第28話
照明が消され、カーテンが閉じられた大講義室には、スクリーンの明かりだけが灯されている。
「これから、次の課題について説明させてもらう」
先生が話し始めると、スクリーンの画面が切り替わる。映し出されたのは、学校の全体図。それから数秒毎に、広い学内の一箇所一箇所が映し出されていく。数分かけて全ての場所が切り替わると、最後にリアル脱出ゲームという文字が現れた。
「次の課題は、本校全てを使った、リアル脱出ゲームだ。試験では、同じ班になった貴族クラスの生徒と平民クラスの生徒で協力しあい、脱出の速さを競い合ってもらう」
大講義室に集められた一年生全員がざわつく。
「え、脱出ゲーム?」
「なんか、楽しそうじゃね?」
「バイトの後だから、もっと堅苦しいのがくると思ってた」
なんて色めいた声は、先生の「静粛に」という言葉に抑えられる。
「リアル脱出ゲームを知らない生徒に向けて説明すると、リアル脱出ゲームとは、与えられた謎を解き、脱出を目指す体験型アトラクションのことだ。リアル脱出ゲームには、様々な形式があるが、今回は、学校の各所に設置された謎を解くと、次の謎へのヒントが得られるウォークラリー形式となっていて、最後の謎を解くと脱出の鍵を得られることになっている」
やっぱり、楽しそうじゃない? なんてまた湧き立つ生徒たちに、だが、とまた静められる。
「試験は試験だ。この課題には明確な意図がある。前回の試験で、貴族クラスの生徒は、使われる側の心情を学んだ。今回の試験ではそれを活かし、本来の使う側の立場を学んでほしい」
先生がリモコンを触ると、スクリーンの画面が切り替わる。映し出されたのは、コールセンターのように、大量の受話器が並んだ部屋だ。
「そこで、この試験では、一つ謎を解くと、次の謎がある場所をいくつか貴族クラスの生徒に教え、ここから指示を出し、同じ班の平民クラスの生徒を動かして、脱出の速さを競ってもらうことにする。正確な指示を出せるかどうか、どうすれば指示を聞いてもらえるか、指示を出すことの難しさを君たちには学んでほしい」
先生がそう言うと、またスクリーンが切り替わった。
「あとは細かいルールだ。一つ、与えられた謎はどちらの生徒が解いてもいい。二つ、連絡を何方からでも何度でもとっていいが、学校の用意した電話以外の使用は不可能。三つ、班員以外との協力は不可とする」
何か質問は? と先生が尋ねたが、手が上がらない。まだ、ルールの把握をしきれていないからだろう。
「試験はこの土曜日と日曜日に行う。質問があればそれまでに、私のところへと来るように。最後にだが、この試験はレクリエーション的な意味合いも大きい。試験のため、心から楽しむことは難しいかもしれないが、それでも楽しむ心を忘れぬように」
と締められて、説明が終わった。
そういえば、こんな課題だったな、と振り返る。
この課題のあらすじはこうだ。
文武両道の完璧美少女の若菜。何事も一番でなきゃと思う彼女は、自分以外を頼ることはせず、誰かを頼るということを知らなかった。そのためペアとなった理玖に「私の言うことさえ聞いていればいいから」と全て自分でやろうとするのだった。
そんな若菜だが、課題前の武道の授業で理玖に敗北する。敗北を喫し、一番でいなきゃというプレッシャーから解放されるとともに、初めて理玖という自分以外の頼れる存在を見つける。
そうして迎えた課題、苦境に陥った若菜は、一番でなきゃ、という意思を捨て、初めて他人を頼るという選択をし、理玖が見事その期待に応える。
結果、プレッシャーから開放してくれた頼れる存在の理玖に好意を抱く、というもの。
ゲームでは惚れるきっかけだったものの、今は違う。最初から若菜は、一番でいなきゃとも思っていないし、人を頼れる若菜だ。
順当に課題をこなすだけなら、ゲームみたいに落とす真似にはならないだろう。
ただ結衣にも姫乃にも脅されてるから、それでも気をつけないといけないけど。
『次、若菜とペアだよね。姫乃みたいなことしたら、今度こそ許さないから』
結衣の言葉を思い出して震えながら、教室へぞろぞろと戻っていく生徒の波に揉まれて、俺も教室へと帰る。
すると、入り口で待ち構えていた先生に引き止められた。
「湊理玖。理事長がお呼びだ、この後部屋に来るように」
***
理事長室の前で、俺は肩を落とす。
これから待っているのはイベントだ。
前の課題で姫乃と1位をとった俺は、俺をスカウトした理事長に呼び出される。
そして俺は理事長からのお褒めの言葉と、次も好成績を残さないと退学にすることを告げられるのだ。
昼休みに結衣と姫乃に詰められたせいで、体力はもうほとんど残っていない。そんな中、何が起きるかわかり切っているイベントに付き合うのは、かったるくて仕方ない。
未来の記憶で、次の課題の解答を全て知っている俺からすれば、釘を刺されずとも確実に好成績は残せるし、このイベントの意味とは、と無意味さに、さらにかったるくなる。
とはいえ、ここで無視して退学させられれば行き場を失うので、渋々俺はドアをノックした。
「入りなさい」
女性の声が聞こえて、扉を開く。
目を疑う。
イベントでは、金髪ロングのスーツ美人である理事長しかいないはずだった。
だが、部屋にはもう1人、弓道部の美人主将みたいな女性がいる。
「よく来たね、湊理玖くん」
「はい……この方は?」
ソファーに座る姫乃のお母さんは、ティーカップを唇から離して言った。
「あらぁ? もう顔も忘れてしまったのかしら? 残念な頭ね?」
どうしてここにいるのかわからない。
イベントとは異なる事態に困惑する。
が、それはそれとしてムカついたので、近づいて脇腹をつっついてやる。
「ひぃん!? 何すんのよ! こっち、珈琲飲んでるのよ!? ひぃん!?」
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