6回戦 絶と倫-2

「それじゃあ、ボクの家ここだから……」


 ボクが絶、りんり返って言うと、


「分かった。

 じゃあ6時半ぐらいには、ここに来るからね?」

と絶がうれしそうに言った。


「よろしくお願いいたしますね。

 実はスマホを買ってもらったのは最近なんですの。

 家族以外でインランの交換こうかんした殿方とのがたは、初めてなんですのよ?」

と倫もニコニコしながら言った。




 『インラン』というのは、メッセージアプリの名前だ。


 ボクらの世代がスマホなんかでやり取りするとしたら、

大抵たいていの場合、インランを使う。




「ボクも女の子とインラン交換こうかんしたの初めてだよ……」


 ボクは少し照れながら言った。


「(しかもこんな、ちょうが付くような美少女と……)」




 家までの道すがら、

二人と話して分かったことは、

絶もりんもとても良い人間ということだった。


 りんりんで、同世代に自分の挿入インサートえられる人間が全然おらず、

色々と肩身かたみせまい思いをしているらしい。




「また明日ね。ムロくん」


「ごきげんよう。ムロさん」


 絶、りんが言うので、ボクも


「うん。また明日」

と返す。


「(結局、『ムロ』で落ち着いたな……。

  まあボクが気にしないんだからいいか……)」


 絶、りんが家からはなれて行くのを手をって見送ると、

ボクはギュッ!と両手をにぎりしめた。


「(明日から、朝練!)」


 ボクの心は、まるで遠足前日の小学1年生みたいだ。




 我が正甲せいこう中の剣魔けんま部が県大会の常連校というのは前にも説明したが、

その割になぜかウチの部では朝練というものが行われていなかった。


 たぶん顧問こもんの下井先生的には、ずっとやりたかったのだろうが、

部員の大半が乗り気ではなかったためだろう。


 しかし、そこにやる気満々マンの絶がやって来た。


 これ幸いとばかりに、下井先生は


『やる気の有る子だけでいいから~、明日から7時に朝練やりましょ~!』

と今日の部活で宣言したのだそうだ。




 ここで1つ補足がある。


 実は、ボクの弟のたてるは、やる気が無い側の部員だ。


 と言うのも、

なまじ聖剣にめぐまれているたてるは、

入部して早々に団体戦のメンバー、

つまりレギュラーに入れて欲しがったらしいのだ。


 しかし、さすがに始めたばかりの一年生だったせいもあるのか、

下井先生がそれを却下きゃっかし、補欠にすら入れなかったのだという。


 それがどうやらたてる的には非常に不満だったらしく、

特に土曜日の部活をけっこうサボっているのだ。


(ちなみにウチの中学では、日曜日は部活は全面的にお休みだ。)


 つまり、たてるはやる気が無いので、

朝練にはおそらく参加しない。


 たてるが参加しないのであれば、

ボクが朝練に参加したところで、何も言われないだろうということである。


「(たてるに気をつかわないで、剣魔けんま部として練習できる日がまた来るなんて……!)」


 ボクは、とてもうれしかった。




 ちなみに絶、りんはというと、

朝練と通常の夕練の両方に参加するわけであるが、

かれらぐらいになると、その練習量にプラスして、

さらに家でも両親に課せられたトレーニングメニューをこなしているそうだ。


 オーバーワークにならないようには配慮はいりょしてあるそうだが、

すさまじい』の一言である。




 ガチャ……、バタン。




 さて、ボクは我が家の玄関げんかんに入ったわけだが、


「……」


 無言でクツをぐと、そのまま廊下ろうかを歩き出す。


『ただいま』


 なんて言わない。


 家族には無駄むだに話しかけない。


 たてる聖通せいつうしてからの、ボクの日常である。


 空気になるイメージだ。


 悲しいとかは特にない。


 それに何も言わなくても、

母さんは料理は作ってくれるし、

風呂ふろの時間にはボクの部屋まで知らせに来てくれる。


 ボクはそれだけしてもらえれば、十分である。


「(たてるのクツがあった……。

  先に帰って来たのか……)」


 ボクが思っていると、

廊下ろうかとリビングを仕切っているドアが、

ふいにガチャッ!と開いた。


夢路ゆめみち、あんた部活に行ってきたの?」


 めずらしく、ボクが帰って来たことを確認するように、

母さんが顔を見せながらたずねてきた。


「(……ああ、そうか)」


 ボクは思った。


「(ここ最近早く帰って来てるボクのほうが、

  連絡れんらくもなしに帰って来なかったから心配してたのか……)」

と。


「(電話か、せめてインランでもしておくべきだったな……)」


 ボクは母さんに申し訳なく思いながら、


ちがうよ……。本屋に寄ってたから……。ごめん……」

と言って、母さんとドアの隙間すきまから見えるリビングの様子をチラリと見た。




 テーブルには、夕食がもう用意されている。


 だが、たてるの姿が無かった。


たてるのほうが、だいぶ早く帰って来たと思ったら、

 ずっと部屋に閉じこもってるのよ。

 ドアの外から呼んでみたんだけど、返事もしないし……。

 あんた、なんか知ってる?」


 母さんがたずねる。


「(ちがった……)」


 ボクは思った。


「(ボクを心配してたと言うより、たてるを心配してたのか……)」

と。


「何も知らないよ……?

 でも、部活には行ってたはず……」


 ボクは少し悲しくなったが、それでも平静を装ってそう言った。


 事実だ。


 だが、確かにおかしい。


「(絶と一緒いっしょに部室の前で見たたてるは、

  ちゃんとトレーニングウェアとプロテクター姿に着替きがえていた。

  なのに、

  『だいぶ早く帰って来た』

  とは……?)」


 ボクは心の中で首をかしげた。




 ガチャ……、バタン!


「ただいまー」


 玄関げんかんで声がした。


 父さんが帰って来たのだ。


「おかえりー」


 母さんがボクしに、玄関げんかんの父さんに声をける。


 ボクは無言だ。


 り返すが、空気になるイメージである。




「あれ?たてるは?」


 父さんも、母さんとリビングのドアの隙間すきまから中が見えたのか、そう言った。


 たてるは、部活の後だとお腹を空かせているので、

いつもなら父さんの帰りなど待つはずもなく、

料理が用意されたら真っ先に食べ始める感じである。


 そのたてるが、この時間にリビングにおらず、ご飯も食べていないというのは、

我が家では異常事態なのだ。


「なんか、夢路ゆめみちより早く帰って来たと思ったら、

 ずっと部屋に閉じこもってるのよ。

 ドアの外から呼んでみたんだけど、返事もしないし……」


 母さんが、先ほどボクにしたのと同じ説明をり返した。


「なんだそれ?」


 父さんは、母さんとボクの顔を見比べるように交互に見る。


「もしかしたらだけど……、部活でなんかあったのかも……」


 ボクはつぶやくように言った。


 1つ思い当たることがあったのだ。


 本屋の前でりんが言っていた、


顧問こもんの先生方はともかく、部員のみなさんがあれではね……』

という言葉である。


「今日、本能兄妹が転校して来たんだよね……。

 知ってる?

 剣魔けんまの全国大会にも出てた強い子達でさ……」


 ボクは言いながら、父さんと母さんの顔色をうかがうように見てみる。


「ああー……。

 知らないけど、

 『その兄妹に負かされちゃったのかも』

 ってことか?

 それはヘコむかもなー」


 父さんは、それを聞いて軽くうなずくと、


「よし。

 父さんが、ちょっとばかし元気づけてくるわ」

と言いながらパンと両手をたたき、たてるの部屋のほうへ歩いて行った。


 ボクはその様子を見送ってから、

まだ自分が制服から着替きがえていなかったことに気づき、

自分の部屋へと向かう。




「(でも、たてる聖剣せいけんを中断で折られたんだとしたら、

  もしかして適当に元気づけようとするのは、逆効果かもなー……)」

と、ボクは自分の部屋に入りながら思った。


「(ボクは、絶の言葉を借りるなら、

  そんなに聖剣せいけんめぐまれているほうではないのでよく分からないが、

  聖剣せいけんめぐまれてそれで自信を持った人が、

  その自信そのものの聖剣せいけんを折られるというのは、

  まさに天狗てんぐの鼻を折られるというやつなのではないだろうか……?)」


 ボクが着替きがえながら、そんなことをボンヤリと思っていると、




 ズ ゥ ン !


「!?」


 突然とつぜん、家じゅうにひびくような大きな音がしたので、

ボクはおどろいた。




「???」


 音はそれっきりだ。


 だが、


「(何かいやな予感がする……)」




 とりあえず、着替きがえを済ませたボクは、夕食を食べにリビングへともどる。




 父さんは左頬ひだりほほにアザを作っていた。


「えっ!?

 ど、ど、どうしたの!?」


 ボクは、そんな父さんがリビングに入って来たのを見て、あわててたずねる。


「キレてなぐられちゃったよ……。

 あれは相当ヘコんでるな……。

 ハハハ……」


 父さんは苦笑いをかべながらテーブルの席に着き、


「今日と明日は、あんまりたてる刺激しげきしないようにしよう。

 うん、それがいい。

 母さんも無理にたてるを呼びに行かなくていいからな。

 風呂ふろの時とか食事の時とか……」

とボク達に言って、


「じゃあ……、いただきまーす……」

と夕食の親子どんとサラダに手を付け始める。




「(父さんが心が広いおかげで親子喧嘩げんかにはならなかったみたいだけど、

  まさかなぐるとは……。

  やっぱり、りん聖剣せいけんを中断で折られたんだ……)」


 ボクは確信した。


 本屋の前で泣いてしまった男性がフラッシュバックする。




「(明日、

  『学校休む』

  とか言わなきゃいいけど……)」


 そんな心配をしながら、ボクも夕食の親子どんとサラダを食べ終わった。

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