9回戦 朝練開始-1

※作中で登場する『アース』の構造については、こちら↓をご参照ください。

 https://kakuyomu.jp/users/cck230da/news/16817330651762227137

○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~




 ボクの予想は当たった。


 折れた聖剣せいけんの回復には、丸一日程度かかる。


 今日の朝練に参加するのは、

男子はボクと絶の2名のみ、

女子は副部長で三年生の脇名わきな先輩せんぱいを筆頭に、りんふくめて10名のみ、

合わせてたった12名だった。


 男子は全員、聖剣せいけんが折れているのだから、部活も何も無いのだ。


 たぶん精神的にも、朝練という気分では無いだろう。




「木石兄のほう、ちょう久しぶりじゃん。

 弟が来ねーからか?

 ハハハ……」


 脇名わきな先輩せんぱいがボクのかたをパンパンたたいて笑った。


「どうも……」


 ボクは少し照れて、頭をかいて言う。




 黒髪くろかみショートでかなり日焼けした活発そうな見た目であり、

サバサバしていて裏表のない性格で、

ちょっと男勝りな感じもあるが、

男子のファンが多い先輩せんぱいだ。


 そして、ボクの聖剣せいけんを見ても笑うだけで、

悪口とかは一切言わなかった数少ない女子の一人でもある。




 さて、トレーニングウェアの上にプロテクターも装着した部員達が、

準備体操をそろって済ませると、


「は~い!

 じゃあ準備体操も終わったことだし~、

 男女共まずはいつものようにグラウンド5周~!

 終わった人から基本動作ね~!」

と言いながら顧問こもんの下井先生がパンパンと両手をたたく。


「時間ないからチンタラ走るんじゃないよ!」


 同じく顧問こもんの美安先生が、持っているムチでパン!と地面をたたいた。




 美安先生は、四属性と治癒ちゆ属性の魔法まほうが使える上に、

重属性という重力を強くするような魔法まほうまで使える、

これまたレアケースの女性の先生だ。


 下井先生に負けずおとらず厳しい先生で、

ポニーテールにまとめた長い亜麻あま色のかみ清楚せいそそうな顔つきの割に、

口調も厳しく、なぜかいつもムチを持ち歩いている。


 ただし、さすがにそのムチで生徒を直接たたいたりということはしない。


 せいぜい先ほどのように、地面やゆかたたいておどかす程度である。


『世の中には、女性にムチでたたかれることをうれしがる男性もいる』

というのは知っているが、

ボクはまだその域には達していない。


 なので、ボクなんかからすると、

かなりこわくて変わっていて近づきがたい先生なのだが、

なぜか女子からは人気者で、

バレンタインの時など大量にチョコレートをもらっていたようだ。




 グラウンドを走り終わって体が温まったボク達は、

今度は基本動作の練習に入る。


 男子は聖剣せいけんを構えた姿勢、

女子は魔法まほうてるように構えた姿勢で、

それぞれプロテクターも全身に着用したままで、

『ラダー』と呼ばれるヒモと棒がハシゴ状の形になったものを地面に置き、

そのラダーをまないようにしながら、

色々なステップでその上を進んでいくのだ。


 本番の剣魔けんまの試合では、

試合の行われる『アース』と呼ばれる正方形の広いエリアを、

相手を追いかけたり、

女子の魔法まほうけたり、

男子の聖剣せいけんから合体ジョイントされた魔力まりょくち出す『射聖ショット』をけたりしながら、

走り回って戦うことになるので、

前後左右に素早く動けるように、

色々な足運びのステップを練習するわけである。




「オイ!ラダーんでんぞ!

 お前もんでやろうか!」


 美安先生のムチが、再びパン!と地面にたたきつけられる。


 ボクは、ビクンビクンとおっかなびっくりしながら基本動作をこなす。




『世の中には、女性にまれることをうれしがる男性もいる』

というのは知っているが、

ボクはまだその域には達していない。




「ムロくんの聖剣せいけんて……、そんな感じなんだね……」


 ボクの聖剣せいけんを初めて見た絶が、悲しそうな声で言った。




 絶の聖剣せいけんは、片刃かたばだがとても長くて太さもあり、

根元から先っちょまで全部になった、

大きな刀のようなやや反ったタイプだ。




「ハハ……。笑えるでしょ……?」


 ボクは、自分の聖剣せいけんと絶の聖剣せいけんの落差に、やや自暴自棄じぼうじきになって言う。


「いや、そんなことないよ……。

 ボクだって変聖期へんせいきに入るまでは、

 先っちょにちょこっとだけがある彫刻刀ちょうこくとうみたいな感じだったんだ……」


 絶が首と両手をった。




 『変聖期へんせいき』というのは、

聖通せいつうした男子の聖剣せいけんが、少しばかり大人の聖剣せいけんへと変化する時期である。


 これも、いつ来るかやどのような変化が起こるかは個人差があるのだが、

基本的には

聖剣せいけんの長さが長くなったり、

太さが太くなったり、

の面積が増えたり、

片刃かたばから両刃りょうばになったりと、

プラスの方向に変化が起こることがほとんどだ。




「へー……、絶ってもう変聖期へんせいき来たんだ……」


 ボクは絶の聖剣せいけんを見ながら言う。


「(ボクも変聖期へんせいきが来たら、少しはけんらしい聖剣せいけんになったりしないかな……?)」


 ボクはけんらしくなった聖剣せいけんを持つ自分の姿を、おぼろげながら想像してみた。




「オイ!夢路ゆめみちテメー!早くやれコラ!」


 美安先生の怒鳴どなり声と、パン!というムチの音で

ボクはハッと我に返る。


 次はボクが基本動作する番だった。


「わっ!す……、すみません!」


 ボクはあわてて基本動作を始める。




「次は、球出し行くわよ~!」


 下井先生が声をけ、部員達を2つのグループに分ける。




 『球出し』というのは、

実際に飛んでくる魔法まほう射聖ショットけながら相手に近づく練習だ。


 と言っても、

本当に魔法まほう射聖ショットって当たると、

プロテクターを付けていてもケガをする場合があるので、

下井先生が魔法まほう射聖ショットに見立ててテニスのラケットでテニスの球を打ち、

部員はそれをけながら下井先生に近づいて行く、

という感じで行う。


 なので魔法まほう射聖ショットの『たま』ではなく、テニスの『球』なのだ。


 実際の剣魔けんまの試合でもケガはつきもので、

大会などでは各アースの付近に必ず治癒ちゆ属性の魔法まほうが使える教師や運営スタッフ、

大きな大会では医療いりょう関係者などが待機しているものである。




「紙一重でけてんじゃねーぞ!

 本物はもっとデカいたまなんだ!」


 美安先生が言いながら、またムチをパン!と地面にたたきつけた。




 次はりんける番だ。


 ボクは球拾いをしながら、りんける様子を見てみる。


 ズザッ!ズザッ!


 ズザッ!ズザッ!


「(女子はけっこう当たっちゃうものだけど、

  さすが全国一位だけあって、りんはスイスイけるなー……)」


 ボクはりんが飛んで来る球をける様子を見ると、

感心してうんうんとうなずいてしまった。




「……は~い、いいわよ~!

 球拾い終わったら、そっちのグループが入って~!」


 下井先生が声をかける。


 次はボクと絶をふくめたグループがける番だ。




「(おっとっと……)」


 ボクも頑張がんばって球をズザッ!ズザッ!とけていく。


 下井先生は、

パン!パン!パン!パン!……!と一定間隔かんかくで球を出してくるのだが、

その球は

山なりだったり、

真っ直ぐだったり、

地をうようだったり、

あるいはそれらに加えて緩急かんきゅうをつけたりと多種多様なので、

うっかり前の球に気を取られすぎると、すぐ当たってしまうのだ。


 きっとテニスも上手いのだろう。


 ボクに関して言えば、久しぶりな部活のせいというのもあった。




 ちなみに、こんな風に先にった魔法まほう射聖ショット

あるいはペアを組んでいるプレイヤーの体などで、

その次の魔法まほう射聖ショットなどの攻撃こうげきを見切られにくくすることは、

『ブラインド』、『目隠めかくし』、『かくだま』などと呼ばれ、

本番の試合でもよく使われるテクニックの1つだ。




「……は~い!いいわよ~!」


 ボクの聖剣せいけんは短いので、

下井先生もボクがかなり近づくまで終わりにしてくれない。




 この辺りも、ボクが大会でなかなか勝てなかった理由の1つである。


 聖剣せいけんのリーチの差が、そのままハンデになってしまうわけだ。




 さて、次は絶がける番である。


 スイスイ。


 スイスイ。


「(……上手い!さすが全国2位!)」


 ボクは内心でとても感心して、またうんうんとうなずいてしまう。


 ボクのように無駄むだな足音なんて全然立てず、

それでいてスムーズな足運びで下井先生に近づいて行くのだ。


「は~い!いいわよ~!

 ナイスき足ね~!」


 下井先生が練習中にめるのはめずらしい。




 『き足』もテクニックの1つで、

足首の辺りで着地の衝撃しょうげきをうまく吸収して、

足音を立てないようにしつつ素早く移動する足運びのことだ。


 『き足、差し足、しのび足』という言い回しから来ている。


 『トロッティング』とも呼ばれ、

特に剣士けんしが動き回って相手をかく乱する時などに重要となるテクニックだ。




「……は~い!いいわよ~!

 次はシングルスの試合形式やっていくからね~!」


 最後の1人が終わると、下井先生がまた声をけた。




 剣魔けんまのシングルスは、剣士けんし剣士けんし、または魔法まほう使い対魔法まほう使いで戦う試合形式だ。


 つまり、基本的には同性同士でやり合うことになる。


 それぞれ剣士けんしシングルス、魔法まほうシングルスと呼んだり、

けん単やけんS、あるいは単やSと略して表記したりする。


 レアなケースの魔法剣士まほうけんしが参加する場合は、

参加するほうに合わせて、どちらかは使えないという制限がかけられる。


 ちなみに、ダブルスについても説明すると、

剣士けんしのペア対剣士けんしのペア、

魔法まほう使いのペア対魔法まほう使いのペア、

剣士けんし魔法まほう使いのペア対剣士けんし魔法まほう使いのペア、

という3パターンが有り、

それぞれ剣士けんしダブルス、魔法まほうダブルス、ミックスダブルスと呼んだり、

けん複やけんD、複やD、混複や混Dと略して表記したりする。


 ただし、中総体もふくめてほとんどの大会では、

ダブルスと言えば剣士けんし魔法まほう使いのペアでやり合う、ミックスダブルスだけだ。


剣魔けんまと言えば、ミックスダブルス』

と言っても過言ではない花形種目なのである。




 ウチの中学にはアースが3面しかないので、

シングルスの試合形式の練習では、

各アースで対戦する選手が2×3の6人、

各アースの審判しんぱんが1×3の3人、

計9人がアースに入ることになる。


 最初は、ボクと絶、女子1人は入れず、

アースの外から応援おうえんの練習だ。


「(りんが入るから、りん応援おうえんしようかな……)」


 ボクは、りんが入ったアースのほうのかべへ移動する。




 アースには通常、周りに耐火レンガでかべが作られているものなのだ。


 一番威力いりょくが出やすいとされている魔法まほうが火属性なので、

それにえられるかべが作られているというわけである。




 絶もりんを見たいらしく、ボクのすぐとなりにやって来た。


 りんの相手は、脇名わきな先輩せんぱいだ。


 2人は、正方形のアースの真ん中にある、

『*』マークのようになっている位置で握手あくしゅを交わす。


「よろしくお願いいたしますわ」


「よろしくお願いします」


 握手あくしゅが終わると、2人は頭のプロテクターをかぶりながら、

それぞれアースのすみへと移動した。


 アースの4すみには、それぞれ『スタンバイエリア』と呼ばれるエリアがあり、

2人は対角になる位置のスタンバイエリアにそれぞれ入る。


 ピー!と審判しんぱんのホイッスルが鳴らされた。


 試合スタートだ。

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