 今日もボクは、絶とりん一緒いっしょ剣魔けんま部の朝練に顔を出す。


 昨日とは打って変わって、部長の鬼頭先輩きとうせんぱいを筆頭に男子部員達の姿もあった。


 ボクと絶が男子部室に入ると、みんな一瞬いっしゅん静まり返った後、


「おはようございます!」

と一年生があいさつをしてくる。


「おはようございます!」


 3年生もいるので、ボクと絶も敬語であいさつをした。


 だが、たてるの姿は見えない。


 これは予想できたことである。


「(勝負は夕練の時だ……)」


 ボクは、静かに覚悟かくごを決めていた。




「ムロ……。

 お前……、りんちゃんとダブルスのペア組むの……?」


 着替きがえを終えた鬼頭先輩きとうせんぱいが、ボクに声をけてくる。


「そのことなんですけど……。

 ボク、今日の夕練でたてるとシングルスで勝負します」


 ボクは言った。


「勝負?」


 鬼頭先輩きとうせんぱいと絶が同時にたずねる。


 絶にもまだ秘密にしていたのだ。


たてるに負けたら、ボクは部活を辞めます」


 ボクはキッパリと宣言した。


「えっ!?」


 絶がおどろく。


「それは……。

 オレに止める権利は無いけど……。

 りんちゃんと組めるならダブルスだけでもさ……」


 鬼頭先輩きとうせんぱいは、少し口ごもるように言った。


 ボクの聖剣せいけんに望みは無いが、りん一緒いっしょならばあるいは、というところだろう。


 昨日の朝練で、ボクがりん合体ジョイントできたこと、

絶と脇名先輩わきなせんぱいのペアに善戦していたことを、きっとだれかから聞いているのだ。


たてるくんに何か言われたの!?」


 絶が、ボクの両肩りょうかたつかんでさぶってきた。


「ちょっとちがうかな……。

 ボクが何か言われたというより……、

 たてる剣魔けんましてもらわないとボクがいやというか……。

 ボクは勝負してたてるに認めてもらえたら、部活続けるよ……」


 ボクはうまく説明できないが、何とか言う。


「昨日も言ったけど、たてるくんは関係ないでしょ!」


 絶は、少しおこったような声を出した。


「関係あるんだよ!

 ボクだけが剣魔けんまするのはちがうんだ!

 それに、ボクが剣魔けんまするのなら、たてるに納得してもらわないといやなんだ!

 こんな聖剣せいけんでも勝てるってことを、たてるに見せつけないとダメなんだ!」


 ボクも語気を強める。


 ボクの意志は、すっごく固いのだ。


「そんなことないって……」


 絶は、ボクが大きな声を出したせいか、少しトーンダウンする。


「逆に聞くけど、ボクがたてるに勝てないなら、大会でも勝てないと思わない?」


 ボクは絶にたずねた。


「それは……。

 でも、ボクには勝ったじゃないか……」


 絶がつぶやくように言う。


「ダブルスで、だし、聖剣せいけんが折れただけじゃないか……」


 ボクもつぶやくように返す。


「……」


 絶も鬼頭先輩きとうせんぱいも、もう何も言わなかった。







○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~







 帰りの会も終わり、夕練の時間になる。


 顧問こもんの下井先生と美安先生にも、勝負については事前に話を通しており、


『ウォーミングアップと基本動作が終わってからなら~……』

という条件で勝負することを許してもらえた。




 ボクとたてるがアースに入り、真ん中の「*」マークの辺りに向かい合って立つと、


「家でも言った通り、ルールは剣士けんしシングルス。

 ボクが勝ったら、ボクは部活を続ける。

 ボクが負けたら、ボクは部活を辞める」

とボクが言う。


「……」


 たてるは何も言わず、こちらをジロリとにらむように見つめている。


「ちょっと待った」


 審判しんぱんを買って出てくれた鬼頭先輩きとうせんぱいが、口を開いた。


「その取り決めだと、たてるはあんまりやる気が出ないんじゃないか?」


 鬼頭先輩きとうせんぱいたてるを見ながら言う。


「それは……、まあ……」


 たてるが少しだけ、うなずきながら言った。


「だから、オレから追加ルールだ。

 たてるがムロに完勝したら、

 つまり1ポイントも取られずに勝ったら、

 たてるを団体戦のレギュラーにしてやるよ」


 鬼頭先輩きとうせんぱいが言い放つ。


「マジですか……!?」


 たてるの目の色が変わった。


「じゃあ、本気でやります!」


 たてるが、首をかしげるようにしてポキポキと首の骨を鳴らし、

続けて両手を組むようにしてポキポキと手の指の骨も鳴らす。


 そして、刀をくようにビュッ!と聖剣せいけんを勢いよくくと、

くるりとり返り、頭のプロテクターをかぶりながら、

アースのすみにあるスタンバイエリアにスタスタと歩き出した。


「そうこなくっちゃ……!」


 ボクもそれを見てニコリとしながら、

刀をくようにビュッ!と聖剣せいけんを勢いよくくと、

たてるが向かったのと対角の位置にあるスタンバイエリアに、

頭のプロテクターをかぶりながら小走りで向かう。


「(本気のたてると勝負しなければ、意味が無い……。

  本気のたてると勝負して、ボコボコにされて負けたのなら、

  ボクの夢もあきらめきれるというものだ……)」


 ボクは思った。


「(だが……)」


 ボクは、こうも思った。


「(当然、ボクだって本気でやらせてもらう……!)」


 ボクは、ワザとたてるに負ける気なんてさらさら無いのだ。


 なぜなら、ボクだってフィクションの主人公にあこがれているのだから。




 スタンバイエリアにボクとたてるが入って向かい合うと、

ピー!と審判しんぱん鬼頭先輩きとうせんぱいがホイッスルを鳴らした。


 試合スタートだ。


 ボクは、ダダダ……!と一直線にアースの真ん中へ向かう。


 たてるも同様である。


 たてる聖剣せいけんの間合いまで残り1歩というところで、ボクはフェイントをかけた。




 軸足じくあしにかかる走る勢いを、

その足で真後ろに向かってぶような要領で一気に殺し、

次の1歩をみ出す直前にピタリと静止するのだ。


 ふくらはぎと太ももの筋肉を痛くなるほど酷使こくしするが、

ボクが編み出した必殺技みたいなものである。


 この技を使うことで、大抵たいていの相手は、

もうボクが間合いに入って来たと思いんで、大きく空振からぶりしてくれるのだ。


 ボクの半球状の短い聖剣せいけんを見れば、適当にってもガードは難しいだろうし、

最悪ガードされてしまったとしても、

リーチがちがいすぎて反撃はんげきできないだろうと考えるからである。




 だが、たてるらなかった。


 たてるは走る勢いそのままに、大きくきをり出していた。


 線ではなく、点で来る攻撃こうげき


 静止してしまったボクは、格好の的になった形だ。


 ガキィン!ズガッ!


 ボクは、何とか自分の聖剣せいけんたてるきに合わせて直撃ちょくげき回避かいひしたが、

らしきれなかったたてる聖剣せいけんが、

ボクの左脇腹ひだりわきばらの辺りのプロテクターに命中した。


 ピー!と鬼頭先輩きとうせんぱいがホイッスルを鳴らし、


1ワン-0ゼロ!」

とスコアをコールする。


「いいぞ!いいぞ!たてる

 行け!行け!たてる

 もう1本!」

とギャラリーから手拍子てびょうし声援せいえんが上がった。


「っしゃあ!」


 たてるも、左拳ひだりこぶしを高々とり上げている。


 だが、ボクは『先手を取られた』とか『くやしい』とか、

そんなこととは別のことを考えていた。


「(たてる……。

  お前……、もしかして……)」




 ボクとたてるが、先ほどとは逆の対角にあるスタンバイエリアに入ると、

ピー!と再び審判しんぱん鬼頭先輩きとうせんぱいがホイッスルを鳴らす。


 ボクとたてるは、それぞれ一直線にダダダ……!とアースの真ん中へと向かった。


 たてるの間合いに入る直前、ボクはたてるから見て左側に、

利きうでではないほうにスッと移動してみる。


 たてるはそこに、利きうで側から大きく聖剣せいけんり回すように、

ボクの上半身をねらって攻撃こうげきり出してきた。


 ボクは、自分の聖剣せいけんを構え、たてる聖剣せいけんに難なく合わせる。


 ガキィン!


 おたがいに聖剣せいけんはじかれ、やや体勢をくずした。


 だが、たてるはその体勢をくずした状態から、体勢をもどしきらないまま、

再び大きく聖剣せいけんり回すように、ボクの上半身をねらってくる。


 ボクは、バッ!とたてる聖剣せいけんをしゃがみんで回避かいひすると、

たてるの大きくみ出された左脚ひだりあしるようにビュッ!と聖剣せいけんった。


 ゴッ!


 たてる左脚ひだりあしの、すねの辺りのプロテクターに命中する。


 ピー!と審判しんぱん鬼頭先輩きとうせんぱいがホイッスルを鳴らし、


1-1ワンオール!」

とスコアをコールした。


「オォ……!」

とギャラリーからどよめきが上がり、すぐさま


「いいぞ!いいぞ!夢路ゆめみち

 行け!行け!夢路ゆめみち

 もう1本!」

手拍子てびょうし声援せいえんが上がる。


 ボクは、アースのすみのスタンバイエリアへともどって行く。


 たてるは、

たてる呆然ぼうぜんとしたように、アースの真ん中で立ちくしていた。


「おいたてる。まだ試合終わってねーぞ」


 鬼頭先輩きとうせんぱいが声をけると、

ようやくたてるは自分のスタンバイエリアへともどって行く。


 ガックリとかたを落として。




 たてるは、

たてるはその後もるわなかった。


 自分の巨剣きょけんの大きさに任せた、大振おおぶりときが主体。


 分かってしまえば、ボクの聖剣せいけんでも何とか対処できる。


 ボクの聖剣せいけんは軽くて小回りが効くし、

折れる心配もボクは全くしていなかったのだから。


 たてるは、

たてる剣魔けんまを始めて、まだたった1ヶ月の素人そのものだった。




 そして、ゲーム数1ワンゲームストゥ0ゼロのポイント2ツー-0ゼロ


 ボクが大きくリードしての、マッチポイントだ。


 ピー!と鬼頭先輩きとうせんぱいがホイッスルを鳴らすと、

ボクとたてるは、ダダダ……!とアースの真ん中へと走る。




 たてるは、

たてるは泣いていた。




 大粒おおつぶなみだを頭のプロテクターのすそからこぼしながら、

走る勢いそのままに、

ボクにはもう通用しないきをり出してくる。


 ガキィン!


 ボクは、き出されるたてる聖剣せいけんに自分の聖剣せいけんを合わせてはじいた。


 だが、ここからではまだボクの聖剣せいけんのリーチの外だ。


 もう一度、たてる攻撃こうげきを防ぐか回避かいひする必要がある。




 ところが、たてるが何とかはじかれた聖剣せいけんを立て直して、

右腕みぎうで側から再びろうとしたその時だった。


 シュン!


 たてる聖剣せいけん突然とつぜんなえた。


「あっ……?」


 たてるは、涙声なみだごえつぶやくように口に出す。


 聖剣せいけんの持久力の限界をむかえたのだ。




 実は、聖剣せいけんはずっといたままにしておくことができない。


 これも個人差があるが、一般いっぱん的には20分から30分程度、

短いと10分程度で聖剣せいけんが勝手になえてしまい、

その場合は10秒程度が経過しないと、再びくことができなくなるのである。


 そして、その聖剣せいけんいたままにしておける時間というのは、

持ち主の感情や体調などによっても大きく左右されるのだ。


 恐怖きょうふ緊張きんちょうなどのストレスや、

心身の疲労ひろう影響えいきょうしているのだろうと考えられている。


 泣き出してしまうほどのストレスをかかえたたてるは、

聖剣せいけん維持いじできなくなったのだ。




「(いや、あるいは……)」


 ボクは思った。


「(たてるはそもそも、

  それほど長く聖剣せいけんいていられないタイプなのかもしれない……)」




 なお、試合中に聖剣せいけんがなえたとしても、

それが意図的かどうかに関わらず、ルール上は特にペナルティは無い。


 聖剣せいけんが勝手になえただけなら、次のポイントまでには

大抵たいていの場合、復活できるからだ。




 ボクは、たてるへと大きく1歩前進しつつ、

聖剣せいけん右脇腹みぎわきばらに引きつけるようにグッと構えた。


 たてるは、

たてるはもはや回避かいひしようとも逃げようともせず、その場に立ちくしている。


 ドスンッ!


 ボクは、たてるの左胸のプロテクターに、トドメの一撃いちげききを決めた。

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