第13話


『な!? なんであなたが私のペアなのよ!』

『しらねえよ、そんなの。学校に聞け』

『くっ、平民の癖にまた不遜な態度を』

『育ちがよくねえんで悪いな』

『〜〜〜っ! この男ぉ〜〜〜!』

『まあそう言うな、仲良くやろう。そっちの方が課題でうまくいくだろ』

『誰が仲良くなんてするもんですか!』


 というのが、課題の場所に向かう道中、学園車内で行われた姫乃との会話。


 もちろん、ゲームにおける話だ。


「理玖♡」


「何?」


「うふふ。何も!」


 というやりとりをもうずっと続けている、だけではない。後部座席で姫乃に肩をぴとっと寄せらて、ずっと太ももに、ちゅき、の字を指で描かれていた。多分、墨を流し込めばちゅきのタトゥーになると思う。


 げんなりとするが、超のつく美少女に太腿を指で撫でられても惚れないでいられるので、助かる部分もあった。


「到着いたしました。課題につきましては、店主にお伺いください」


 車が止まり、後部座席のドアが運転手によって開かれると、俺と姫乃は降りた。


 目の前にあるのは、古びた喫茶店。ガラス張りになっているおかげで、店内の様子が窺える。


 フローリングの床に落ち着いた雰囲気。照明はランプで、テーブルも椅子も欧州家具っぽくて洒落ている。喫茶店らしいカウンターなんてものもなく、珈琲屋というよりかは、イートイン専門のケーキショップに近い感じ。お客さんは誰も入っておらず、黄昏時の店は寂寥感にあふれている。


 このお店は見たことがある、そして働いたことがあった。


「懐かしいわね、ちゅき。あ、まちがえた、理玖」


 どうやら姫乃の方も覚えているようす。俺だけでなく、姫乃も覚えているようなので、記憶違いではないだろう。


 物語の筋書きを辿っている。ま、そりゃ何もしていないから変わるはずはないんだけど、バタフライエフェクトみたいなものはなかったようだ。


「さ、入りましょう、理玖。あ、まちがえた、ちゅき。違うわ、理玖」


「ああ、うん」


 姫乃と店内に入ると、店の奥から男が出てきた。


 30代後半から40代の見た目。洒落ていて、それでいて落ち着きのある制服姿に、本人の落ち着いた雰囲気も相まって、凛々しい珈琲店のマスターといった雰囲気がある。だが、その雰囲気は、へへっと目尻が下がったことによって崩れた。


「よくいらっしゃいました、お嬢様」


 そこで姫乃は、


『ふん、情けなそうな平民ね。まあ、いいわ。学校の課題って何なのよ?』


 と言った。過去、いや未来では。


 だが、今は「歓迎ありがとうございます」とにこやかに笑った。


 そんな姫乃にマスターは目を丸くする。


「何か変なことを言いましたかしら?」


「い、いえ。学校から聞かされた話では、気位の高いお方と聞いてましたもので」


「ふふっ。気位が高いのは本当ですが、礼を失するような人間ではないですわ」


「はっ、これは失礼を」


「おやめください。これからお世話になるのです、私が頭を下げても、あなたが頭を下げる道理はないですわ」


 そんなやりとりを、俺は冷めた目で見る。


 何が、礼を失するような人間ではないわ、だ。お前、ちゃんとそういう人間だっただろ。それにこの時点では絶対に頭を下げるような人間じゃなかっただろ。


 なんて思うが、今の姫乃はルートを完走して成長した姫乃。本当にそう思ってるだろうから、気にしてはいけない。


「早速ですが、課題について教えてくださいませんか?」


「は、はい。テーブルへどうぞ」


 と席を勧められ、俺たちは座る。


「今回の学校からの課題はですね。この店で一週間のアルバイトをしていただきたい、とそういうことでして」


 それを聞いた姫乃は、


『なっ!? この私に平民と同じ真似をしろって言うの!?」


 と騒ぐはずだが、当然ながら今の姫乃は違った。


「お教えくださりありがとうございます。それでは、一週間、ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」


「こ、今年のお嬢様はあたりやでぇ〜……」


 そんなやりとは例の如く気にしないことにして、最初の課題、アルバイトについて考えることにする。


 この課題におけるエピソードのあらましはこうだ。


 学園から与えられた課題は、次期リーダーとして市井を知るためのアルバイト。店への貢献度から成績が決まる試験だ。


 俺と姫乃はこの喫茶店でアルバイトすることになるが、最初はうまくいかない。


 お嬢様として育ってきた姫乃には、洗い物や掃除、接客などなど、満足にすることができない。その上、プライドの高さから平民の真似をさせるな、と騒ぐのだ。


 散々なので、中間結果の発表で当然ながら俺たちは最下位に沈むことになる。


 姫乃は心を入れ替えて頑張るが、もはや今更。他の生徒と同じことをしても順位は変わらない。


 落ち込み、さめざめと泣く姫乃を見た俺は、頑張ることに決め、姫乃と協力してこの寂れた店を人気店舗にするきっかけを作る。そしてその成果が認められ、見事、一位をとるのだ。


 ま、そんな話が前回の話。当然、今回は展開が異なるわけで。


「ここでアルバイトとして働くわけですから、マスターとお呼びしても良いですか?」


「も、もちろんです」


「それではマスター。不躾ながら提案があります」


「提案、ですか?」


「はい。私、ここでただバイトをするだけで終わりたいと思っていません」


「はあ。と言いますと?」


「このお店を人気店舗にしたいと思っていますわ」


 姫乃は、具体的には、と話し出す。


「この喫茶店。内装は女性受けしそうですのに、名物となるスイーツがありませんよね?」


「は、はい。うちはローストにこだわった珈琲が売りでして」


「ええ。今もいい香りがしていますもの、それは素敵なコーヒーに違いありません。ただ、そのロースト技術をコーヒーにしか活かさないのは惜しい」


「そ、そうかもしれません」


「そこでそのロースト技術を活かしたスイーツがあればいいと思いませんか?」


「……たしかに。それがあれば、女性客が増えるかも」


「カッサータという、焙煎したナッツを使用したデザートがありますわ。冷たいので、珈琲にもよく合うと思いますの」


「それは、はい。カッサータは私も作れますし、合う珈琲を選ぶ腕も自信がありますので、で、ですが、周知してもらうには……」


「勿論、考えてありますわ。名家、雪城の娘が市井でビラ配りなんて泥臭い姿を見せる、記事のタイトルには十分でマスコミはきっと食いつきます。そうなれば、この店のカッサータも記事になること間違いないですわ」


「は、はは……すごい。俺の店も、人気になるかもしれない……」


「いかがでしょうか?」


「は、はい! よろしくお願いします! こうしてはいられないぞ、まずは……」


 とマスターは店の奥に飛び込んでいった。


 全てのやりとりを見て思う。


 ヒロインにアイデアパクられて、全部持ってかれるとか、このゲームつまんな。マジ、このゲームつまんな。いや現実だけど。


「ねえ、理玖?」


「何、姫乃」


「やることも決まったから、一緒にイチャイチャしながら頑張りましょうね!」


「あ、うん」


「ふふっ、この期間に落とす方法も考えてきたから、楽しみにしててね!」


 それは頷くことができなかった。


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