第14話
「今日はもう店じまいにしよう! 業務だけ一応教えておくね!」
とマスターに教えてもらってその日は終了。
店の外で立ちぼうけて、冥色の空に輝く金星をぼーっと眺める。
午後6時すぎ。さっきまで姫乃がべたべたしてきていたので感じなかったが、姫乃が個人の迎えで先に帰ってきた今、一人、4月の夜の肌寒さを感じていた。
バイト終了予定は18時半で、その時間に学校から迎えがくるようになっている。
ふぅ、疲れた。
なんて息をつくと、目の前に車が止まった。中から運転手が降りてきて、後部座席のドアを開けてくれた。
ありがとうございます、と礼をして、車に乗り込む。シートベルトをしめようと、タングをバックルに差し込む。そしてその瞬間、ギュイイとワイヤーが回る音がして、ベルトが急激に締まる。
はっ!? 何これ!?
苦しさから抜け出そうとしても、ガッツリと座席に固定されて、身動きがとれない。当然、タングは引っこぬけない。
「ちょ、ええ!?」
驚く俺の声など知らんぷりといった様子で、運転手は車を出した。
俺は頭を冷やすために、大きく深呼吸する。
もしかして誘拐されてる? いや、誘拐される理由が思い当たらないし、誘拐するような人物に心当たりも……あるわ。ものっそ、あるわ。理由はわからないけど、誘拐してきそうな人物3人の顔は思い浮かぶわ。
答え合わせをするかのように、すぐ道端に止まった車に、女の子が乗り込んでくる。
爽やかな青髪のショートカット。制服のシャツを押し上げるほどハリのある大きめの胸。スカートから伸びる肉感的な艶かしい足。そして何より、アオハルという言葉が彼女より似合うものはいない、そう思わせる可愛い顔。
俺を誘拐したのは若菜だった。
「こんばんは、理玖くん」
「……どういうこと、これ?」
「それは〜、ついてからの、お楽しみ、かな?」
挑発するような小悪魔っぽい口調に、フラストレーションのゲージが伸びるイメージが湧いた。
「じゃ、茜音さん、例の場所まで!」
「かしこまりました」
運転手の女性の声は若菜ルートで聞いたことがあった。彼女は茜音さん、若菜に仕える女性だ。
なるほど、運転手が喋らなかったのは、学園からの迎えではないとわからせないためか。
なんて感心してる場合ではない。
遅れて恐怖がやってくる。
俺をどうするつもりだ? まさか、監禁とかそういうんじゃないだろうな?
「あはは、理玖くん、そう怖がらないでよ。姫乃と課題で2人きりのときに落とされないよう、先手を打つだけだからさ」
「具体的に何するつもり?」
「ちょっとした、悪戯かな?」
「悪戯?」
「そっ。こんなふうに」
若菜の人差し指が唇に触れた。そしてそのまま、なぞるように唇を撫でられる。
若菜の指遣いはあまりに艶かしく、心臓がドクドクと鼓動をうちはじめた。
まずい、腐っても若菜は美少女。それもゲームでヒロインを張るほどの超絶美少女だ。嫌なのに、変な気分になってしまう。
そんな俺を嘲笑うかのように若菜は小悪魔な笑みを浮かべた。
「かわいいね、理玖くん?」
悔しさと苛立ちのまじった感情が湧いて、またフラストレーションが溜まる。
「あはは、怒ってる〜」
なんて言いながらまた人差し指で唇を撫でられる。そしてその指を、自らの潤んだ桜色の唇につけた。
「きーす、しちゃったね?」
興奮させるような口調に、ぞくぞくとしてまた悔しくなった。
「今度はどことキスをしようかなぁ〜」
若菜はくるくると人差し指で俺の唇をなぞったあと、その指をすーっと下へと下ろす。首筋から胸、そして臍。鳥の羽が滑ったような快感が続いて、息が荒いでくる。
「う〜ん、どこにしよっかな?」
にやにや、とした若菜に、もどかしい刺激で興奮を高めるのを楽しんでいることがわかる。
それからも若菜に胸や腹だけでなく、股関節のあたりまでなすがままにされる、息が荒ぎ、火照ったような錯覚をしたとき、不意に車が止まった。窓の外に目を向けると、どこかのガレージだと窺えた。
「ありがとう、茜音さん。またこのスイッチで呼ぶから、2時間くらい外で待機してて」
「かしこまりました」
茜音さんは、小さなボタン式のリモコンをひらひらさせた若菜に礼をして、車外どころかガレージの外まで出て行った。
「2人きりになっちゃったね?」
ぼそっと耳元で告げられ、ぞくっと震えた。
「もうさ、限界かな?」
囁かれながら、円を描くように掌で太ももを撫でられる。
言う通り、色々と限界に近い。
弱い快感を与え続けられたせいで、頭の中が白く染められていて、若菜ばかりが目に入る。
だけど、ギャルゲー主人公になりたくないという僅かに残った理性が、シートベルトが緩んでいるのを感じ取っていた。
恐らく、電気があるときだけ閉まるタイプ。車のエンジンが切れた今なら、ロックも外せるに違いない。
手をかけ、力を込めると抜けた。
「え? あっ」
目を丸くした若菜は咄嗟に、持っていたリモコンを逃すように両手を頭の上にもちあげた。が、さらにその上から、リモコンを奪い取る。
ふぅ。危なかった。スイッチは一つ。さっさとこれを押して、呼び戻し、学園まで送り返してもらおう。
そう思ってスイッチを押す。
ギュイイとワイヤーの音が鳴った。
音の方を見ると、押したのはシートベルトを固めるボタンだったようで、若菜の両手首にシートベルトが巻きつき固まっていた。
「理玖くん、酷いことしないよね?」
若菜は言葉とは裏腹に、期待に目をとろんとさせ、興奮が煮詰まった表情をしていた。
目の前にあるのは、無防備になった肉感的な肢体。
胸の内を占めるのは、散々ためられたフラストレーションからくる嗜虐心。
スイッチで呼ぶからなんて言って、最初っから押させるつもりだった。わざと自分でシートベルトを手錠代わりにするつもりだった。焦らすような真似をしたのも、これが目的。
そんなことに気づいてなお、若菜の魅力に抗えず手を伸ばす。
が、下げる。
あ、危ない。このまま手を出せば、落とされるどころか、二度と戻れないほど溺れさせられるところだった。
「はあ。若菜、学園まで送ってもらえるんだよね?」
大きくため息をついて言うと、若菜は唇を尖らせた。
「意地悪。落としたかったし、ぐしゃぐしゃにされたかったのに……でも焦らされるのもいい」
「で、答えは?」
「勿論。だけど、条件。この期間に姫乃に落とされないでね。理玖くんは、私の理玖くんなんだから」
「まあ、落とされはしないよ」
「落としてもダメだよ」
これ以上、どうやって落とせって言うんだ、と内心ため息をつきながら、俺は頷いた。
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