第29話


「雪城姫華。この学園の理事として、生徒にふしだらな真似をするところを見過ごしておけない」


「はあ!? どう考えても、こいつが手を出したでしょう!?」


「冗談よ。湊理玖、保護者への不敬はやめて座りなさい」


「はん? 保護者への不敬父兄? あなた理事になってもまだセンスないのね?」


 金髪美人の理事長が顔を赤くして、姫乃母を睨んだ。


 馬鹿げたやりとりを見ると、冷静さが戻る。


 ゲームとは異なる展開だが、それについて考えるのはあとにしよう。どうせ今は答えが出ない。


 まずは状況の把握からだ。


「お二人はどういうご関係で?」


 尋ねると、よくぞ聞いてくれました、と姫乃母が胸を張った。


「この学園の同期。そして、私が首席卒業、沙織が次席卒業という関係かしらね?」


 どうやら、仲のいいお友達みたい。でも、ただ遊びに来たというわけではなさそうだ。


「湊理玖。座りなさい、と言ったはずよ」


 もっと色々聞きたかったが、姫乃母を無視した理事長がそう言ってきたので、座るところを探す。


 向かい合う形で配置されている2人がけソファーの片側には、理事長、もう片側には姫乃母。


 まあ理事長からの話なのだから、姫乃母側に座るべきなのだろう。


「な!? ち、近い! 近いわ、離れなさい!」


 顔を赤くした姫乃母は無視して、理事長に尋ねる。


「それで俺に話って何ですか?」


「前回の試験での好成績は耳にした。だが浮かれるな。この調子で成績を残し続けなければ退学にする。この学園には優れた従者候補が在籍するというお偉方へのアピールのためにお前を連れてきた。その目的を達する見込みがないならば、いつでも切り捨てる。だから気を引き締めるように、という話をしようとしていた」


 それが従来のイベント通りの話だ。だが、それではないのだとしたら、追い返しもしないでここに居座らせる姫乃母に関係する話をするつもりなのだろう。


 はあ、嫌な予感がする。


「では、今は?」


「それは雪城姫華から話を聞いた方がいいだろう」


 姫乃母に目を向けると、彼女は悪辣な笑みを浮かべた。


「貴方、聞いたわ。好成績を残さないと、退学させられるんですってね?」


「まあ、らしいですけど」


「それにそうなれば、身よりもない、行き場もないとも聞いたわ」


 あー、すっごい嫌な予感がする。


「喜びなさい。沙織との契約で、貴方が退学になったら雪城家で引き取ることになったわ」


 嫌な予感が当たった。


 穏やかな生活を望んでいるのに、雪城家に入ればきっとそれは送れない。


 うん、断ろう。


「断らせていただきます」


「何? 不満なの?」


「はい」


「そ。ま、貴方の意思なんて関係ないわ。これは決定事項だから」


 理事長を見ると、頷いた。


「ああ。既に契約書を交わしている」


「ええ、どうしてですか……」


「君が有用である限りは、私は君を手厚く扱う。だが無価値となって放逐することになった時、君が犯罪を犯したり、のたれ死んだりすれば、連れてきた人間としては色々面倒なのだよ」


「まあそれはわかりますけど、人権とか法とかモラルとか、そういうのは大丈夫なんですか?」


「この荒唐無稽な学園の理事に聞くことじゃあないな」


 まあそれ言われたら終わりだわ。俺が何か訴えても権力の前には無意味だろうし。


 とにかく。断るために、理事長を言いくるめるのは無理そう。なら、もう1人にいくか。


「そもそも、姫乃のお母さんは、どうして俺を引き取りたいんですか? メリットも何もあるとは思えないんですが……」


「あるわ。それも大きな大きなね」


「……何です?」


「雪城の後継に選んでも、私の胸が一切痛まないということよ」


 イラッとするが、何とか飲み込む。


「そうですか。でも、理事長に見捨てられた時点で、俺は後継に相応しくないのではないでしょうか?」


「はん、そんなのしごきあげればいいだけに決まってるじゃない。それにこの前のことをきっかけに、色々と調べさせもらったけど、貴方は非凡だわ。雪城の家を継ぐだけの資質はある」


 それは過大評価、と言っても無駄だろうな。育てるつもりでいるだろうし。


 なら。


「雪城を継ぐということは俺と姫乃が結婚するということになります。それでもいいんですか?」


「よくないわ。あの子にはもっと素敵な人と結ばれて欲しいもの」


「え、じゃあ、お母さんとですか?」


「わ、わわわわ、わたしぃ!? ち、違うわよ! 貴方を養子に迎え入れることになってるのよ!!」


 養子、か。また面倒な話を。


「でもそんなことしたら、跡取り争いになりません? 家中が荒れると思うんですけど?」


「なるかもしれないわね。頑張ってちょうだい。貴方が苦しむことに胸が痛まないどころか、むしろ楽しみですらあるわね、ひゃん!?」


 流石に我慢できず、脇腹をつっついた。掴みかかってくる姫乃母を押さえつつ、俺は内心肩を落とす。


 何を言っても無意味そう。受け入れるしかないか。


 退学になるようなことにはならないし。


「わかりました。その際はよろしくお願いします。姫乃のお母さん」


 そう言うと、姫乃母は離れて勝ち誇った顔をした。


「はん。最初から素直になっておけばいいのよ。それとっ!」


「それと?」


「姫乃のお母さん呼びはやめなさい。雪城に入るものとして、当主の呼び方ではないわ。これからは姫華様と呼びなさい」


「はあ。わかりました、姫華さん」


「ひゃうっ、下の名前呼びっ!? ……い、いや、様をつけなさいよ!」


 それから、ガミガミと説教されたのち、俺は理事長室から解放された。


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