25回戦 新人戦-4

「やったね!ムロくん!」


「まずは初戦突破とっぱですわね!ムロさん!」


 アースから出たボクに、絶とりんが声をけながらけ寄って来た。


 その様子を見ている周りの観客は、ザワザワとしている。


 どうやら、2人が本能兄妹だとバレてしまったようだ。


「(あっ……。

  こんなところ見られたら、ボクまで強いと勘違かんちがいされたり、

  ボクの聖剣せいけんのウワサ話にひれが付いたりしちゃいそうだな……)」

とボクは一瞬いっしゅん思ったが、


「(まあ、それでもいいかー……)」

と思い直した。


「(他の誰に何と思われようが、ボクはボクなのだ……)」

と。


「2人共、応援おうえんありがとね。

 なんて言うか、勇気が出たよ」


 ボクは2人に向かって、素直に感謝の言葉を口に出す。


「それなら良かったですわ」


 りんがニコニコして言う。


「大会って、緊張きんちょうせずにいつもの実力が出せるかどうかが

 重要なところあるからね」


 絶もニコニコして言った。


「兄貴!おつかれ!」


 遠くからたてるもやって来た。


「(おっ?審判しんぱんをやってないということは……!)」


 ボクは思い、


たてるも勝ったんだね!おめでとう!」

と声をける。




 自分も試合が近かったので、

たてるの1回戦の試合は、最初の2ポイントぐらいまでしか観戦できなかったのだ。


 そして、学生の剣魔けんまの大会の多くでは、

負けた選手側がそのアースで次に行われる試合の審判しんぱんをやる規定である。


 いわゆる『負けしん』というやつだ。


 つまり、たてる審判しんぱんをせずにここにいるということは、

1回戦を勝利したにちがいないのである。




「当然!」


 たてるは得意げに、こしに両手を当てて胸を張るようなポーズをする。


「最初のほう観てたけど、いい感じにし決めてたもんね!」


 ボクは、うなずきながら言う。


「お!?観てたの!?オレの勇姿!」


 立は大げさに言いながら、さらに胸を反らす。


 鼻高々という感じだ。




 『し』とは、剣魔けんまにおける剣士けんしのテクニックの1つである。


 聖剣せいけんをそのままると見せかけて一旦いったんなえさせ、

相手のガードをかいくぐる位置で改めてき直すのだ。


 そうすることで、通常ならガードされてしまうような状況じょうきょうでも、

かれて飛び出した聖剣せいけんすように相手にヒットさせることができる。


 剣魔けんまのプレイ中に聖剣せいけんをなえさせたりき直したりしても

特にペナルティが無いことを利用したトリッキーなテクニックであり、

聖剣せいけんが大きいほど効果的に使える。


 ただし、一時的とはいえ聖剣せいけんが無くなることになるので、

相手に読まれてしまえば反撃はんげきを許すことになるし、

自分がやりやすいき方とはちがう動きで聖剣せいけんくことになるので、

聖剣せいけんがタイミング良くけずに、空振からぶりのような状態になる可能性もある。


 また、ミックスダブルスの場合は、合体ジョイントした状態で聖剣せいけんをなえてしまうと、

その合体ジョイントが解除されてしまうという難点もあるのだ。


 メリットとデメリットを持った、まさしく諸刃もろはけんというわけである。


 たてる聖剣せいけんが大きいが、

聖剣せいけんを抜いたままにしておける持久力に課題があるので、

試合中に何度か聖剣せいけんき直す必要がある。


 それを逆手にとって利用するテクニックとして、

ボクがたてるに教えてあげたというわけだ。




「実戦でしやるのは度胸がいるもんね。すごいよ」


 絶がめると、


「お兄様はしちょっと苦手ですものね。すごいですわよ」


 りんめる。


「(ボクとシングルスで対戦した時に、

  絶もしをボクに決めてた記憶きおくがあるけど、

  あれで『ちょっと苦手』なのか……)」


 絶とりんのレベルの高さに内心で感心しつつ、


「(あんまりめると、たてる天狗てんぐになりそうだなぁ……)」

と若干心配なボクであった。







○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~







 さて、次にひかえていたのは

シードであるりんのシングルス2回戦の試合だったのだが……。


 パボン!


 パボン!


 立て続けに加速する火球をり出して、

1ポイント目、2ポイント目と連取すると、


 パボン!


 と3ポイント目も危なげなく決めた。


 ピー!と審判しんぱんがホイッスルを鳴らし、


「ゲームセット!ウォンバイ本能!3-0!」

とスコアをコールする。


 りんの完勝だ。


 何もできなかった相手と

アースの真ん中の『*』マークの上で握手あくしゅを交わして、

りんがアースを後にする。




「おつかれ様!ナイスゲーム!」


 ボクは、アースから出て来たりんに声をける。


「ありがとうございます。

 まあ、当然でしてよ」


 りんは言いながらかみをかき上げると、たてるのように胸を張ってから、


「ウォーミングアップは、もうよろしいんですの?」

とボクにたずねてくる。


「うん。ボクはいつでも行けるよ。

 たてると絶もトイレに行ってるだけだから、

 そろそろ来るんじゃないかな?」


 ボクはうなずいて、トイレのある方向をチラリとり返る。


 ボク、たてる、絶のシングルス2回戦の試合も、それぞれもうすぐなのだ。


「あの……、ムロさんさえよろしかったらなんですけど……」

と、急にりんが改まったように言いながら、

おずおずと円柱状になったピンクの水玉がらふくろを差し出して来た。


「お?何これ?」


 ボクは言いながら受け取って、

ふくろの口の部分をグイッと拡げて中をのぞいて見る。


 ふくろは内側がアルミになった保温バッグで、

中にはラベルのがされたペットボトルが入っていた。


 ペットボトルの中には、白っぽくにごった液体がたっぷり入っていて、

ペットボトルの表面には、『りん♥』とマジックで書かれている。


「ワタクシ達の両親が作ってくれてるスポーツドリンクなんですの……。

 お口に合うとよろしいんですが……」

りんは言ってから、ハッとしたように


「あっ!

 ワ、ワタクシは別のを持っていて、

 そちらには口を付けたりはしておりませんから!

 ご安心なさって!」

と真っ赤になりながら、あわてたように両手と首をった。


「あっ!

 な、なるほどね!

 ありがとう!」


 ボクもつられてあわてて言い、


「自家製なんてすごいね!

 せっかくだから飲んでみるね!」

と、その場でいそいそとボトルのキャップを外して飲んでみた。


「ゴックン。

 あっ、酸っぱい味なんだね。

 ゴックン。

 うん、おいしい。つかれが取れそう」


 ボクは2口ほど続けて飲んで見せ、素直に感想を口に出す。


「そうなんです……。

 クエン酸とアミノ酸入りですから……。

 1試合目のつかれが残っていては大変ですから……」

りんは、ようやく顔色を元にもどしながら言ってから、


「お口に合ったなら良かった……。良かったですわ……」

つぶやくように言う。


 ボクは、その反応が何だかに落ちず、頭の中に『?』マークをかべる。




 と、


「ムロくん!りん

 たてるくんの試合が先に始まりそう!」

と絶の声がした。


 ボクとりんり返ると、

絶が右手を大きくりながら、こちらへけて来る。




「あっ。わたせたんだね。りん


 け寄って来た絶が、ボクの持っているふくろに気づいて言った。


「お、お兄様!シーですわよ!」


 りんが口の前で人差し指を立てながら言う。


 りんの顔がまた真っ赤になり始めた。


 ボクは、それを見てまた『?』マークを頭の中にかべる。


「分かってる分かってる。

 いやあ、ボク達の両親のお手製のドリンクだからなー。

 きっとつかれによく効くよねー?」


 絶がボクの右肩みぎかたをポンとたたきながら言ったので、


「そうだね。

 ……あっ。

 お返しに明日ウチからも何か持って来ようか?

 果物とか……」

とボクは思いついて言うが、それを聞いた絶は、


「えっ!?

 い、いや!大丈夫だいじょうぶ大丈夫だいじょうぶ!」

となぜかあわてたように両手と首をる。


「そ、そうですわ!

 そんなもの全然大したアレじゃございませんから!

 お返しなんてとんでも!

 お気持ちだけで!」

りんも同様に両手と首をったので、


「そう?ありがとね」


 とボクは素直に受け取るだけにしておく。


 それを聞いた2人は、胸をなでおろしたような感じで、

顔を見合わせた。


 いや、りんが若干怒ったような顔をし始めて、

絶は頭をペコペコと下げている。


 ボクは何度目かの『?』マークを頭の中にかべた。

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