第43話
土曜日は結局、若菜の話を聞いて終わり。
日曜日。他の生徒は脱出ゲームに勤しんでいるが、クリアした俺と若菜には休みが与えられた。
「私、声優に挑戦してみようと思う」
と若菜はASMRを作った経験を活かし、今日は声優に挑戦中。なので、暇なのは俺1人。
久々の暇な時間を俺は、満喫すべく、というより、若菜の再度落ちた宣言を聞いて、
姫乃の
「あと、時間がないけど、これだけは言っておくわ。わかってると思うけど、私以外を惚れさせるような真似しちゃダメよ」
という言葉を忘れるべく、
結衣の
「次、若菜とペアだよね。姫乃みたいなことしたら、今度こそ許さないから」
という言葉を忘れるべく、気晴らしに1人寮から外に出た。
さて。どこに行こうか、と学園を出ようとしたとき、目の前に黒塗りの車が止まった。
ういーん、と運転席の窓が開いて、どうみても弓道部の美人主将にしか見えないお母さんが、声をかけてきた。
「どこにいくつもりなのかしら?」
「どうしてここにいるんですか? 姫華さん」
「だ、だから、様をつけなさいと言っているでしょ! そんな年下彼氏みたいな呼び方しないで!」
別に、さん呼びは、年下彼氏じゃないだろ。
「ま、まあいいわ。どうしてここにいるか、だったわね?」
「いや、やっぱいいです」
「貴方に文句を言ってやろうときたのよ」
「やっぱいいて言ったのに」
「このままひき殺してやろうかしら?」
「あ、ちょうどいいです。町まで送っていってください」
あ、ちょっと! とと言う姫華さんを無視して、助手席に乗り込む。ついでに脇腹をつっついた。
「ひぃん! 何でつっつくのよ!」
「何となく。とりあえず、姫乃と働いた喫茶店まで」
「はあ? 誰が……ひゃん! わ、わかったわよ!」
姫華さんは、見事なハンドル捌きで車をぐるりと回した。
「運転、上手なんですね」
「はん。私を誰だと思っているの? 雪城家当主、雪城姫華。車の扱いも超一流だわ」
学園から街への山道を降り始めたところで、尋ねてみる。
「それで、俺に文句を言いにきたってどういうことですか?」
「そうだったわね。貴方、学園の課題を一位で合格したわね」
「はい」
今回の脱出ゲーム。急いだ若菜のおかげで無事一位だ。
「それが気に食わないのよ。今回の課題、沙織、理事長に頼んで、貴方の課題を難題にしてもらったの。雪城家入りさせるためにね」
問題が変わっていたのはそれが理由か。
「はた迷惑なことしないでください」
「貴方に迷惑をかけるのは、すごく気持ちがいいわね」
運転中じゃなかったら、脇腹をつっついているところだった。
「で、俺が姫華様の思惑通りに失敗しなかったから文句を言いにきたんですか?」
「……」
「姫華様?」
しばらくの無言ののち、顔を赤くして姫華様は言った。
「や、やっぱり、姫華さんと呼びなさい」
「わかりました、姫華」
そう言うと、姫華さんは黙ってハザードを焚いて脇に止めた。
「ちゅき!(ひ、ひひひ姫華はダメでしょ! 年上の女性に向けて呼び捨てはダメ! こ、こここ恋人じゃないんだから!)」
車を止められるのは面倒なので、呼び直す。
「姫華さん、車動かしてください」
「そう、それでいいのよ。いや、いいのかしら?」
なんて言いながらも、車を出してくれた。
「何の話をしてたんでしたっけ?」
「頭が悪いわね。貴方が私の思惑通り失敗しなかったことに文句を言いたいってところよ」
「そのためだけに、学園にきたんですか? 本当、暇ですね」
「殺すわよ。こっちは、仕事を無理やり終わらせてきてるの」
「こなくていいのに」
「黙りなさい。貴方は黙って文句を言われてればいいの」
「ええ……そう言われても、俺だっていい成績は残したいですし文句を言われる筋合いはないです」
「知らないわ、そんなこと。こっちは、貴方を迎えるために家具も新調したんだから」
そういえば、姫乃がダブルベッドがどうこう言っていた気がする。あれは俺用に買ってくれていたんだ。なんだ、俺のためにシングルじゃなくてダブルを用意してくれるなんて、少しはいいところもあるじゃないか。
まあでも、雪城家入りすることはないから関係はないけれど。
「そう、それよ。家具の新調で思い出したわ。貴方、姫乃に私を病院に連れて行くよう勧めたわね。それも文句言いたかったのだけれど?」
そうだ。姫乃はダブルベッドの話以外にも、制服デートの話もしていた。あれは何だったんだろう?
「いや、姫乃が、姫華さんが制服デートについて姫乃に聞いたって言うから」
「そ、それの何がおかしいのかしら?」
「おかしいでしょ。知らないけれど、姫華さんは今幾つなんです?」
「い、いつ、誰が、私がしたいって言ったのかしら! そ、そそそ、そんな痛いおばさんみたいな真似、キツすぎるわよ!!」
姫華さんはそう言うけれど、見た目で言えば、制服を着ていてもおかしくない。むしろ、着ていない方が違和感があるくらいだ。
でも、そうか。この人は制服デートをキツイと思っている。嫌いな俺と制服デートなんてすれば、さぞ屈辱的だろう。
うん、いい気晴らしになりそうだ。
「姫華さん、今から俺と制服デートしましょう」
また姫華さんは、ハザードを焚いて、停車した。
「ちゅき!?(はああああああああああああああああああ!?)」
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